想定外の勝利

アマーナ公国 公城


アマーナ公国はサマワ王国の南東に位置するアンゴラス帝国の衛星国である。他の衛星国と同じでこれといった産業はなく、大多数の者は農業に従事している。


「大公殿下!一大事です。一大事ですぞ!」宰相ワツルが大きく蓄えた髭を揺らしながら大公の自室に飛び込んできた。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ…。ウグッ!」宰相が座り込む。


「ワツル、何事だ?あと、お前ももう年なのだから全力で走るのはよしといた方がよいぞ。」大公は父の代からの忠臣に声をかける。


「何をおっしゃられますか。私はまだまだ年には負け…ゴォホ、ゴォホ。」


「咳をしながら言われても説得力が皆無だ。それで、結局何のようなんだ?」


ワツルが息を整え話し出す。


「アンゴラス帝国のサマワ王国への懲罰攻撃の件です。」


「悲惨なことになっただろうな。痛ましい限りだ。」若い君主は悲しげに目を細め言う。


「それが、アンゴラス帝国が大敗したとの情報が来ております。」


「何だって!新たな召喚地の国、日本といったか。その国が仲間を増やすための欺瞞情報じゃないのか?」大公は訝しむ。


「いえ、撤収準備を進めていた在サマワ王国大使館からの報告です。しかも彼らは帝国軍の壊滅をその目で見たと言っています。欺瞞はあり得ません。」ワツルは断言する。


「アンゴラス帝国に勝てるだなんて信じられんな。」大公は言う。


「大使館経由で日本から接触がありました。もしかすると独立のために足掛かりになるかと…」


「我が国に外交権はない。勝手に接触したことがばれたらどうなることか。」大公は眉間に皺を寄せる。


「サマワ王国から情報がいっているのか、日本もその事は考慮してくれているようです。国交を結ぶことに抵抗があるのなら、まず観光客を数人案内すると言ってきています。」


「はっはは…。言葉の上手い連中だ。面白い。大使館の撤退は延期だ。あくまで振りはしておかねばならんがな。現地の外交官に日本へ観光旅行するように伝えろ。」大公は笑いながら言う。


「アンゴラス帝国を退ける力を持ちながらこちらの立場を考慮してくれるとはな。」大公はしみじみと言う。


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アンゴラス帝国 王城


灰色のレンガでできた、巨大で壮麗なゴシック様式の城。その中にもレンガと同じ灰色の空気が充満していた。


「アイル、どうなっている?」皇帝、バイルが軍務相のアイルを睨む。


「陛下、それはあのっ!それは現地の兵が任務を放棄したことによるものです。」アイルはあたふたしながら、なんとか話す。


「つまり、貴方は自らの部下達を統制できていないと?」内務相のリジーが言う。


「いえっ!そんなことは…」しかし、最後まで言い切ることはできなかった。


「陛下。これはもう死罪でよいのでは?」魔道相のアルクが妖艶な笑みを浮かべる。


「アイル、お前のせいで20000近い兵が命を散らした。残念でならん。無能なりに国に尽くしたのは分かる。だからお前にチャンスをやろう。最前線にて戦果を挙げよ。さすれば死罪だけは勘弁してやろう。」


「さっ、最前線ですか!」人を駒のように使うことしか知らないアイルは狼狽える。


「不服か?」皇帝、バイルが穏やかな声色で言う。


「滅相もございません。このアイル、必ずやせっ、戦果を挙げて見せます。」震えながらアイルは言う。


「それは頼もしいですわね。クス」アルクが嘲笑する。


「それにしてもこれだけの被害を出すとは。」リジーが呟く。


「いずれにしても、アンゴラス帝国が魔法も使えぬ蛮族に敗れるなど2度とあってはならん。こうなった以上、大陸軍の動員を検討せねばならんな。」バイルが言う。


「本気ですか?大陸軍を出せば、列強各国が反応します。それに蛮族どもに大陸軍を出すなど…」バイルはリジーの言葉を遮る。


「認めねばなるまい。日本という国は、400隻以上の戦列艦を沈めた。これ以上の駐留軍の抽出は植民地を危険にさらす。大陸軍を出すしかあるまい。まずは次の軍務相を決めねばな」バイルは少し力なく言う。。


「次期軍務相にはワラマが適切かと思います。彼はキャルツ魔道学校を次席で卒業しており、勤務態度も良好で、帝国の未来を担うべき優秀な人材です。」アルクがすかさず言う。


「ワラマは貴方に頭が上がらないはずでは?」リジーが疑問を口に出す。


結局この日は、次期軍務相は決まらなかった。

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