第15話

まだ開店していない酒場に入るとユルバンおじさんとアネットさんが掃除をしていた。


「まだ開店して……ってなんだエルか」

「お父さん、失礼でしょ。エルさん、こんにちは」

「お二人ともこんにちは」


挨拶を交わすとアネットさんが用意してくれた席に座り二人と向き合う。

何故かユルバンおじさまに呆れた顔をされる。


「全くいつも開店前に来やがって」

「お父さん!エルさん、ごめんなさい」

「いえ、事実ですから」


ここ三日間、毎日酒場に訪れているがいつも開店前に訪れては掃除を手伝っていた。ただ今日は違う。

私は小さく深呼吸をして、二人と向き合った。


「実は村を出る事にしました」

「え?いつですか?」

「今からです」

「そんなっ!」


驚いた声を出して立ち上がるアネットさんに対してユルバンおじさまは分かっていたみたいな雰囲気を出す。


「アネット、座れ」

「うん…」

「まず最初に礼を言わせてくれ。娘を助けてくれてありがとう」


アネットさんが座るのと同時にユルバンおじさまに頭を下げられた。

アンナおばさまに事実を知っている事を教えてもらわなかったらとても驚いていただろう。


「エルには感謝してもしきれねぇ…!」

「お父さん…。改めて私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」


ユルバンおじさまが涙を流しながらお礼を言う姿を見たアネットさんも泣きながら頭を下げてくる。

アネットさんに至っては何回お礼を言われたか分かりません。

他に連れ攫われた娘さん達の分まで彼女が言ってくれたのだ。


「こちらこそありがとうございます」

「なんでエルがお礼を言うんだ?」

「そうですよ!助けてもらったのは私達なのですから!」

「なんとなくです」


人の敵意や憎悪を受けて国を追い出された身から言わせてもらうと温かく迎え入れてくれたというだけで感謝に値するのです。

口に出して言えないけど、心の中でもう一度お礼を呟いた。


「相変わらず変な子だなぁ」

「ちょっとお父さん!失礼でしょ!」

「すまねぇ、しんみりした別れ方をしたくなくて口が滑っちまった」

「もう!」

「気にしてませんよ」


私も最後のお別れみたいな雰囲気は嫌ですからね。

別れる時は笑顔の方が良いです。

あの時もそうしましたから。

脳裏に甦ったのは会場を出る前、私が見せた満面の笑みに固まる愚か者達の阿呆面だった。


「エル?どうした?」

「いえ、なんでもありません」


首を傾げるユルバンおじさまに笑いかけて、私は席を立ち上がった。


「そろそろ行きますね。いつかまた来ます」

「おう!酒場は夜からだからな!どこに行ってもそれは忘れるなよ!」

「酒場を見るたびにユルバンおじさまを思い出しそうですね」

「はは、そりゃあ良い。ついでにアネットの事も思い出してくれ!」

「ええ。もちろん」


絶対に忘れませんよ。

立ち上がると店の外まで見送りに来てくれる二人。


「ああ、これ。持って行け」

「これは?」

「ポルトゥ村周辺の地図だ。あった方が便利だろ」

「ここ最近、お父さんが夜更かしをしていた理由ってこれを描いていたから?」

「ああ、そうだ。近いうちにエルはここを離れると思っていたからな。すぐに渡してやれるように準備しておいたんだ」


照れ臭そうに笑うおじさまに泣きそうになった。

それでも堪えたのは笑顔でお別れをしたかったから。


「ありがとうございます。大切にします」

「おいおい。一番近くの村までの地図だぜ。使わなくなったら捨てちまえ」

「嫌ですよ。一生大切にします」

「本当に変わった嬢ちゃんだなぁ」

「こら失礼でしょ!」


頭を掻きながら言うおじさまの背中をアネットさんが叩いた。

仲の良い親子の光景が微笑ましくて自然と笑みが溢れ出る。


「それではまたお会いしましょう」

「ああ。いつでも歓迎するぜ」

「また会える日をお待ちしております」


最後に向かう場所はグウェナエル様達の屋敷だ。

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