大陸へ5

護衛艦 ひゅうが


 港町に民間人が残っていたなら、木造船では到底辿りつくことができない巨大さと威容が、黒船来航を超える混乱を帝国人に与えたことだろう。しかしその威容とは裏腹に、司令室は混乱で溢れかえっていた。


「エアクッション艇3号、レーダーから完全に消失しました…。」電整士が悲痛な声で報告する。


「救助は…」艦長がなにか言いかけるが、司令に遮られる。


「まず、敵を潰さねば二次災害になるだけだ。砲の位置は分かっているのか。」


「はい。観測ヘリが敵の砲と思われる熱源を補足しています。」通信士が答える。


「それを叩け。その後、救助を行い撤退だ。」


「撤退ですか。」


「上陸がエアクッション艇の損失で現実的で無くなった以上、もはや作戦は失敗だ。」


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第三魔導砲陣地 アバンゲル銀行


今まで、一方的に叩かれるだけだった帝国兵達は敵の撃破に歓喜していた。失ったものと比べればその勝利はあまりにも小さすぎる。しかし無敵のように思われていた敵が沈んだことで、士気は上がっていた。無敵であることと、無敵に限りなく近いことは全く異なるのだ。


 この戦いでほぼ唯一の戦果だ。勲章や褒賞は思いのままだろう。そんな淡い期待を胸に、統括官は魔信を握りしめる。


「こちら第三魔道砲陣地。敵艦隊が魔道砲の有効射程距離外に移動。指示を乞う。」


「了解。奮闘されたし。」帰ってきたのは、無機質な短い命令だけだった。


「敵艦隊はこちらの有効射程距離外であり攻撃は不可能。具体的な指示を乞う。」後ろのドンチャン騒ぎのせいで正確に伝わらなかったのかと思い、もう一度通信をする。


「了解、奮闘されたし…プチッ」


「くそっ、切りやがった!」統括官は魔信を投げ捨てる。外殻が割れ、赤色の魔石が露わになった。


「どうされました?」


「司令部の奴ら、俺達を捨駒にするつもりだ。」騒いでいた帝国兵達が静まりかえる。


「まさか!自分で言うのもなんですけど、俺達は英雄みたいなもんじゃ無いんですか。それを見捨てるだなんて!」他の帝国兵も憤慨や困惑を見せる。


「陣地を見てみろ。歩兵どころかゴーレムすら殆どいない。司令部も撤退したんだろう。」デザイルで二番目に高い建物である銀行からは、高低差があるはずの陣地の様子もよく分かる。人で埋め尽くされんほどだった陣地はもぬけの殻だ。


 統括は双眼鏡をわずかに上に向ける。ゴーレムを追いかけ回していた不可思議な竜がこちらに向かっていた。それが炎を纏った矢のようなものを放つ。矢は街で一番高い建物、行政府塔に紛うことなく突き刺さり、爆発。塔は崩壊した。


「どうします?」


「ここには対空魔道砲は無いんだ。脱出するぞ!」


「命令違反です。軍法会議ものですよ。対空魔道砲がないなら杖を使えばいいじゃないですか。蛮族に帝国の土を踏ませるつもりですか!」現実を見せつけられてもプロパガンダを信じ続ける阿呆がたまに存在する。平時においては理想的な帝国民なのかもしれないが、この場では邪魔でしかない。


「届くわけないだろ!残りたいなら、貴様一人で残れ!」統括官はそう言うやいなや荷物をまとめ階段を駆け降りる。殆どの帝国兵が彼に続くが一部、残ることを選んだ兵もいるようだ。


何度も足を挫きそうになりながらも、統括官はなんとかエントランスに到着する。扉だけで家が何軒も買えそうな装飾華美なそれを開けると、久しぶりの外だ。


「やっぱり、外の空気はいいな。」統括官は深く深呼吸をする。


「休んでる暇はないですよ!」部下が統括官の襟を掴んで走り出す。本来ならこんなこと許されないが、今回ばかりは仕方あるまい。


メインストリートを50mほど進んだところで、後ろから轟音が響く。


振り返るとごうごうと炎上するアバンゲル銀行が見えた。5階、6階部分は半分ほど消し飛び、4階建てになっている。ちらほらと炎の玉が空へ放たれるが、一向に当たる気配がしない。


それに怒ったかのように羽虫が光の矢を発射する。片側の壁面が崩壊し、内装が露になった。吹き抜け構造が仇となったのかあっという間に銀行全体に火が回る。ファイヤーボールはもう発射されていない。


「統括、羽虫がこっちに来ます!」部下の指差す方向を見るとまた別の羽虫が気味の悪い羽音を立てながら、こちらへ向かっていた。


阿呆な部下の一人がファイヤーボールを羽虫に放った。案の定、大暴投だ。


「馬鹿、刺激するな!」慌てて統括官は叫ぶがもう遅い。小気味のいい軽い音が響くと同時に、一人の部下の体が爆ぜる。服が飾ってある、きらびやかなショーウィンドウに血がベットリとついた。


「路地に逃げ込むぞ!」統括官は叫ぶが、強大な敵が生み出す混乱と死の恐怖の中、半狂乱になった兵士達に正確に伝わらない。


ファイヤーボールを無闇やたらに撃ちまくる者や、足がすくんで取り残された者も多くいたが彼等は瞬く間に肉塊へと変わっていく。


「だめです、まだ追ってきます!」


統括官は杖を取り出し、ありったけの魔力を込める。


「こんなところで死んでたまるかぁ!」杖から放たれるのは炎の玉、ではなく煙だった。炎魔法を上手くコントロールしてやることによって、大量の煙が産み出せるのだ。非常に多くの魔力を消費し、熟練を要するので、促成栽培の兵には無理だろうが。


「よし、今のうちに…」


どさりと何かが道に転げる音がする。いや、何が転げ落ちたかは知っている。


「そんな、馬鹿な!闇雲に攻撃しているだけだ!こちらの位置は…」


統括官は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。純白の石畳は、今や赤く染まっていた。


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エアクッション艇は全力疾走を続け、やがて敵の攻撃が届かなくなる。


いつの間にか空はすっかり暗くなっており、夕日を受けて輝いていた街は、今はヘリと護衛艦の主砲が生み出す炎を浴びて輝いている。射撃はピンポイントで行われたが、木造の屋根づたいに火が燃え広がったのだ。やがて、炎は街そのものを飲み込むだろう。その光景を私はボロボロの艇から眺める。


「敵国とはいえ、街が燃えるのは愉快ではないな。」隊長が言う。


「そうですね。でも東京がこうなった可能性もありました。」語弊を恐れずに言えば、敵の初手が八丈島でなく東京だったらその損害は計り知れなかった。


エアクッション艇はおおすみの開いた扉に艇はゆっくりと入る。2艇収容できる格納庫に1艇しかいないため、出発の時より広く感じる。


アンゴラス帝国は34の防壁ゴーレム、多数の魔導砲を失ったが、ゴーレムや魔導砲そのものに攻撃が集中したため、人的被害は1000人以下と今までの戦いからすると比較的軽微であった。


一方、今回出撃した4隻のエアクッション挺のうち、無事に帰還できたのは2隻だけであった。96式装輪装甲車2両、73式中型トラック7両、軽装甲機動車4両、高機動車2両、16式機動戦闘車2両が失われ184名の自衛官が行方不明となった。

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