第31話 Paint it Black 〜小さな手を血に浸けて〜
「アオ。少しは休憩してよ、酷いクマが出てる」
「パンダみたいで可愛いでしょ?」
「マスク取ったダースベーダーみたい」
ルーリナの言葉に衝撃を受け、目をこする青烏。
彼女の目はほとんど閉じていて、ルーリアからは、彼女がどうやって画面が見ているのか分からなかった。
「疲れてるのかな、瞼に大気圧を感じる」
青烏は、そう呟きながら画面に向き直り、ルーリアのスマートデバイスにデータを送る。
ルーリアの手元には、アダムス・マッケンジーというオレゴン州上院議員の資料が届き、一通り彼の経歴に目を通した吸血鬼は率直な感想を述べる。
「この人は………多少の汚職とかはありそうではあるけど、人畜無害って感じだけど?」
実力と運があり地元の強固な基盤を盾に十分な求心力を持つ有能な政治家。
それがルーリアが資料から読み取ったアダムス上院議員の雰囲気。
「えぇ、私もそう思いました。決定打も手に入っていません」
ルーリアは、疲れ切ったハッカーの捜査と結論に、若干の疑いの目を向ける。
「疑わしきは罰せずって考えないの?」
ハッカーは無理矢理に目を見開いてから反論した。
「連中もそのルールを基本としていますから、決定打だけは残さない。
ならば、私たちは私たちのルールで戦う。わざわざ彼らと同じ土俵に立つ必要はない、でしょう?」
ルーリアは彼女の答弁を首肯した。
この吸血鬼をリーダーとする組織は、どの国のどの法律もにも縛られておらず、実質はルーリアの思いのままに行動できる精鋭の武装集団なのだ。
この組織の理性は、個々人の精神性と判断力のみ。
それは組織として並外れた柔軟性と即応性を持つ反面、“納得”しだいではどのような不法行為も起こしうる危険があり、この組織が“世界平和を標榜”するには、200年生きた吸血鬼の
吸血鬼の肯定を受け、ハッカーは説明を続けた。
「バフェットとレイノルドは共にこの上院議員のオレゴンの山奥にある別荘に訪れています。
2人が所持していた携帯電話のGPS記録や検索データ内にオレゴン州にあるアダムス上院議員の別荘を調べた形跡があり、実際に出向いたとみて間違いない。
人間至上主義の過激な活動家と、清廉潔白を装う上院議員が、偶々と知り合いだったとは考え難いしね。ただ、決定打はない。
まぁ、それでも黒幕はこの上院議員と考えて間違いないでしょう」
自分の仕事を90点の評価だと語る青烏が、悠然と椅子に座り直しすと、背もたれがギィと軋む。
ルーリアは、その大きな目に青烏を写し、実直な質問を投げる。
「2人の携帯? どうやって手に入れたの?」
青烏は、あくびを噛み殺しながら答えた。
「私なら物理的に入手する必要すらありません。
レイノルドは自宅から、バフェットは車内から、それぞれ警察が押収しています。
そして、警察が捜査の手始めに携帯の調査を行うので、私は彼らにメールを送って開かせ、あとは手紙綴じに付いたウィルスがデータをそのまま抜き取ってくれます」
顎に手を当てて考え事をするルーリアに、青烏は、もう一つの資料を送った。
「もう一つ。この上院議員に接触した男がいまして、この人物は、CIAから転身した武器商人のようです。ただ、円満な退社ではないようでCIAがこの男を密かに追っています」
「ふーん。じゃあ、アダムス上院議員の親や祖父を調べてみて、そこに“愛国的人間至上主義”の思想が混じっているば彼も繋がりがあると思う。
アダムス上院議員の経歴を見る限り、親から受け継いでコネも完璧に使いこなしてるでしょうから。
そして、元CIAの方は遺伝子工学あたりに精通する企業と接点があるかどうか、例えば製薬会社とかね……。
私の血を欲しがる理由はそれしかないだろうから」
ルーリアの要請に、脱力し切った様子で答える青烏。
タイピングの速度こそ遅くなっていたがその精度は精確無比で、思考もまだクリアなままだった。
青烏がパソコンを操作し、いくつもの資料や文章がデータ化、検証され高速で処理されていく。
「ルー。相変わらず冴えてるね。2つの検証データを一言で言い表すよ」
青烏は、背伸びしながら椅子を立ち上がり、見た目だけが幼い老獪な吸血鬼を見下ろした。
「“ビンゴ”です。映像を解析する限り、上院議員と元CIAはオレゴンの別荘にいます」
吸血鬼は、ハッカーの友人に対して自然な笑顔を作り、人の物よりも遥かに凶暴そうな
「ありがとう、アオ。解決方法が見出せたよ」
ルーリアは、ハッカーの腰あたりを抱きしめる。
「これが私の役目ですからね」
青烏は、そう吸血鬼に答え古い映画のゾンビのような足取りでベッドルームへと向かった。
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ロサンゼルス国際空港
フランスから夜間航空便で飛来したエルフの傭兵シエーラ・ヴァーミリーは、書類上では全くの別人としてアメリカ合衆国に入国した。
空港内ではアメリカ東海岸を観光したい外国人で溢れかえり、彼らは旅行代理店のガイドか空港の出口にしか意識が向いていないので、エルフの傭兵は堂々と電話を取り出し事ができた。
「ルー。今空港に着いた」
フランス語訛りを話す金髪のエルフは、流動する人混みの中に紛れ、トランクケースや子供の体当たりを受け流しながら歩いた。
「悪いわね、シエーラ」
電話相手は、旧来の商売仲間ルーリア・ソーサモシテン。
「ふふ。心にも無いことを、真夜中のズンビさん」
「それ夜型人間の社会不適合者って意味だからね?」
「分かってて使ってる。さて、ビジネスの話をしよう」
シエーラの会話には直接的な表現を避けて話を進め、ルーリアとは決まったやり取りを行う。
「ビジネス……ね。知るべき事は、いつも通りの方法で隠してある。その後は全てあなたのやり方でお願い」
吸血鬼からエルフへの依頼は短く、会話は簡潔に済んで終了……とは行かなった。
「シアーラ。一つ相談なんだけど、キュアアクアから合流地点にヘリを飛ばして——」
「ルー。今回の場合ヘリの使用はリスクが大きいよ。
まず、回収対象と綿密な連絡が取れない以上、余計な混乱やトラブルを招く恐れがある。
それに貴女しかヘリを操縦できない。そして、貴女がヘリを操縦してしまったら、地上で予期せぬトラブルが起きた場合、対応できる者がいなくなってしまうでしょう」
「地上では狗井が合流するし、ヘリなら圧倒的なスピードで物事を進められるよ?」
「例のダークエルフと若い吸血鬼、貴女の部下も彼女たちた連絡が取れない以上は、混乱する可能性が大いにある。
それに加えて、武装した狂信者。さらにそれに加えてプラスアルファの危険。
航空機の性質は、どうしても貴女自身の即応力を食い潰してしまう。
だから、ダークエルフと吸血鬼の回収には、ボートの使用を強く推奨する。静音性と確実性に加えて、空を飛ぶ物より、水に浮いてる方が遥かに安定しているからね」
「分かった。そうね。今までの救援と、今回の回収はやっぱり違う。計画を練り直すようにする。ありがとう、シエーラ」
「銃をバカスカ撃つだけじゃ今の傭兵は食っていけないからね。いや、今も昔もかな」
2人の会話が切れた後、エルフの傭兵は切れた電話に話し続けて、まず第三ターミナルの2番ゲートから、3番目に近いトイレの2番個室に入り、貯水槽からキーロッカーの鍵を手に入れ、同じように3と2を辿ってオレゴン州フィクスでの殺害依頼を示すメモ紙受け取った。
フランス生まれのエルフは、アイシャドウとアイラアインで際立った目で、文字を追い、CIAという文字に長いまつ毛と目尻をヒクつかせた。
「ルー……相変わらず憎らしい……。私に
メモを燃やして処分しながらエルフは方を頬を釣り上げる。
ロサンゼルス国際空港から去る時、エルフの傭兵は、“首無しガンマンのローランド”の口笛で奏でていた。
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