足踏み

アマリーナ公国 公城


アンゴラス帝国による攻撃で焼け落ちた公城であるが現在、復旧作業が進められている。調度や屋根は燃え尽きたが、壁は石造りのため煤さえ払えばそのまま使えるだろう。


現在、行政府としての機能は唯一火災を免れた南館に集約されており、大公の私室すら狭小で絵画の一つすらない。しかし、大公はそんなことどうでもいいかのように紅茶の入ったティーカップを傾ける。茶葉は帝国軍の倉庫にあった高級将校向けの代物だ。


「大公殿下!一大事です。一大事ですぞ!」宰相ワツルが立派な白い髭を揺らしながら大公のそんな自室に飛び込んでくる。


「そんなに慌てて何事だ?」大公は激しく呼吸する部下に問う。


「それが…。帝国が日本に大陸軍を派遣したようなのです。」


ティーカップの割れる音が響く。


大陸軍は駐留軍とは比べ物にならない装備、練度そして数を誇ることは大公自身よく知っている。アマリーナはその駐留軍とすらまともに戦うことが出来なかった。


「何だと!そんな…。日本の後ろ楯をなくしたこの国など奴等にとって吹けば飛ぶものだ。せっかく独立を果たせたというのに…。短い夢だったな。」大公は力なくうなだれる。


「最後まで聞いてください。日本が、日本が勝ったのです。」ワルツは何度も繰り返す。


「まさか!日本の主力艦はたしか…50隻ほどしかないはずだ。帝国は艦隊一つで1000隻だぞ!」


「そうです。しかし、その戦力差を覆し日本が勝ったのです。」


大公は驚愕する。水平線上の船すら狙える魔導砲、杖の先から飛んでくる炎の塊。


アマリーナを含む衛星国にとって、帝国の兵器とは理解の及ばない超兵器であった。日本の兵器の凄さは城が戦火に包まれた時に目にした。しかし、20倍の戦力差を覆すほどだとは夢にも思わなかった。


「日本に賛辞と、そうだこれを勝利の祝いに贈ってくれ。」大公は懐から銀の装飾で囲まれた蒼色の宝石を取り出す。


「大公、それは代々皇族が受け継いできた国宝ですぞ。それを他国に与えるなど…。」ワルツは言い淀む。


「アマリーナがこちらの世界に転移して以来、我々皇族は国民が搾取され、そして無惨に殺されることを見ていることしか出来なかった。これを持つべきは私ではない。救国の英雄こそ持ち主に相応しい。」大公はワルツを見据えて言う。


「殿下…。畏まりました。責任を持ってお渡しいたします。」ワルツは白いハンカチを取り出し宝石を包む。


後日、日本に渡された宝石は国立西洋美術館に収蔵されることとなる。


日本国 首相官邸


暗い部屋の中に、プロジェクターの光だけが灯る。その光を背後から浴びつつ、防衛省職員は報告を続ける。


「…。アンゴラス帝国艦隊は壊滅。作戦は成功し、帝国艦隊は撤退いたしました。今回の戦闘での殉職者はおりません。」


「それは良かった。ひとまず安心だな。」総理が言う。


「しかし、在日米軍と合わせても対艦ミサイルはもう20も残っておりません。もう数週で先行量産品が納入されるとしても、現在の生産力ではとても追い付きません。」と防衛省職員。


「税金を投入し、重工業と連携して設備拡張を進めているのですが完成は突貫工事でも早くて数ヶ月、遅ければ年単位でかかるかと。」防衛相が付け加える。


「それは不味いな。今、今回の規模の艦隊がまた攻めてくればどうなる?」総理は溜め息を吐きながら聞く。


「おそらく海上においては砲撃戦になります。ただ、相手の船速も木造帆船とは思えないほど異常に速いですから、今回のようにロングレンジ攻撃は期待出来ません。自衛隊にも被害が出るでしょう。」


「こちらの射程の方が長いし、船速も速いのだろ!なぜ、出来ない!」環境相が言う。


「敵は、見た目は大航海時代の船ですが、性能は見た目通りとはいきません。アンゴラス帝国の砲も10キロメートル以上届きますし、速力に至っては30ノットも出ます。護衛艦には、後ろに主砲が付いていないので距離を取りながらの砲撃は不可能です。」と防衛省職員。


「それに10kmというのは八丈島で轟沈された巡視船から回収したデータです。サマワ王国からの情報提供によると、主力軍の兵器の質は八丈島に侵攻した艦隊より優れているらしいです。砲の射程も当然長いでしょう。」防衛相が言う。


「彼らの証言によりますと大陸軍と呼ばれる主力部隊において、砲の射程は平均15キロメートルとのことです。」警察庁職員が言う。


「ならば、撃って距離を取って、また撃てばいいじゃないか!」


「無茶言わないでください。船は急に曲がったり止まったりできません。」


環境相は黙り込む。


気まずい雰囲気を壊すように外務相が起立し話し始める。


「外務省には、自衛隊が解放した国により謝辞と勝利への賛美、また記念品などが届いております。賛辞の内容や記念品のリストは資料をご覧下さい。」


外務省職員が分厚い紙の束を配って行く。


賛辞は長ければ長いほどいいと思っている者が多いのかとてつもない長さの物がいくつもある。


「そして、こちらが本題なのですが日本に武装勢力の排除を依頼した14ヶ国のうち、排除が完了した国は未だに5ヶ国です。残りの9ヶ国に今回の作戦により、排除は遅延するだろうという主旨を先方の外交官に伝えました。その結果として、武装勢力の排除はいつ頃になるかと問い合わせが来ております。」外務相が言う。


「困ったなぁ。しばらくは無理だぞ。」総理は眉間に皺を寄せる。


「時期の目安だけでも付きませんか?」外務相は防衛相を見る。


「相手がこのまま大人しくしてくれるとは限りませんし、ある程度の備蓄も必要です。武装勢力に占拠されている人々には同情しますが、その結果日本の防衛が危うくなることはあってはいけません。」


「現地担当者にはすまないが未定だと伝えてくれ。」


「…了解しました。」外務相は悲しげな表情を浮かべ、席に着いた。

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