幕間13 ジェド視点

クリームパンを食べながらエルと会話をする。


「エルはどこ出身なんだ?」

「アンサンセ王国です。ジェドさんは?」

「俺はフォール帝国だ」


俺がフォール帝国出身だと聞いた瞬間エルは驚いた表情を見せてくる。

当たり前だ。普通に考えたら帝国の人間が公国に居るわけがないのだから。


「帝国の人間が公国にいると思わなかっただろ」

「そうですね」

「二国の歴史を知っていれば誰だって思う事だ」


エルは当たり前ように頷いた。

無関係であるアンサンセ王国の平民なら知らない事だろうけどな。

そう思ったが言わない事にした。


「ジェドさんは冒険者ですか?」

「ただの旅人だよ。エルは?」

「私も旅人です」

「え?一人で旅してるのか?」


嘘だろう?

エルは公爵令嬢で、王太子の婚約者だ。

旅をしているわけがない。


「大丈夫なのか…?」

「今のところは問題ありません」


問題ないとかそういう問題じゃない。

本当に何があったんだと心配になる。


「問題あるだろ。助けてもらった俺が言えた事じゃないが見ず知らずの男と一緒に食事なんて普通はやらない」

「そうですけど困ってたじゃないですか」

「もし俺が悪いやつだったらどうするんだ…」

「え?悪い人なのですか?」

「そうじゃないが、そういう話をしているわけでもないぞ…」


もっと、こう、ふんわりと優しい笑みを浮かべているのが俺の知っているエルだ。こんな男勝りな感じではなかった。

三年前と全然違う様子のエルに戸惑いが隠せない。


「大丈夫です」


キリッとした表情を見せてくるエルに俺は大きく溜め息を吐いた。

これは放っておけない。

好きな人だから放っておけないって気持ちもあるが、箱入り娘であったご令嬢が一人旅するのは危険過ぎる。

理由は分からないが一人旅を続けそうな彼女の護衛になる事を決めた。


「よし、決めた。パンの礼として君の護衛になろう」

「要りません」


即答された。しかも嫌そうな顔を向けられる。


「いや、しかし…」

「お礼も要りません。このパンはご好意で頂いた物です。私のお金で買った物ではありませんので。お礼をしたいなら向こうにあるポルトゥ村にあるパン屋のおばさまにしてくると良いですよ」


捲し立てるように言ったエルはクリームパンを口いっぱいに頬張り立ち上がる。

これがあのエルなのか?

戸惑っている俺を見下ろしたエルはさらに冷たく突き放す。


「それに私は馬で移動します。見たところジェドさんは徒歩ですよね?普通に考えて一緒に行動するのは無理なお話ですよ」


彼女の言う通りだった。

徒歩旅を続けていた俺は馬を持っていない。

どう足掻いても彼女の動きに制限をかけてしまうだろう。


「心配してくださってありがとうございます。ですが私は一人でも大丈夫です」

「……分かった。諦めよう」


とりあえず今は諦める事にしよう。

俺の返答にエルは嬉しそうに笑った。

そんなに一人旅が良いのかと思いながら次の約束を取り付ける。


「また会えたらその時はちゃんとお礼をさせてくれ」

「ええ、楽しみにしています」


明らかに社交辞令の笑みだ。

昔の彼女だったらもっと無邪気に笑っただろうに。


「パン、ご馳走様。助かったよ」

「もう行き倒れないでくださいね」

「気をつけるよ」

「それでは失礼します」


馬に跨り、俺を見下ろすエルに挨拶をする。


「また会おう、エル」

「ええ」


慣れたように駆けて行くエルの背中を呆然と見送った。


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