第56話

夕食を終えるともう一度宿屋に戻る事になった。

本当はジェドの連れて来た男性を追いたかったのだけど警戒心が強いのか逆に私達が見張られていたのだ。

相手を油断させる為には宿屋に戻るべきだという結論に至った。


「ジゼル、さりげなく私の部屋について来るのはやめてくれないかしら?」


隣の部屋に入って行ったジェドと違って部屋の中までついて来るジゼルに呆れた表情を送った。

どうせ出て行かないだろうと防音結界を施す。


「駄目ですか?」

「貴女も準備があるでしょ?一度自分の部屋に戻ったら良いじゃない」

「私はエルさんのお世話がしたいです」


うっとりした様子のジゼルに頰が引き攣る。昔から献身的に尽くしてくれていたけどここまで来て自分の事より私の事を優先させようとするのは違うと思う。

溜め息を吐いているとジゼルは皺々になっているベッドを勝手に整え始めた。鼻歌まで歌ってご機嫌だ。


「この宿屋の女将さんって出来る人ですよね」

「いきなりどうしたの?後やらなくて良いから」

「寝具の準備、部屋の掃除が完璧でした。もう終わりますから待っていてくださいね」


言われてみれば貴族の屋敷に仕えていても不思議じゃないくらい整った部屋だった。

侍女として高い技術を持っているジゼルに完璧と言わせるとはエーヴさんはただの女店主じゃないのかもしれない。

考えている間に整ったベッドが用意されてしまった。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


スッキリした表情で見つめてくるジゼルに吃りながらお礼を告げる。

結構汚かったのだけどあっさりと綺麗にしちゃったわね。流石はジゼルだわ。


「これくらいは当然です。それより何を考えていたのですか?」

「エーヴさんの事よ。ジゼルに完璧って言わせるのだから只者じゃないでしょ」

「ああ、そうですね。どこかのお屋敷に仕えていたのではないでしょうか」


確認しますか?と爛々とした笑顔で聞いてくるジゼルに首を横に振る。

エーヴさんの事は気になるけど勝手に調査するのは申し訳ないので断らせて貰う。

それよりも隙あらば私の役に立とうとする元侍女に頭が痛くなってくる。

私の為に色々してくれるのは嬉しいけどもっと自分を大事にして欲しい。


「一応調べておいた方が良いと思いますけど」

「どうしてよ」

「女将さんの仕事ぶりからして高位貴族のお屋敷に仕えていた可能性が高いからです。エル様の事を知っているかもしれませんよ」


変装の魔法を解いて青い瞳を鋭くさせるジゼル。

確かに彼女の言う通りだ。しかしこちらの都合で勝手に調査をするのは気が引ける。


「今回の事件が片付いたら直接聞いてみるわ」

「ですが」

「勝手に調べられたら失礼でしょ。大丈夫よ、上手くやるから」


私の言葉にジゼルは「畏まりました」と頭を下げた。

完全に侍女モードに入っているわね。


「ジゼル、様付けは禁止。畏まるのも駄目よ」

「この流れなら許して」

「あげないから」


全くこの友人は…。

本日何度目か分からない溜め息を吐いた。








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