第二章 港町連続失踪事件

第17話

ポルトゥ村を出て三時間が経過した。

私が今目指している場所はメールという町だ。

アグレアブル公国の中で最も大きい港町。

公爵令嬢時代から一回行ってみたかった場所だ。到着したら存分に楽しませてもらうつもりである。

メールに着いてからの事を考えながら森を抜けていると前方に人らしき物体が倒れているのが見えた。


「アミ、止まって」


グウェナエル様から頂いた黒馬は雌であった為『アミ』と名付けさせてもらった。

やや強めに手綱を引っ張るとアミは前肢を上げながら大きく鳴き声を出して立ち止まってくれた。


「ちょっとだけ待っていてね」


素早く飛び降りて、アミを近くの木に繋ぐ。

近づいて確認してみると人らしき物体は本当に人だった。

性別は男性。身なりからして冒険者か旅人。

うつ伏せて横たわっている為、顔は分からない。

生死を確認する為に顔を覗き込もうとした瞬間、男性は勢いよく顔を上げた。


「誰だ!」


急に顔を上げられた為、驚いて尻餅をついてしまった。

男性は辺りを見回して私の姿を確認すると一瞬驚いた顔をする。驚いたのはこちらだというのに。


「君は…?」

「貴方こそ誰ですか…」


驚き顔のまま尋ねてくる彼に対して私は顰めっ面で言葉を返す。

立ち上がりキュロットについた汚れを振り払っていると男性はよろよろした動きで座り、近くにあった木に寄りかかった。

この人、具合が悪いのかしら。


「俺はジェド。君は?」

「エルです」


翡翠の瞳を持ち、しばらく切っていないであろう伸びた黒髪を後ろで束ねた青年はジェドという名らしい。

見たところ年齢は二十五歳前後。

鍛えているのだろう体躯はがっしりとしており、厳めしい顔付きながらもかなりの美丈夫。女性に人気がありそうだ。

この人、どこかで見た事があるような気がするのだけど…。

思い出そうとするが無理だった。


「エル、か…」

「私の名前が気になりますか?」

「いや、なんでもない」


エルという名前は割とよくある名前だ。

同じ名前を持つ知り合いの事でも思い浮かべていたのだろうか。

まあ、どうでも良いけど。


「ジェドさんはどうしてこんなところで倒れていたのですか?」

「あー…」


今一番の疑問をぶつけるとジェドさんは髪を掻いて、言いづらそうな顔をする。

答えたくない事なのでしょうか?

もしそうなら悪い事をしてしまった。


「実は…」

「はい」

「腹が減って動けなくなったんだ…」


私の罪悪感を返してほしい答えだったわ。

どうして食べ物を持ち歩かなかったのだろうと呆れる。


「エル、なにか食べ物を持ってないか?」


呆れた視線を送っているとジェドに尋ねられる。


「持ってますけど…」


パン屋のアンナおばさまから頂いたクリームパンが沢山ある。

私が答えるとジェドさんは両手を合わせてお願いをしてきた。


「頼む、分けてくれ!礼はするから!」


お腹が空いて動けなくなった事を聞いた時からこうなると思っていたので驚きはしなかった。

私もお腹が空いてきたし、頂いた量を一人で食べるというのも無理な話。

折角の頂き物を腐らせるわけにもいかない。それに困っている人を放っておく事も出来ない。


「私が持っているのはクリームパンですけどよろしいですか?」

「ああ、甘い物好きだから嬉しいよ」


歯を見せて笑うジェドさんの隣に腰を下ろした。

鞄からクリームパンの入った紙袋を取り出して彼の方に傾けた。


「好きなだけどうぞ」

「え?全部食べていいのか?」

「くだらない事を言う元気がある人にはあげませんよ」


揶揄うように聞いてくるジェドさんを睨み付ければ「すまない」と謝られた。

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