第47話 老いた哀れな近衛騎士

「ば、バカ者! お前はまだ近衛騎士としては生まれたばかりの雛鳥にすぎぬ。なにより結婚を間近に控えておる身、ここはワシが引き受ける。ザッカーバーグ、お前はすぐに逃げよ! これは騎士隊長としての命令である」


 老騎士が強い口調で出した指示を、


「まさか、あなた一人を放ってはいけません! 未熟なこの身とはいえ近衛騎士の栄誉を授かった者として、ボクも最後までここで戦います!」


 しかしザッカーバーグと呼ばれた若い騎士は、これまた強い口調で拒絶した。


「ならぬ! お前は生きよ! お前が死ねば残された者はどうなる!」


「仲間を見殺しにして自分だけおめおめ逃げるなどと、そのような生き恥をさらすわけにはまいりません!」


「真に大切なものを守るために、時に生き恥を晒してでも生き残ること。これもまた騎士道と心得よ!」


「ですが――!」


「お前も見たであろう、こやつの強さと非道さは人の手には余る。こやつは人の道を完全に踏み外した、まさに人外、この世に生まれ落ちた悪鬼羅刹。人の顔をした異形、悪魔の申し子じゃ!」


「だからといって――!」


「うるせえんだよお前ら。人を無視しながら好き放題悪しざまにディスってんじゃねぇ」


 なぜかリュージそっちのけでお涙頂戴のやりとりを始めた2人に、リュージはイラついたように言うと、


「神明流・皆伝奥義・九ノ型『とうざんさんたんネムるがごとし』」


 若き近衛騎士ザッカーバーグの胸にむかって鋭い突きを放った。


「あガ――っ!?」


 心臓を強烈に打たれ、その鼓動を一瞬にして止められたザッカーバーグは、そのまま糸が切れたマリオネットのように力なく崩れ落ちる。


「ざ、ザッカーバーグ!?」


 老騎士が慌ててザッカーバーグの身体を抱き起こした。

 しかしその呼吸も心臓も既に完全に止まっていることを知り、


「結婚を控えた若者を躊躇ちゅうちょなく殺すなど、貴様には人の心がないのか! この鉄面皮の外道めが!」


 怒りの目をリュージに向けて声を大にして激しく罵倒した。

 そんな怒れる老騎士を、しかしリュージは虫けらでも見るように見下しながら言った。


「なに人のせいにしてるんだ? この結果はてめえが忠義とやらを示そうとしたからだろう? てめぇの無能を俺に転嫁してんじゃねぇよ」


「な、なんだと?」


「そうだろ? てめえが騎士道とやらを見せようとしなければ、こんな悲劇は起きなかったんだ。これはお前が示そうとした騎士道の結果ってわけだ」


「く――っ!」


「ほらほらどうだ満足したか、お前の薄汚い騎士道とやらに。お前の歩んできた無価値な人生によ!」


「ぐぅ……!」


「絶対強者の下でぬくぬくと過ごしながら、絵空事のような綺麗ごとを並べてたて、理不尽に虐げられる弱者を前に見てみぬふりをし続ける。お前の騎士道は、お前の生きざまはどうしようもなく醜悪で、断ずるまでもなく悪そのものだ」


「わ、ワシは……」


「そして今、お前は理不尽に虐げられる弱者になったんだよ。俺という絶対の強者によって虐げられ全てを奪われる、哀れで惨めな弱者にな」


「あ……う……」


「今から俺が、お前の『騎士道』を体現してやる。自分可愛さに弱者を見捨てることを気にも留めない、強者に媚びへつらうしかできないお前の身勝手な騎士道とやらをな」


 リュージは吐き捨てるように言うと刀を振るった。

 老騎士の左肩から右わき腹にかけてをザクリと斬り裂く。


「カハ――ッ!」

 口から大量の血をこぼしながら、老騎士は床に倒れ伏した。


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