幕間26 ジゼル視点

エル様との自己紹介が終わり部屋に入って来たのは美しい銀髪に透き通る碧眼を持った美丈夫だった。


「あ、お父様!」


元気良く男性の元に駆けて行ったエル様。彼女の父親という事は公爵という事だ。本能的に恐怖を感じた私は床に頭に付けて土下座をする。

いくらエル様が優しくても父親はそうじゃないかもしれない。


「お父様、ジゼルを怖がらせちゃ駄目でしょ」

「こ、怖がらせたつもりはなかったんだけどな…」


頭上から二人の会話が聞こえてくる。

怒っていないのだろうか。

そう思っても許可なく顔を上げるわけにはいかない。機嫌を損ねないようにしないと一瞬で首が飛ぶのだ。


「ジゼル、大丈夫だから顔を上げて」

「ああ、顔を上げなさい」


優しい声が響いて顔を上げると優しく微笑むエル様と彼女の頭を撫でながら穏やかな笑みを浮かべる公爵が立っていた。


「お父様、この子の名前はジゼルよ」


私の両肩を抱きながら笑顔で紹介するエル様に「そうか」と優しく返事をする公爵。


「初めまして、ジゼル。私はエルの父親のレジスだ」


平民同士の軽い挨拶しか知らない私はどう挨拶をしたら良いのか分からず怯えながら「は、初めまして、公爵様…」と頭を下げた。

これで合っているのか不安になりながら待っていると顔を上げるように言われる。


「ジゼルをここに座らせたままにしたら駄目よ」

「そうだな。ジゼル、ちょっと失礼するよ」


公爵は私の身体を軽々しく抱き上げるとベッドまで運んでくれた。

誰かに抱っこされるのは父が居なくなって以来だ。

久しぶりの感覚に両親の事を思い出して泣きたくなった。

私が泣き出したせいでエル様は「お父様、ジゼルを苛めちゃ駄目よ!」と公爵を叱り付ける。


「え、エル様、違うんです…。家族の事を思い出して…」

「家族の事?」

「はい、亡くなった家族の事を思い出して…」


亡くなっている事を言うべきじゃなかった。

エル様は大きく目を見開き、公爵は眉間に皺を寄せる。困らせてしまったと落ち込んだ。

悲しそうな表情を浮かべたエル様は優しく私の手を握ってきた。


「ねぇ、ジゼル。どうしてあそこで倒れていたの?」

「それは…」


何の苦労も知らない貴族の令嬢に聞き苦しい話をしても良いのか分からなかった。

ただ握られた手の温かさに乗せられた私はゆっくりと自分の生い立ちを話していく。

四歳になる前に父が事故で亡くなり、借金を背負って働き始めた母が過労で倒れて数日前に亡くなった事。

全てを話し終えると部屋の中はエル様と公爵は目付きを鋭くさせる。


「お父様」

「ああ、分かっている」


よく分からないが通じ合っている二人は厳しい表情を浮かべていた。

私の前に座り込んだ公爵は「ジゼル、君の家の場所を教えてくれるかな?」と尋ねてくる。

大まかな情報を教えると公爵は部屋を出て行ってしまった。


「あの、エル様…。私、何かしたのでしょうか?」


私が尋ねるとエル様はにこりと笑って「大丈夫よ、すぐに解決するわ」と返してくる。


「それよりも…。ジゼル、これからどうする気なの?」

「え?」

「親御さんが亡くなっているのでしょう?どうやって生きていくつもり?」


どうやってと言われても幼い私はどうすれば良いのか分からなかった。

返事に困っているとエル様は優しく微笑み、手を握ってくる。


「ジゼル、ここで働かない?」

「え?」

「私の専属侍女を探しているのだけど良い人が見つからなくてね。良かったら私の侍女になってくれない?」


侍女という仕事についてはよく分からなかった。ただ公爵家で働かないかと誘われているのは分かる。

雲の上の存在である公爵家で働けるのだ。

普通なら喜ぶべきところだろう。しかし私は借金取りに追いかけられる生活を送っている貧乏人。教養もない平民の子供だ。

ここに居ても迷惑を掛けるだけだと分かっていた。


「助けてくださった事には感謝します。でも、これ以上は迷惑をかけられません」

「迷惑なんて…」

「今すぐお礼は出来ませんが…いつか必ずしますから…」


逃げるようにエル様の前から立ち去った。

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