嵐 (上)
アンゴラス帝国 内務省 大会議室
いつもは外部者立入禁止の内務省であるが、今日は人で溢れている。内務相リジーは、カメラを持つ報道陣を見据える。
「市民諸君!現在、我々はかつてない試練に直面している。ヒルメラーゼ共和国が帝国へ越境、そして罪のない人々の命を奪い去った事件よりはや3週間。共和国はそれだけでは飽きたらず再度帝国領へ侵攻、大陸軍はなんとか敵艦隊の撃退に成功したが、大陸軍第三艦隊は半数以上の艦が轟沈し、10万以上の兵が戦場に散った。我々がなにかしたのか。否、我々は何もしていない。こんなことが許されていいはずがない。今、われわれは団結しなければならない!死んでいった家族、友人、隣人達の仇を討つのだ。邪悪なる敵に正義の鉄槌を!」
内務相リジーが拳を振り上げた瞬間、眩いフラッシュが周囲を覆い尽くす。自分の姿が新聞の一面を飾り、全国へ流通されると思うとこそばゆい。しかし、目立つことは嫌いではない。
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アンゴラス帝国 帝都キャルツ キャプテンの酒場
昼間は閑古鳥が鳴いている酒場もいつもより人が多い。その多くが片手に新聞を抱えている。でかでかと刷られた写真の中の人物は、大げさな身振りをして動いている。
「なぁ、大陸軍が負けたってよ。」
「ああ、信じられねぇよ。」
「ったく!やってらんねぇぜ。」空のコップを机に叩きつけ、男は言う。
『アンゴラス人は魔法の使える民族の中でも最上位種族である。』ということを誰もが信じ、自尊心を肥大化させていたため今回の戦いが民衆の心理及び精神衛生に与えた影響は多大だ。
「ヒルメラーゼの奴等め。どんな卑怯な手を使いやがったんだ。」
「アンゴラス人に逆らったらどうなるか思い知らせてやる!」
「魔力容量の少ない劣等人種の糞どもが!くそっ、ビールもう一杯だ。」
「あんな奴等、俺が兵士になったらぶっ飛ばしてやるぜ!」
演説の後、帝国軍への志願者は今までの4倍に跳ね上がり、受付や事務官は連日連夜面接や書類の整理に追われることとなった。この時点では帝国政府の発表に疑問を持つ者などいなかった。
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アミル王国より北東300kmの海域
雨が降り、うねる海を巨船が進む。アミル王国で穀物を積み込み、帰路に着く貨物船『すずなみ』である。4つのトップサイドタンクを4つ備える日本有数のばら積み貨物船だ。
「すごい嵐だな。日本海でもここまでは荒れん。」船長が言う。
「まったくです。これじゃ床に入っても寝付けませんね。」
「お前に限ってそれはないだろ。」笑い声がブリッジに響く。
「ひどいですよ船長。」
笑い声が収まったブリッジを、再び雨音が支配する。
「なんか、昔見た怪獣映画を思い出しますね。」
「ゴミを投棄しに来た船が怪獣に襲われるやつか?その心配はいらんだろう。おれの日頃の行いはいいからな。」
また、笑い声が響く。
「なんでそこで笑う!」船長は言う。
「だって、ねぇ。」船員達は顔を見合わせる。
そのタイミングで航海士が気付く。
「船長、前方より船3隻が接近してきます。」
「同業者か。こんな嵐の中ご苦労なこった。」船長が言う。
「このままでは衝突コースです。」
「何だって!取舵一杯、進路を変えろ。無線で苦情を送ってやれ。どこ見て走ってるってな!」船長は怒りながら言う。
「取舵一杯。」
「無線、繋がりません。」
「繋がらない?この嵐だ。向こうのマストが折たのかもしれんな。それでレーダーもいかれたか。」
「船団、こちらの進行方向に合わせて向かってきます!」
「航行には支障はないようだが。何か事故でもあったのか?」船団の不可解な行動に船長は唸る。
「船長!前方を!」
「どうした?」前を指差したまま固まっている部下を見やり、双眼鏡を覗き込む。
「なっ!」
そこには金属製の貨物船ではなく、帆を一杯に張った帆船が映っていた。
「取舵一杯!反転だ。それと救難信号連絡を出せ!」
船はゆっくりと進路を変えるが、船が大きい分その動作は遅い。その間に帆船は距離を積めてくる。帆船のくせして信じられないほど速い。
「無線、繋がりました!」通信士が船長に無線を手渡す。
「こちらは海上保安庁巡視船しきしま、救難信号を傍受しました。どうなさいましたか?」
「こちら貨物船すずなみ、例の帆船に追われている。なんとかしてくれ。」船長は無線に向かい叫ぶ。無線越しども相手の息を飲む音が聞こえた。
「直ちに急行します。30分ほどかかりますがその間、なんとかして逃げ切ってください。」
「不可能だ!こちらは貨物船だぞ!あんたらと違って速度は出ない。」
「こちらもできるだけ急ぎます。」船長は文句を言っても仕方がないと言うのとに気付く。
「どうかお願いします。船には18人の船員が乗っているんです。」
船長には子供のときより慣れ親しんだ海が、まるで命を喰らうのを待っている貪欲な魔物に見えた。
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