第60話 カイルロッド皇子
リュージが近づいていくと、カイルロッドは自分から馬車を降りてきた。
しかもそれだけでなく、まるで迎え撃つように堂々とリュージの前まで歩いて近づいてきたのだ。
「へぇ、自分から殺されに出てくるとは殊勝なことだな。逃げようが隠れようがもう遅いと悟ったのか?」
そのあまりにいさぎよい行動に、リュージが少し驚いたように言うと、
「くっくっく、あはは、あーっはっはっは! 実に愉快だね!」
カイルロッドは突然大きな声をあげて笑い始めたのだ。
「何がそんなにおかしい? 死の間際になって、気でも触れたのか?」
「なにって、そりゃあもちろん、人間どもが愚かにも同士討ちして犬死する姿が実に哀れでおかしかったのさ。みなまで言わせないでくれたまえ」
「なんだとてめぇ、もういっぺん言ってみろ」
文字通り命をかけて剣士としての覚悟を授けてくれたサイガの死をけなされて、リュージの言葉に強烈な殺意が籠る。
そうでなくともカイルロッドは姉のユリーシャと、幼なじみで義理の兄になるはずだったパウロの一番の仇なのだ。
「何度でも言うさ。剣を抜かずにわざと殺されるだなんて、人間ってのはほんと馬鹿すぎて手に負えないね。死んだら意味ないでしょ」
「俺に欠けてるものを命懸けで伝えてくれた師匠の死を
サイガの死をバカにされたリュージが、見えない月=新月のごとき、目にも止まらぬ高速の抜刀術を放った。
菊一文字は初めて握ったとは思えないほどにリュージの手になじみ、鋭く抜き放たれたその刃は煌めく殺意となってカイルロッドを襲う!
一片の容赦もなく殺した――はずだった。
「おぉっと、危ない危ない。その速さにはほんの少しだけ注意が必要かな。ほんの少しだけどね」
しかしカイルロッドはいとも簡単にそれを避けてみせたのだ。
神明流の誇る神速の抜刀術を、偶然などで避けられはしない。
つまりは必然。
カイルロッドはリュージの鋭い一閃を、完全に見切っていたのだ──!
「……今のは普通の人間にはかわすどころか、剣筋を見ることすらできないはずだ。お前いったい何者だ? まさか 影武者か?」
リュージがアストレアから聞いた限りでは、カイルロッドは特に武術の経験はない。
その通りなら避けれるはずがない。
カイルロッドが見せた有り得ない動きに、影武者の可能性に思い至ったリュージは険しい視線とともに問いかけた。
「まさかまさか、ボクは本人さ。ただ、ちょっと普通の人間とは違うけどね」
道化師が顔に張り付けるような、どこか不安を誘う薄ら笑いで答えたカイルロッドに、なんとも得たいの知れない異様な気配を感じて、リュージの警戒感が猛烈に高まっていく。
「……そういや、さっきもまるで自分が人間じゃないみたいな言い方をしてたな? お前、本当に何者なんだ?」
――そりゃあもちろん、人間どもが愚かにも同士討ちをする姿が実に哀れでおかしかったのさ――
よくよく考えればこの発言はおかしすぎると、今さらになってリュージは気が付いた。
「問われたからには名乗らなければならないな。ボクは神聖ロマイナ帝国第十三皇子カイルロッド=ウェル=ロマイナ――ではなく、デルピエロなり」
「デルピエロ、だと?」
「そう、ボクは色欲の大罪魔人カイルロッド=デルピエロ。以後お見知りおきを」
「魔人ってあの魔人か? 大昔に世界を大混乱に陥れたっていう」
「そうさ、ボクはその大罪魔人が
その言葉とともに、カイルロッド=デルピエロから禍々しいオーラが立ち昇りはじめた。
神明流の使う『気』とどこか似た――しかし決定的に違う悪意の塊のような邪悪な波動を、リュージはヒシヒシと感じ取っていた。
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