第74話
「エル!」
エーヴさんとの会話を終えて外に出るとこちらに気が付いたジェドが駆け寄ってくる。
まるで大きな犬みたいね…。
人を犬に例えるのはどうかと思うがそう感じたのだ。本人には言わないようにしよう。
「おはようございます、ジェド」
「おはよう」
「早かったですね」
「ああ、早起きしてしまってね」
髪を掻き、頬を赤らめるジェド。何故か照れ臭そうに笑う。照れているのはよく分からないが待たせてしまったのは申し訳ない。
待ち合わせ時間より十分も早いけど。
どのくらい待たせてしまったのだろうか。
「どのくらい前から待っていたのですか?」
「一時間くらいじゃないか」
さらりと衝撃的な事を言って退けるジェドに頰が引き攣る。
一時間前って…。同じ宿屋なのだから部屋で待っていれば居たら良いのに。
待たせてしまった事を謝ると「気にしなくて良いぞ」と笑顔で言われてしまう。全て本心に聞こえるのだから罪悪感が更に強い。
「今度からはそんなに長く待たないでくださいね」
女性を待たせないという心遣いは紳士として素晴らしいけどここまで長く待たれるとこちらの心が痛くなる。
普通の事を言った気がするのだけどジェドはきょとんと面食らったような顔をした。
「何か?」
「いや、今度を期待しても良いのか?」
「…っ、言葉の綾ですよ!」
私との待ち合わせじゃなくて他の人と待ち合わせる場合の事を言っているのだ。別に私がまた出掛けたいというわけじゃない。出掛けるつもりないし。
嬉しそうな顔を浮かべるジェドに溜め息を吐く。
皇族の関係者かもと思ったけどあの帝国の皇族にこんな性格の人は居なかったし、貴族の男性らしくもない。
私の勘違いだったのかしら。
「俺としてはまた出掛けて欲しいけどな」
「まだ出掛けても居ないのに…」
「エルと一緒ならどこでも楽しいよ」
どうして恥ずかしい事をさらりと言うのだろうか。
裏のない言葉だと分かるので余計に気恥ずかしさを感じる。誤魔化すように前に出て「早く行きましょう」と声をかけた。
「ああ、そうだ。今日の服よく似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
「これだと照れないのだな」
残念そうに言われてしまう。服が似合っているというお世辞くらいは昔よく言われたからさほど恥ずかしくないだけだ。
ただお世辞だからといって嬉しくないわけじゃない。
もう少し可愛い格好をしてくれば良かったかしら。
白色のワンピースの裾を軽く持ち上げながら自分の服装を見直す。
「どうかしたのか?」
「いえ。ジェドもいつも違う装いですね」
普段は適当な感じなのに今日は気合いが入っているように見える。私の気のせいかもしれないけど。
ジェドは一瞬目を瞠り、そして照れ臭そうに目を逸らす。口元を押さえながら「え、エルと出掛けるから気合いを入れてみたんだ」と呟く。
「似合ってないか?」
「いえ、格好良いですよ」
「そうか、ありがとう」
眩しい笑顔を向けられてはこちらまで微笑ましくなってしまう。
「じゃあ、行こうか」
急に手を差し出してくるジェドに首を傾げる。
じっとそれを眺めていると物凄い速度で下げられてしまう。何だったのだろうかと彼の顔を確認すると真っ赤に染まっていた。
何がしたかったの?
戸惑っていると小さな声で何かを言われる。
「すみません、もう一度お願いしても良いですか?」
「手を繋いで歩こうと思って…いや、変な事を考えてすまない」
手を繋ぐって…。
前を歩いて「何でもないから早く行こう」と歩き出すジェド。彼の手と自分の手を見比べ、手を繋ぐ場面を想像してしまう。
そんな事を想像してしまった自分が恥ずかしくて頰を赤くした。
「エル?」
「いえ、何でもありません。行きましょう」
隣合って歩き始めた。
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