幕間⑨レジス視点
最愛の娘エルが姿を消し、もう一ヶ月が過ぎた。
未だに彼女の情報を得られていない。
エルの婚約者であったシリル殿下が彼女を探しに城を飛び出したという話は一週間前に聞かされた。
すぐに戻って来たようだが、特に情報は得られなかったらしい。
何があったのかは分からないが戻って来た彼は「必ずエルを連れ戻す」と宣言しているそうだ。
しかし情報は何もない。
「やはり駄目なのか…」
一人、執務室で呟く。
そもそもエルは生きているのか。
生きていてほしいというのは私の願望だ。
探し始めて一ヶ月間、公爵家の力を使っても、王家の力を使っても見つからない。何も情報を得られない。
実際に生きているかどうかなんて誰にも分からないのだ。
「エル、どこへ行ったのだ…」
執務机に乗せていた一つの姿絵の存在を思い出す。
幸せだった頃の家族の絵だ。
魅了にかかっている間に不愉快だと捨ててしまったそれはもう手元には残っていない。
そう、この屋敷にはエルの物は何も残っていないのだ。
彼女が国を出て行った後、まるで最初から居なかったかのようにエルの物は全て処分させた。
私がそう命じたのだ。
「捨てた人間の分際で泣くなど、エルに見られたら何と言われるか」
心優しい彼女の事だ。
抱き締めて『お父様は何も悪くありません』と泣きそうな笑顔を見せてくれるだろうか。
それとも『今更遅過ぎるのですよ』と冷たく突き放してくるだろうか。いや、あの子に限ってこれはない。ないと思いたい。
「旦那様、ご報告です」
部屋の扉を叩くのと同時に入って来たのはエルの捜索に向かわせた人間の一人だった。
「なんだ?」
「アーバンでガブリエル様らしき女性を見かけたという情報を掴みました」
「なに?」
アーバンというのはアグレアブル公国の公都だ。
エルはそこにいるのか?
彼女は徒歩だったはず。どうやってそんな離れたところまで辿り着いたというのだ。
「本当なのか?」
「断定は出来ません。ただガブリエル様らしき人を見かけたという情報は何件か得られました」
エルが出て行って初めての目撃証言に、彼女が生きているかもしれないと安心してしまう。
全身の力が抜け、椅子にもたれかかる。
「旦那様?」
「……私が向かう」
「え?」
アンドレには散々行くなと言っておいて示しがつかないのは分かっている。
それでも初めてエルの目撃情報を聞かされていても立ってもいられないのだ。
今すぐ屋敷を飛び出したい気持ちに駆られていた。
「すぐにアーバンに向かう。アンドレには上手いこと言っておいてくれ」
「か、畏まりました…!」
アーバンまでは休まずに馬を走らせれば一週間程で到着するだろう。
私はすぐに身支度を始めたのだった。
その頃エルは家族を思い出すのをやめてワインを呷っていた。
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