セイサン的な仕事

 お前さあ何だよ警備ってもうちょっとセイサン的な仕事をしといてくれよ紹介しづらいだろ、と言われたのは、いつだっただろうか。

 メッキ屋をしていた彼に言わせれば、メッキ屋はセイサン的で警備員はセイサン的ではなかった。そんなことないだろ、と小此木おこのぎは思っていた。


 事実、セイサン的だった。

 夜、警備を担当していた建築途中のビルに、金属のケーブルを狙って外国人が侵入し、居合わせた先輩が刺された。小此木は叫び声を聞き、駆けつけた。

 それはもう、セイサン的だった。

 めった刺しにされていた。腹、胸、顔、喉も刺され、身を守ろうとしたからか、指は二本も三本も千切れていた。的なんていらない。セイサンだった。


 先輩は六十を過ぎていて、家族と呼べる人はいなかった。家に写真もなかった。会社を喪主に密葬をした。縁起と寝覚めが悪いからだ。

 縁起と寝覚めが悪いから。

 実にセイサン的な話だった。

 あまりにセイサン的すぎたから、小此木は転職した。


 なんで、いまさら思い出すんだろう、と小此木は軍手をはめた手で乾いた土塊を拾い、親指ですり潰した。少し痩せた。小此木の肉体ではなく、土が。栄養は小松菜に吸われた。吸った小松菜は育ちすぎたので廃棄が決まっている。腐り果て、いずれは土塊に還る。


 これがセイサン的な仕事と言えるのだろうか。


 小此木は内心に独りごちた。音のない言葉が目に染みた。育ちすぎる前に買い手がついたとして、セイサン的な仕事と言えるのだろうか。買われた小松菜はメッキ屋の彼のような人の胃袋に入り、栄養を吸われ、残り滓が糞として海や土に還る。エネルギーは形を変えるとき必ず損失が出る。消化にもエネルギーを使うし、活動にも、排出にも使う。メッキ屋の彼の仕事がセイサン的だったとしても、入ったエネルギー以上にはならない。


 その彼も、去年の冬に商売道具のセイサンで死んだ。自分で飲んだらしい。

 遺書に、私の命でセイサンいたします、と書かれていたらしい。保険も入ってねえのにセイサンになるかよ、とセイサンな仕事をしていそうな連中が笑っていた。

 小此木は育ちすぎた小松菜の葉先を振って、かぶりついた。固く、青臭かった。


「これが俺のセイサンになんのかなあ」


 金がなかった。だから、口にした。

 だが、まったく、その気はなかった。

 この世界にセイサン的な仕事なんてあるんだろうか、と思う。

 そりゃ人間の傲慢が生んだ言葉だよ、と。

 セイサンなんて、そんなもんだ。

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