第80話
時計塔から降りると日は沈み、夜が訪れようとしていた。
夕食でもどうですか?と誘いたいところだけどこの微妙な空気では言い出すのに勇気がいる。
よく考えたら夕食まで共にする必要ないし、あまり遅くなるとジゼルが大騒ぎしそうだ。ここは帰るという選択をするのが一番無難かもしれない。
「帰りましょうか」
「夕食を一緒にどうだろうか?」
お互いに「え?」と間抜けな声を発して固まる。
今夕食に誘われたような気がするけど聞き間違いじゃないだろう。
ジェドは気不味そうに目を逸らす。夕食に誘おうとした瞬間に帰ろうと提案されたのだから当たり前だ。
元々夕食を誘うつもりだったのだ、断る理由はない。
「良いですよ、夕食に行きましょう」
「でも、今帰ると…」
「お腹減ったので早く行きましょう」
誤魔化すように前を歩いて行く。ちらりと後ろを見ると安心したように笑うジェドと目が合う。
彼は隣に並ぶと「エルを連れ回してジゼルに怒られないか心配だな」と苦笑する。確かにジゼルなら遅いと、何かされなかったと言ってきそうだ。
「文句を言われたら私が注意しておきますよ」
「是非頼む。それにしても本当に仲が良いな」
「お互いに一番の理解者ですから。ジェドも仲の良い友人が居るでしょう?」
隣を歩いていたジェドの動きが固まる。数歩前に出てから振り返ると悲しそうな表情を見せていた。
これは聞いちゃいけない話だったみたいね。
当たり前のように友人が居る前提で話してしまった自分の失態に口を噤む。
「申し訳なさそうな顔をするな。ちゃんと友人は居る」
「そう、ですか…」
てっきり友人が居ないと思ってしまったがどうやら居るみたいで安心する。こちらの安心が伝わったのかジェドは肩を竦めながら「一人しか居ないけどな」と苦笑いを見せた。
「私も二人しか居ませんよ」
「二人?」
「ジゼルともう一人はフォール帝国に居ます」
「帝国に…」
ジェドは目を大きく開き驚いた表情を見せる。彼も帝国出身だ。私に自身と同郷の友人が居るとは思わなかったのだろう。
それにしても驚き過ぎよね。もしかしてジゼル以外の友人が居るのが意外だったのかしら。
失礼だと思うがそれはお互い様なので文句は言えない。
「帝国って事は全然会っていないんじゃないか?」
「そうですね。友人になった時以来会ってません」
私がアンサンセ王国出身だからこその問い掛けだろう。二国の間には大きな山があり移動手段の少ない平民からすると行き来するのは楽じゃない。数年に一度行けたら良い方だ。
ただ私が彼に会う事が出来なかったのはそれが理由じゃない。俯いたままのジェドは「それで友人と呼べるのか?」と聞いてくる。
傍から見れば私と彼は友人として見られないかもしれない。会ってもいなければ文通すら交わしていなかったのだから当然だ。
それでも私にとってあの人は。
「二度と会う事はないかもしれませんが大切な友人です」
フォール帝国の第一皇子ジェラルド殿下。
かけがえのない友人だ。
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