第43話 変化

「昨日はすみませんでしたっ!」


 昨日とは打って変わって元気よく頭を下げたエリーに、村長は少し驚きながらも「元気になって良かった」と笑ってくれた。

 そしてアーベルとエリーは村長にお礼を言うと、朝日で輝く道をサンネスタに向けて歩き出した。


 二人にとって急ぐ道程ではない。

 サンネスタに戻ったらギルドに報告に出向かなきゃいけないし、報酬を受け取る為には最低でも今夜はサンネスタに泊まる必要がある。

 アーベルは昨日のエリーの疲労を考えていつも以上にゆっくりと足を進めるが、エリーは昨日の様子が嘘のようにアーベルの横を元気よく歩いている。


「私、頑張るわ!初めは迷惑を掛けちゃうけど、王都に着くころには少しはアーベルの役に立つようになって見せるから」


「銃の練習は頻繁にできないの。場所も選ぶし、弾薬代だって馬鹿にならないわ。だから私も弓で心構えの練習をしようと思ってるの」


「銃以外にも技術を身に付けたいの。だから護身用にナイフの練習もしようと思ってるわ」


 既に初夏とも言っていい日差しの下、今まで見たことが無いくらいに饒舌になったエリーの話にいちいち相槌を打ったり、アドバイスをしたりしながらアーベルは歩き続ける。

 初めて会った時から昨日までの、アーベルのエリーに対する印象は、悪い人じゃないけど気が強く、少し陰のある冷たい感じのする人だったけど、今日のエリーは今までの印象とは全く違い、明るく元気で大人っぽい見た目と違って無邪気な子供の様だった。


 一体、どっちのエリーが本当のエリーなんだろう。


 アーベルにとって、別に昨日までのエリーが苦手だったというわけではなかった。

 アーベルは冒険者になるまで兄以外の同年代の人間と触れ合った事がなく、ずっと大人に囲まれて生きて来た為に、今までのエリーに対して変だとは思わなかったけど、隣で明るく話し続ける同年代の女性の、コロコロ変わる表情や仕草には逆に戸惑ってしまうというか、アーベルの寝不足の頭では付いて行くことが出来なかった。


 そんな風に、時々休憩を挟みつつも、二人は森と草原が広がる景色が徐々に田園風景に変わっていく中をゆっくり歩き続けて半日、遠くにサンネスタの町が見えて来た。


「それでね。今朝起きて思ったの。初めて自分達で作ったパーティーだから、何か名前を付けたいって!色々考えているんだけど......って、アーベル?聞いてる?」


 アーベルはそう言われて、自分が何か聞かれたことを理解するが、昨日一晩中フウになじられて朝まで謝り続けたアーベルには、眠さが限界に達してエリーの話の内容が全く入ってこなかった。


「ん?あぁ、名前だっけ。エリアーヌだよね?」

「ほら!全然聞いてないじゃない!」


 そう言って怒って見せるエリーだが、その顔は楽しくて仕方がないと言ったように笑顔を浮かべていた。


 ♢♢♢


 こうして始まったアーベルとエリーのパーティー。


 二人はギルドのある町に寄ってはリクエストを受けて、また次の町にと旅を続けた。

 リクエストの多い町では路銀稼ぎもかねて一週間程滞在したりすることでエリーに色々と経験させることもしたり、逆にサンネスタのようにリクエストの少ない町では無理にリクエストを受けずに素通りしつつ、王都までの旅は順調に続いた。


 エリーは三回目のリクエストで初めてゴブリンを倒す事に成功した。

 魔物といえど、初めて命を刈り取った―――魔物に命があるかはアーベルにも分からないが―――事に初めは実感がわかず呆然としていたエリーだけど、その後は一人静かに涙を流して喜びを噛み締めていた。


 その後のエリーは自分で自分を縛っていたプレッシャーから解放されたのか、順調に銃の腕を上げて行った。


 また、サンネスタに戻ってすぐに武器屋に向かい、アーベルの弓と同じ大きさの、同じようなシンプルなデザインの弓を購入して、旅の途中でずっとアーベルに教わったのも銃の腕を上げた要因の一つかもしれない。


 そして旅を続ける中で、基礎的な体力や野営の技術なども身に付け、初めは恥ずかしくて出来なかった野外での水浴びも、人里離れた森の中などでは出来るようになった。もちろんアーベルに見られない様に細心の注意を払ってだが。


 また、アーベルはサンネスタを出て二週間後に寄った町で、冒険者ランクが九級に上がった事を知らされた。

 マルシオと毎日自分のランク以上の魔物討伐を行って、確実に成果を残してきた結果だった。

 霊素の使い方やスキルの練習もフウの指導の下で毎日続けていて、霊素を自由に取り込むことはまだ無理だけど、短い時間だったら余り意識しないでも霊素を見る事が出来るようになり、自分の身体を巡る霊素をコントロールすることで、まだ完全とはいかないけどスキルが使える事も分かった。


 そうして季節は廻り、ウェントワースを出てから二か月後には、二人は王都まであと七日程の場所まで足を進めていた。


 エリーもまた、ゴブリン相手に地道に結果を残してきた来たお陰で、先日九級に上がることが出来ていた。



 ♢♢♢



 大きな川が蛇行する湿地帯に一発の銃声が突如鳴り響き、頭を射抜かれたブルーゴブリンが、断末魔の悲鳴を上げる事も叶わず黒い霧となって消えて行った。


 突然の攻撃に動揺するゴブリンだが、低い草しか生えていない見渡す限りの平面な空間に一筋の煙が上がっているのがゴブリン達の目に入った。

 咄嗟にそこに殺到しようとした瞬間、再び銃声が起こり、また一体仲間が消えて行く。

 だが、ゴブリンの群れはまだ仲間が六体いる安心感からか、その五十メートル程先の煙に向かって怯んだ様子を見せずに殺到する。

 再び銃声が響き、仲間が消えていくが、煙が出ている場所に腹ばいになっている若い人間の女に気が付くと、更に興奮したように勢いよく走り続ける。


 あと十メートル。

 久しぶりの若い女に血走った眼を向けるゴブリン共は、その瞬間、突然真横から光った白刃に気が付く暇も与えられず、一瞬で三体のゴブリンが霧となって消える。


 残る仲間はニ体だけとなり、本来なら必死で逃げるように選択すべき所、若い女の事しか頭にない低能なゴブリンは、そのまま女に殺到しようとする。

 が、その瞬間、一体のゴブリンは白刃の露となって消え、残る一体は戦いの終了を告げる銃声によって黒い霧となって消えて行った。



「あっ、あった!エリー見つけたよ」

「はぁ......あと一個ね」


 ゴブリンとの戦闘後、二人は湿地帯のぬかるんだ地面に這いつくばるようにして、ゴブリンの魔核晶を一時間近く掛けて全て探し出してからやっと帰路に着いた。


「もうこんな場所でのリクエストはこりごりだわ」


 夕日に照らされた全身泥まみれのエリーは、げんなりした顔でそう呟いた。


「はは......まあしょうがないよ。結構人の通りが多い街道沿いだから、誰かがやらなきゃ危ないしね」


 そう言って力なく笑ったアーベル自身も全身泥まみれだ。


「まあいいわ。この町での最後のリクエストも終わったし。で、明日は何処に向かうんだっけ?エストル?エストラだっけ?」

「エストレーって町だよ。その町まで行けば王都まで四日らしいよ」

「そっか、もうすぐ王都に着いちゃうんだね......」

「うん、なんかあっという間だったね」


 暫くの沈黙の後、エリーは何か言いたげに口を開こうとしてから、一旦諦めた後、

 言い淀みながらも再び口を開いた。


「アッ、アーベルはさ、王都に着いたら......その、どうするの?」

「僕?僕は王都から北西に向かって隣のオリエンテ共和国に行こうと思ってるんだ。オリエンテ共和国からはプリズレン帝国に向かう定期船が出てるって聞いてるからね」


 アーベルの横顔をちらちらと見ながら話を聞いていたエリーは、アーベルの目的が、以前聞いていた通り故郷に帰る事に変わりがない事を聞いて顔を伏せた。


「エリーは?やっぱり強いパーティーを探して入れて貰う予定?」

「あー、うん......そう、かな」


 二か月前の、いや少し前のエリーだったら何の躊躇いもなく「そうよ!」と力強く答えていただろうが、最近エリー自身はそう強く良い切れる程の決意が揺らいできているのを感じていた。

 決して強くなりたい気持ちが弱くなったわけではないとエリーは思っている。

 今でも毎晩の事を考えると、心の中で復讐の炎が赤く燃え上がる。

 ただ、冒険者になった時に比べて、今の自分が確実に強くなっていることが、『どんな手を使っても』という事を考えなくてもよいのではないかと思ってしまう事があった。


 そして何より、アーベルとの旅が楽しいと感じている自分に気が付き始めていた。

 この二か月、寝る時以外は常に隣にアーベルがいて、アーベルがいる事がごく当たり前の日常になっていた。

 一緒に歩き、一緒に食事をして、一緒に野営をする。

 そしてそれを不快とは思わない、むしろ心地良いとさえ感じている事に気づいたのはいつだろう。


 それが恋愛感情なのかと聞かれれば、エリー自身にも分からない。

 ただ、アーベルとの旅が終わりに近づいていることを無性に切なく感じていた。


「アーベルのさ、故郷のエンビ村って雪が降るんだよね?」

「うん。毎年秋が終わると雪が降ってきて、あっという間に一面雪景色になるんだ。そして冬の間じゅうずっと降り続いて、森も川も畑もすべて白く塗りつぶされるんだよ」

「ヘー、やっぱりすごく寒いのかしら?真冬の池の水くらい」

「この国の真冬の水なんて、エンビ村だったら初夏の小川くらい温かいよ。村の皆が普通に水浴びできるくらいね。冬は川も畑も井戸も凍って雪の下に埋もれちゃうから、水は全部雪を溶かして使うんだ」

「そんなに寒いのね......でもきっと綺麗な景色なんでしょうね」

「うん」


 エリーは暫く沈黙した後、見つめていたアーベルの横顔から目を逸らして下を向くと、小さな声で呟いた。


「......私もちょっと見てみたいかも......なんて」

「うん!エリーもきっと気に入ると思うよ。北の大陸は雪が降るらしいから、冬になればエンビ村と同じ景色が見られると思う。機会があれば行ってみてよ」


 そう言って屈託なく笑ったアーベルを見たエリーは、急につっけんどんな口調になって答えた。


「......そうね!キ・カ・イがあれば是非一度行ってみたいわっ!」


 なぜエリーが急に不機嫌になったのか分からないアーベルは、急に速足になった、夕日に照らされたエリーの横顔を見て、ただオロオロするばかりだった。


 そして翌日、二人はエストレーの町に向けて出発した。

 そして、エストレーの町で起こる出来事を二人が知る由もなかった。


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