第49話 満ちる想い

 エストレーの町でアーベルと私に起きた事件の結末は、私、エリアーヌの口から語ろうと思う。


 アーベルの無事―――とは言えないかも知れないけど。を確認して暫く泣いてしまった私は、アーベルに言われて、隣で気絶しているあのクソ男に気が付いた。

 私はクソ男に止めを刺したかったけど、アーベルに指示されたようにウェストバックにあった止血用の布で、手首から先を切り落とされたクソ男の両腕と、逃げられない様に両足をきつく、血が止まって足首が腐り落ちてもいいくらいきつく縛ってやった。

 止めを刺せないのは悔しいけど、せめて私の裸を視姦した両目だけは潰しておこうと剣を向けたら、それもアーベルに止められてしまった。


 アーベルは右肩と右足に怪我をしていて疲労も激しかったので、私はアーベルを馬車で運ぶことにして、一旦あの忌々しい馬車に戻った。

 そして、私を助けてくれた女性たちもまだ近くにいるだろうと思って探すと、やはり両手両足が縛られている事で、そんなに離れていない所で二人を発見した。

 私が戻ってきた事にびっくりした金髪の女性は、あのクソ男を倒した事を私が伝えると、静かに涙を流してお礼を言ってきた。

 二人は私たちと同じ冒険者で、金髪の女性はマーリアさんと名乗り、青い髪の女性はテアさんと言う名前だと教えてくれた。


 そして、馬車に二人を乗せて、(テアさんは馬車に乗る事を嫌がって急に暴れたりしたけど)私は見様見真似で初めて馬車を運転してアーベルの所まで戻り、マーリアさんに手伝ってもらってアーベルとクソ男を荷台に乗せ、クソ男には口枷を嵌めてロープでグルグル巻きにして身動き一つ取れない様にしてからエストレーの町に向けて馬車を慎重に走らせた。


 私は御者台にいて、初めての馬車の運転に集中していたので、その後に起きた荷台での騒ぎがよく分からなかったけど、途中でクソ男が目を覚ましたらしく、テアさんは取り乱し、マーリアさんは町に着くまでクソ男に罵詈雑言を浴びせて頭を蹴り続けていたらしく、マーリアさんのその迫力にアーベルも止められなかったらしい。

 もし私がその場にいたら、マーリアさんと一緒になって同じことをしただろう。


 ♢♢♢


 エストレーの町に戻ったアーベルはすぐに病院に運ばれた。(ついでにクソ男も)

 アーベルの右足の銃創は、幸い弾が貫通していたのでそれほど大事にならなかったけど、右肩の槍傷はあと数センチずれていたら肩の筋が切れて剣を持てなくなっていたかも知れなかったそうだ。

 私のせいでもしそんなことになっていたらと思うと......


 そして、アーベルが入院してすぐに町の保安隊が、私やアーベルの下を訪れて事件の経緯を聞いてきた。

 その後三日間、毎日私の泊っている宿やアーベルの入院している病室に来ては、雑談をしながら同じことを何回も確認されて、その時に保安隊の人からあの二人のやっていた事も聞かされた。


 リーノと名乗った、私たちに接触してきた黒髪の男は、本名はクスターと言って、私を馬車に運んだクソ男の本名はカストと言うそうだ。

 一命をとりとめたクソ男は、自分がこれからどうなるのか覚悟したのか、保安隊の取り調べと言う名の拷問に対して全てを話し、あの二人が行っていた犯罪行為が明らかになった。


 ただ、二人が攫った女性達を売った先の、バルトン商会エストレー支店の支店長のコリーと言う男と秘書の女は、クソ男が捕まった翌日に、自分達が金欲しさに勝手にやった事、と書き置きを残して服毒自殺をしてしまった事と、保安隊の上層部から急に捜査の中止命令が出たために、それ以上の事は闇の中だそうだ。

 アーベルがクスターを殺してしまった事については、私やアーベルの証言やクソ男が自供した話に矛盾もなく、状況的に正当防衛としてお咎め無しになった。


 私は毎日アーベルのお見舞いに行って、入院中のアーベルのお手伝いをして過ごした。


「体を動かせないから、少しは頭を使わなきゃ」


 アーベルはせっかく時間が出来たからと、そんなことを言って、世界地図を買ってこれからの旅の行程を考えたり、ギルドに行って魔物に関する資料を貰ってくるように私にお願いしてきて、私が貰って来たその資料を毎日読んで過ごしたりしていた。


 マーリアさんとテアさんもアーベルのお見舞いに来てくれて、私とアーベルに何回も頭を下げてお礼を言ってきた。

 二人は九級の冒険者で、同じ村で育った幼馴染だそうだ。

 テアさんはだいぶ元気になったけど、今回の事で冒険者を辞めて故郷に帰るらしい。

 マーリアさんはテアさんに付き添って一緒に故郷に戻るけど、その後また冒険者を続けるかはまだ決めていないそうだ。


「いつかまたどこかで会えたら嬉しいわ」


 マーリアさんはそう言ってエストレーの町を去って行った。


 ♢♢♢


 今日はアーベルが入院して一週間。

 アーベルはお医者さんも驚くほど傷の治りが速いらしく、翌日に退院することが決まった。

 私は宿で遅めの朝食を済ませてから、いつもの様にアーベルの病室に向かう。


「おはよう!アーベル。具合はどう?」


 ベットの上に座って地図を見ていたアーベルは、私の方に顔を向けて挨拶を返してくれた。


「おはよう!もう全然大丈夫だよ!」


 アーベルはそう言うと軽く右腕を回して見せて笑った。


「駄目よ!治りかけの大事な時なんだから」


 私がそう注意すると、アーベルは悪戯がバレた子供の様に、バツの悪そうな笑顔を私に向けてくる。


 そうして私は、恥ずかしがるアーベルの着替えを手伝ったり、体を拭いてあげたり、アーベルが散らかした病室を片付けたりしてから、ベットの横の椅子に座ってアーベルとお喋りをする。


 アーベルの故郷や家族の事。

 風車の森という所での生活やハンナさんという人の事。

 あの老冒険者、マルシオさんの事や色々な魔物の事。

 これまでの私との旅で起きた出来事や出会った人の事。


 こうしてアーベルと一日中お喋りをする毎日が楽しくて、今まで知らなかったアーベルの事をたくさん知ることが出来て嬉しかった。

 ただ、私の過去の事をアーベルが聞いてこないことにほっとしたし、私も話せなかった。

 ううん、過去の事は聞かれたら答えてもいい。

 だけど、これから私が何をしようとしているのかだけは、アーベルには絶対に知られたくないと思うようになっていた。


「とうとう明日は退院ね」

「うん。退院しても、あと一週間は激しい運動をしちゃ駄目だって言われたけど」

「当たり前でしょ?退院してすぐにリクエストを受けるつもりだったの?」

「すぐにって訳じゃないけど......でも入院費用もたくさん掛かるみたいだし、お金を貯めなきゃいけないから」

「お金だったら私にも出させて!と言っても私もあんまり持ってないから半分だけだけど」

「えっ!?僕の入院費用だし、エリーに払ってもらうなんて悪いからダメだよ」

「そんなこと言わないで半分払わせて!その怪我だって私のせいなんだし」

「でも、やっぱり悪いよ」

「......じゃあ、一つ私のお願いを聞いて?」

「お願い?」


 こんな時にこんな話を切り出すなんて、私は自分でも自分がズルい女だって分かってる。


「うん......あのね、王都に行った後も......これからも私とパーティーを組んでくれないかな?」


 いつからそう思うようになったかは分からない。けど、本当はずっと言いたかった。


「でも、強くなりたいって......」

「うん。強くなりたいとは今でも思ってるし諦めてないよ。だけど今回の事もあったし、いきなり知らない人とパーティーを組むなんて、今はまだ出来そうにないもの」


 それは私の本音だけど、それを言えばアーベルが断らない事も分かっている。

 やっぱり私はズルい女だ。


「......そういう事なら、僕は全然構わないよ」


 ごめんねアーベル。

 私の我儘でアーベルの旅の足を引っ張ってしまうけど......


「それに、私が一緒だったら魔物討伐リクエストが受けられるし、旅の路銀も早く貯まるよ......それに―――」


 本当はそんな取って付けた理由なんて言わなくてもいいのは分かってる。


 私はあの時、アーベルの前で大泣きした時に認めてしまったんだもの。

 あぁ、私、アーベルの事が好きなんだなって。

 だからズルくても、簡単な女だと思われてもいい。

 自分の気持ちに素直に正直に言えばいい。


「私、アーベルと一緒にこの先も旅を続けていきたいから」


 強くなりたかった。

 復讐の為に、強くなりたくて冒険者になった私。

 決して復讐を忘れたわけではない。今でも毎日あの日の事を思い出す。


 ただ、強くなりたい理由を今問われれば、一瞬答えに躊躇してしまうかも知れない。

 アーベルとの旅がいつまで続くのか、今の私には分からない。

 ただ、そんな漠然とした終わりを考えるより、アーベルとずっと一緒に居られる未来だけを見て私は答える。


 アーベルと一緒に居たいから。

 だから私は強くなりたいって思い始めていた。



 ♢♢♢



 明日退院となる夜、僕はエリーと王都に行ってからもパーティーを組むことになった件についてフウにまた怒られたけど、エリーの事情を分かっているフウは今回は半分仕方がないと諦めていたみたいで一時間ほど文句を言われただけで済んだ。


 今回、こんな事になった責任は僕にある。

 だから王都についてもエリーとパーティーを組むことは全然問題ない。

 旅の路銀を貯める為にも、魔物討伐リクエストを受けた方が良いっていう理由ももちろんだけど、またエリーと二人で旅が続けられる事が嬉しいような、安心している自分もいた。

 そして、そんな自分の気持ちが何なのか分からずに、僕はベットに潜りこんで両手を頭上に伸ばした。

 窓から差し込む月明りが、人を殺した僕の両手を青白く照らしている。


(これからもエリーを、誰かを守るために僕の手は誰かを殺める事があるかも知れない)


 後悔はしていない。けど、その事実、僕が人を殺めた事実は一生僕が受け止めなきゃいけない事だ。


 その時、不意にある光景が脳裏によぎった。


 確か僕が風車の森を出てすぐの頃、ウェントワースに向かう途中ですれ違ったミルクティー色の髪の女の人。

 その人が僕に差し出した白く細い指が、月明りに照らされた僕の指に重なった気がした。


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