幕間23 ジェド視点

エルを抱き上げて自分の部屋に戻ってベッドへ寝かせる。濡れたタオルでも額に置いてやろうと用意してから戻ると彼女の口が小さく動いた。


「……ます」

「エル?」


起きたのか?

そう思って声をかけてみるが彼女からの反応はない。近づいて見ているとエルは端正な顔立ちを苦しそうに歪めた。掛け布団を握り締めて首を横に振る。


「わたし…なに……していない…」


魘されながら寝言を呟くエル。

何もしていないと言っているのだろう。一体どんな夢を見て苦しんでいるというのだ。


「やめて、ください……おとうさま…」


お父様?

公爵の夢を見ているのか。

昼間の様子といい、今の様子といい。エルは父親に苦しめられている。怯えている。

何故だ。何をされたと言うんだ。


「…っ…やめ、て…」


薄っすらと涙を浮かべるエルは悲しそうで辛そうで。今にも壊れてしまいそうな彼女を見ている事しか出来ない自分に腹が立つ。触れようと伸ばした手を引っ込めてタオルを額に乗せた。


「エル、俺がお前にしてやれる事はないのか」


小さく呟いた瞬間、隣からバタバタとうるさい音が響いた。大きく扉を開く音と共に聞こえたのは「エル!」と叫ぶ低い声。おそらく公爵だ。

エルが泊まっている部屋の場所を知っているのは捜索隊の報告なのだろう。それにしても娘が相手だからといって部屋に勝手に入るとは何を考えているのだ。


『君は誰だ?エルはどこに行った?』


隣から公爵の声が聞こえてくる。それに返事をしたのはジゼルだった。


『私はただの旅人です。エルとは誰の事ですか?』

『私の娘だ。どこに隠した?』

『貴方の娘の事なんて知りません。それに勝手に人の部屋に入ってくるなんて失礼じゃないですか?』


ジゼルの低い声が響く。声を詰まらせ困惑した様子の公爵に『だからエルって子は夕方前に出て行ったって言っただろ』と声をかける人物が居た。


「この声はエーヴか…」


公爵に声をかけたのは宿屋の女店主エーヴだった。

アーバンに来てから二週間、毎日のように聞いているのだ。聞き間違えるはずない。


『し、しかし…ここにエルが、娘が居ると…』

『誰の情報か知らないけどね、ここに泊まっているのはあんたの娘さんじゃないと分かったんだ。これ以上は営業妨害だよ!出て行っておくれ!』


動揺する公爵に怒鳴り声を上げるエーヴ。おそらく相手がアンサンセ王国の公爵だと知らないのだ。もし知っていたらこんな嘘はつかなかっただろう。

ドタバタと音と共に公爵とエーヴの声が遠くなっていった。

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