第50話 王都

 事件一週間後、無事に病院を退院したアーベルは、入院費用として十八万ギールを支払った(半分はエリーが出してくれた)為、二人はほぼ無一文になってしまったので、翌日から宿代確保とアーベルのリハビリも兼ねて薬草採取のリクエストを行う事にした。

 二人一緒に森に入って日が暮れるまでただ薬草を摘むだけの毎日。

 ウェントワースで背負い籠を持ったアーベルを見たときに、心の中で馬鹿にしていた薬草採取を、今のエリーは自分が籠を背負って毎日楽しそうに薬草を摘んでいた。


 そして更に一週間後、アーベルの傷の具合もだいぶ良くなり、剣も振れるようになり、王都までの路銀も何とか貯まった二人は、リクエストの少ないエストレーを後にして王都に向かって旅を開始し、四日後に無事に王都に到着した。



「ここが王都なのね・・・・・・」


 何処までも続く高い王都の外壁を見上げたエリーが呟いた。

 それはアーベルにとっても今まで見たどの町よりも大きな町であり、エリーと二人で暫くその外壁を驚いて眺めていた。

 そして、大勢の人がひっきりなしに出入りする門を抜け、初めて王都の中に足を踏み入れた二人が目にしたのもまた、二人にとって想像以上の景色だった。


 三階建てや四階建ての大きな建物がびっしりと立ち並び、天を衝くほどの高い塔がいくつも聳え立つ街並みや、馬車がゆうに四台は並んで走れる大きな通りが町の四方八方に伸びていて、その大きな道には馬車がひっきりなしに走り抜けている。

 また、ゆったりとした幅の広い石畳の歩道には大勢の人が行き交い、その道が続く遥か先には、王都の象徴であるアーガス大公の居城が陽の光を浴びて燦然と輝いていた。


「アーベル、どうしよう......私こんな大きな町初めてだわ」

「僕だって......」


 二人はまたしてもその光景の前に呆然と立ち尽くしていたが、通行の邪魔になっている事に気づいたエリーは、街路樹や街頭がたくさん立ち、歩道の幅が更に広くなっているスペースに町の案内板があることを見つけ、未だにあっけに取られているアーベルの手を引っ張って案内板まで行くと、ギルドの場所を確認してから歩き出した。


 そして歩くこと十五分。

 二人は道に迷いながらも『アーガス公国 冒険者ギルド本部』と書かれた五階建ての大きな建物の前に辿り着いた。

 その建物の正面入口の大きな扉は開け放たれていて、時刻は午後三時だというのに、多くの冒険者がひっきりなしに出入りしている。


「ここが公国のギルドの中心ね......」


 二人は生唾を呑み込み、大勢の冒険者に混じって王都のギルドに足を踏み入れた。


 二人が足を踏み入れたギルドの中は、二人の予想を遥かに超えていた。

 幅の広い通路の両側には飲食店や雑貨店、武器屋や食料品店などが軒を連ね、多くの冒険者パーティーが思い思いに買い物をしたり飲食店で騒いでいたりする。

 建物の中に、また別の町があるような光景に二人はまた足を止めて見入ってしまった。


「エリー......ここってギルドの中だよね?」


 ウェントワースの裏通りの市場よりも多くの店が並び、喧騒でごった返す光景にアーベルがそう呟くと、エリーも呆然として「そのはずよ......」と呟いた。


「おっと!僕達こんな所に突っ立ってちゃ邪魔だぜ!」


 後ろから歩いてきた冒険者にそう言われて我に返った二人は、取りあえず受付で宿の情報を聞こうと、多くの冒険者でごった返す通路を人波を縫いながらギルドの奥に向かった。

 そしてギルド内の通路を奥へと暫く歩くと、ウェントワースのギルドの優に五倍はありそうな広大なスペースのホールが現れ、そのホールを半円状に取り巻くように沢山の飲食店、そして大勢の冒険者がそこかしこでたむろしている姿が目に入った。

 そのホールの反対側には受付カウンターがあり、ランク別に窓口が違うらしく、窓口にはそれぞれ一級から十級までの札が掛かっている。


「あそこに行って聞いてみましょうよ」


 エリーがそう言って指を指さした先には『総合案内』と書かれた札が掛かった窓口が二つあり、数組の冒険者が列を作って並んでいた。


 二人はその列の最後尾に並んで待っていると、十分ほどで二人の番になった。


「こんにちは。どういったご用件でしょうか?」


 受付の女性は事務的な笑顔を浮かべ早口で挨拶をしてきたので、エリーが宿の事について聞きたいというと、話を聞き終わらないうちにホール入口を指さした。


「あそこに冒険者の皆さまが主に利用される宿についての案内用紙がありますのでご自由にお持ち下さい。また、ギルドの四階と五階はギルド直営の宿になっていますのでよろしければ是非ご利用下さい」


 と、笑顔のまま捲し立てて来た。


 その勢いに、エリーとアーベルはすごすごと窓口を後にして、案内用紙を手に取って暫くその場で本日の宿の相談して、ギルドから徒歩五分ほどの安宿に決めた。

 ギルド直営の宿は朝食付きで風呂無料だったが、一泊三千ギールもしたので、風車の森を出て以来水浴びやシャワーだけで過ごしてきたアーベルは後ろ髪惹かれる思いでギルドを後にした。


「お風呂って二百ギールを払えば誰でも利用できるらしいから諦めなさい」


 そう言ってアーベルを引っ張り、エリーが朝食なし千八百ギールを朝食付きで千五百ギールに値切った宿に決まった。


 そして翌日、二人は再びギルドに向かい魔物討伐リクエストを開始した。

 さすがアーガス公国のギルド本部だけあって、公国全土はもとより他国でのリクエストや、二人が今まで見た事もないような三級以上のリクエストも掲示板に貼ってある。

 また、他のギルドと違って、戦争関連のリクエストが多いのもルド本部の特徴だった。


 アーガス公国は五年前に先代の大公が十九歳の若さで病死し、僅か一歳だった公太子が大公に就いたのだが、公太子と先代の大公の弟との間で継承権を巡る争いが勃発したために公室の求心力も低下し、各地の公太子派と弟派の貴族の間で争いが起きて年々内戦が拡大していた。

 その為、冒険者を偵察や輸送隊の警護、要人の護衛などに利用するリクエストが年々増加し、そう言ったリクエストは常に人手不足で高額になっていた。

 そして、高額な戦争関連のリクエストにかなりの冒険者が流れた結果、地方ギルドで処理できない魔物討伐リクエストが本部ギルドに寄せられる件数も年々増加していた。


 アーベルとエリーは大量の九級のリクエストに目を通して、比較的王都に近い(とは言っても最短でも二日は掛る距離だが)リクエストから順次受けていく事に決めた。

 リクエストは豊富にある上に、単価も地方より高く、ウェントワースではゴブリン一体五千ギールだったのが、王都近郊では一体五千五百ギール程になる。


 こうして二人は王都を拠点に路銀稼ぎのリクエストを開始した。


 二、三日程度のリクエストを終え王都に戻り、一日休んでまたリクエストに出発する。

 アーベルは王都に戻った日に入るお風呂が楽しみで、それを見たエリーも今まで入った事が無かったお風呂に入って見た所、かなり気に入ったらしく、リクエスト中にお風呂に入る為に早く王都に戻りたいとまで言うほどお風呂好きになっていた。


 その後、少しお金に余裕が出来た事もあって、アーベルは前から懐中時計が欲しかったことをエリーに話したら、その足でエリーに引っ張られて時計屋さんに連れていかれた。

 ハンナと同じような銀の懐中時計。

 アーベルが選んだその懐中時計と同じデザインで、一回り小ぶりの懐中時計を手に取ったエリーは「私これにするわ!アーベルとお揃い!」と言って翌日から持ち歩くようになった。


 そんな日々を三週間ほど過ごし、旅の路銀も順調に溜まってきたある日の事だった。

 明日からのリクエストを受けようと、ギルドで掲示板を見ながら相談していた二人の後ろから声を掛けて来た人物がいた。


 その声に二人が振り向くと、くたびれたプレートアーマーに大盾を装備した長い銀髪の美男子が立っていた。

 レオナルド・セルヴァと名乗ったその男は自分が十七歳で七級のソロ冒険者であることや、つい先日王都に着いたことを告げると、アーベルとエリーにパーティーを組んで欲しいと言ってきた。

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