レジェンダリーハボック

第51話 無愛想な2人

 南アメリカ コロビア。ラ・カンタナ港。

 

時刻は深夜。


 カリブ海に面したこの港は、スコールが去ったばかりで、地面のコンクリートには水溜まりが出来ていて、熱帯夜に温められた空気は人の吐息のように生暖かく、半袖の隙間から肌に絡みついた。


 そんな夜に、一隻の中型貨物船『レインボー・クリル』が寄港した。

 この船の所有会社は書類上にしか存在せず、この船の維持にはルーリナが関わっている。


 港のコロビア人作業員たちは、あっという間に貨物船に乗降用のタラップをかけ、自分の役割を全う。


 忙しくなく動く肉体労働者たちを、1人の女性が観察していた。


 ダークエルフの工作員ヴィズ・パールフレアだ。

 彼女は、裾の擦り切れた森林迷彩柄のワークパンツと薄汚れた灰色の半袖のシャツの上に港湾労働者の規定であるオレンジ色のジャケットを羽織り、頭にはヘルメットを被る事で、港に作業員に紛れていた。


 彼女はそのまま、船がエンジンを止め、クレーンが船の貨物コンテナを吊り上げるまで、タバコを吹かして待ち、吸い切ったタバコを海へと投げ捨てると、気怠げに行動を開始した。


 そして、潮風と湿度で傷んだ不潔な黒髪を頭の後ろで一本に束ね直しながら、貨物コンテナの隙間を通り抜け、貨物船へと向う。


おいエイどこへ行くアドンデ、ディバモス!?」


 真面目な作業員が、ヴィズの存在に気がつき、怒気をにじませながら彼女を呼び止めたので、彼女は首にかけたカードケースを自身の顔の横で揺らす。


 作業員は、そのカードの意味も内容も分からなかったたが、遠くからはっきりと見ないまま彼女に謝罪を述べて、自身の作業に戻った。


 ヴィズが堂々としていたので、呼び止めた男は、彼女を何かの役員が捜査官だと思ったのだろう。

 彼女もそれが狙いで、わざわざ野球選手のトレーディングカードを首から下げていた。

 積み荷を扱う労働者となると、給料に相応しい仕事をしていると思われる事の方がはるかに重要なのだ。


 ヴィズは、悠々と貨物船に乗り込むとまたタバコを咥え、甲板で待ち構えていた旧知の同僚に挨拶を交わした。


「あんたが来るなんてね、意外」


 咥えタバコのダークエルフに、狗井・天は素っ気なく答える。


「行けと言われたから来たまで」


 ヴィズが甲板に立つ頃にはクレーンで吊られたコンテナが降ろされる途中で、彼女はそれを傍目に狗井に話しかけた。


「そう………。じゃあ、よくできたご褒美に骨でもあげようか?」


 ヴィズの嫌味を受け、狗井は押し黙って彼女の前に立ち塞がる。

 ヴィズと狗井の身長差は20cm。ヴィズの視界は狗井の胸板が塞ぐ。


「口は災いの元。今ならこの顎で、お前を噛み殺しても誰も止めないということを忘れるな」


 狗井の声はヴィズの頭上から響き、ダークエルフは顔を見上げる為に一歩後ろに退がり、舌を出した。


「はいはい。パーレイ穏便に済まそう


 狗井は凄んでみせたが、ヴィズの飄々とした態度は崩せなかった。


————————————————————


 狗井は、自分がこのダークエルフを嫌っていることを再認識すると、その個人的な問題には見切りをつけて、彼女を船内へと導き、案内する中で、この船は、イギリスに向かい、そこで墓荒らしをする事を簡潔に伝えた。

 その結果、ヴィズは露骨に機嫌を悪くなったので、ルーリナに教わった対処マニュアルを実行する事にした。


「ルーリナに抗議したいのだけど、薄汚い人殺しの政治犯向けの労働組合を知らない?」


 彼女は、駄々をこねはヴィズを連れて船内の食堂に向かい、そこの冷蔵庫からビールを2本取り出し、片方をヴィズに手渡した。


 この際に、狗井はささいな嫌がらせでヴィズに栓抜きのありかを頼まれるまで教えない事にした。


 するとヴィズは、栓抜きを探すそぶりも見せず、テーブルの角に王冠を引っ掛け……。


「よっ、と」


ポン。


 ビールの王冠を叩き抜いた。


 1人でに返り討ちにあったような敗北感を覚えた狗井は、ますますヴィズを嫌い、ヤケになって人生初めてのビールを口に含んだ。


「ゴホッ! ゲホッ! くっっそなんだコレは!?」


「はっ。ブリキちゃんは機械油でも舐めてなよ」


 狗井がむせているとヴィズはビール瓶の半分を飲み干していた。


「くっ。こんなものいらない」


「ははっ。面白い芸を仕込まれたな」


 人の苦しむ姿を見て気を良くしたダークエルフが問いかける。


「さて、ブリキちゃん。あのチビ吸血鬼は、地球の反対側で人殺しをさせておいてさ、お次は墓地球の反対側で墓荒らしまでやらせんの?」


 狗井は小さく頷き、ヴィズはビールを一口飲み込むと、ニヤけながらつぶやいた。


「今回、私が2人の優秀な政治家を殺した事で、世界はどう平和になったと思う?」


 狗井は、ヴィズに対しルーリナが自身に説明した内容をそのまま引用して伝えた。


「分からない。でも、あの国の支配体制を崩れ始め、国際的な支援を受けている。もう、孤児が売られたり、内臓と交換でコカインが詰め込まれる事はなくなった」


「そうね。その代わりに町中で銃撃戦が起きているけど? ひと区画ごとにO.K.牧場の決闘みたいになってる」


 ヴィズが、殺したのは南米の小国の軍部を牛耳る将軍と司法を司る長官で、この2人は同国に存在した犯罪組織と強い繋がりがあり、バルナバは世界有数の麻薬王に統治された王国のようになっていた。

 事の発端は、キーラが、ハッキングした情報から、とある特殊部隊がバルナバの麻薬王の暗殺計画を企てていると掴んだ事で、ルーリナはバルナバを抑圧する存在を崩壊させる事で、腐敗した体制を自壊させる計画した。


 その要点が、この2人の政治家の暗殺だった。


「麻薬戦争が続いていると聞いていた……つまり、事件の前も同じだろう?」


 ヴィズは微笑み、狗井の胸に指を突きつけた。


「そう。なーんも変わってない。あんたのママは殺人犯ってだけ」


 彼女は、ルーリナの考えを信じていたが、それをヴィズに言っても堂々巡りになることが分かっていたので、狗井はそれを肯定も否定もしなかった。

 その代わりに、断腸の思いでヴィズを褒めた。


「そういえば、バルバナでの仕事。アンダーソンは……陰謀のいの字も騒がれないと言っていた」


「そりゃそうでしょう。どうやったか知ってる?」


 会話がつながりほっと安堵する狗井。


 バルナバで暗殺された2人は、厳重な警備の隙を突かれていた。

 長官は、真っ白なリムジンが渋滞で止まったところを、横についたオートバイからの、マシンガンの掃射を受けて死亡。

 将軍の方は、毎週の金曜日の夜を過ごす愛人が住むマンションの裏口で、撃ち殺され、金品を奪われていた。


「なんと言うか、誰でも思いつきそうな方法でだ」


「それが大事。私たちは、コミックのヒーローみたいにシンボルを残すわけじゃないからね」


 ヴィズは、そう話をまとめるとビールを飲み干し、狗井のビールも譲り受けた。


 狗井は、その間に、ヴィズの実力や経験だけは認めると、同時にルーリナの洞察力に感動する。


 ルーリアは、狗井にこう告げていた。

 

 「ヴィズは、ビールだけ与えて、自分の話をさせるようにしなさい。そうすればアルコールと自己満足に酔っていて、先の問題など一切忘れてしまうから」


 


 

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