第39話 サンネスタの冒険者ギルド

「見えてきた!あれがサンネスタの町かな」


 アーベルとエリーがウェントワースを発って六日後の午後、そう呟いたアーベルの目には、晩春の陽の光の下で規則正しく耕かされた、なだらかな丘陵が幾重にも連なる景色の中に規則正しく積み上げられた石の外壁が目に入って来た。


 アーベルが確認するように後ろに続くエリーに振り向くと、エリーは疲労困憊と言った面持ちで外壁を見つめ、「やっと着いたのね......」と力なく呟いた。


 それから三十分後、広大な畑の中に高い石壁を巡らせたサンネスタの町に着いた二人は、門の警備の人間に首から下げた鉄製の冒険者証を見せると、すんなりと町に入ることが出来た。


「ここがサンネスタの町か」


 町の大きさ自体はウェントワースよりだいぶ小さく見えるが、町の中を規則正しく伸びる石畳の道には街路樹が植わっており、二階建ての同じような形をしたレンガ作りの建物が連なる光景は、雑多な雰囲気が漂うウェントワースと比べて行き交う人々にもどこか落ち着きのような物が感じられる。


「なんか、いい感じの町ね」


 アーベルの横に立って町を見渡したエリーも町に着いた安心感からか、少し元気を取り戻したように声を上げた。

 そんなエリーの様子に、アーベルも無事に着いたことに少し安心し、今日のこれからの予定をエリーに相談する。


「まずは今日の宿を探そうと思うけどどうかな?」


 ウェントワースで病院に掛かって四万ギールも支払ってしまったために、路銀にそれほど余裕の無いアーベルは、自分一人だったら野宿でもしようかと考える所だが、この町で魔物討伐リクエストを受ける事と、エリーが一緒なことを考えて宿に泊まることを選択した。


「そうね。先ずは荷物を降ろしてゆっくりしたいわ。それにシャワーも浴びたいし」


 エリーには野宿するという選択肢は始めから無く、この六日間で三回ほど水浴びをしたアーベルと違って、野営に慣れていない彼女は野外で裸になる事が出来なかったため、一刻も早く宿に入って六日間もシャワーを浴びていない身体をさっぱりさせたかった。


 町の中心部と思われる広場に見える時計塔は午後二時を指していた。

 少し早いが、取りあえず今日の宿を探すことに決めた二人は、中心部と思われる時計塔の方向に歩いて行くと、五分程で一軒の宿を見つけたので一旦値段を確認しようと宿のドアを開けた。


「ん?いらっしゃい」


 こじんまりとした小奇麗な宿の受付カウンターにいた若い男が、入って来た二人を見て席を立った。


「あの......すみませんが、今日部屋は空いてますか?」


 未だに初対面の人に緊張してしまうアーベルがおずおずと聞くと、受付の男は気さくな笑顔を浮かべた。


「お二人さんで良いかな?部屋は空いてるよ」

「あっ!っと、幾らでしょうか?」


 空室がある事に安心したアーベルが肝心の値段を尋ねると、男は少しニヤッと笑みを浮かべた。


「二人で一部屋で良いか―――」

「二部屋で!」


 男が言い終わらないうちに、アーベルの横にいたエリーが強い口調で口を挟んだので、その勢いに驚いた男は引きつった笑いを浮かべて値段を口にした。


「ははっ、えっと、一人一部屋朝食付きで二千ギールだ。シャワーは使い放題で二百ギールになるけど?」

「高いわね。千二百ギール!」

「おいおい無理だよ、朝食なしで千八百ギールだ」

「千三百ギール!」

「二人一部屋で千六百―――」

「一人一部屋っ!千四百ギール!」

「一人一部屋で千六百ギール。朝食なし。これ以上は無理だ・・・・・・」

「しょうがないわね。じゃあ、千六百ギールでいいわ。シャワーは無料でね」

「はぁ・・・・・・お嬢さんには負けたよ」


 アーベルは、エリーと宿の男との突然始まったやり取りをあっけに取られて見て居るしかなく、結果的に二千ギールが千六百ギールになった事にただ驚くばかりだった。


(凄い......値段って安くなるんだ)


 値段を下げさせたエリーに感心しながら、タランガの町の五千ギールの宿はどんなに―――

 いや、さすがにあの時の自分が足元を見られていた事はアーベルにも理解できた。


(こういう事も冒険者には必要なのかな?)


 少し納得がいかない様子で宿の男から部屋の鍵を受け取るエリーを見ながら、アーベルは自分にはとても無理だと感じた。

 宿の男から部屋の鍵を受け取った二人は、取りあえず一時間後にフロントで落ち合う事にしてそれぞれの部屋に荷物を降ろした。



 ♢♢♢



「はぁ~すっきりしたわ!」


 一時間後、シャワーを浴びて小奇麗な服に着替えたエリーと落ち合ったアーベルは、今日これからの予定を軽く相談する。

 時刻はまだ午後三時半だ。

 エリーと約束した魔物討伐リクエストを早めに終わらせて、すぐに旅を続けたいアーベルは、取りあえずこの町の冒険者ギルドに行って、どんなリクエストがあるかだけでも今日中に確認しようとエリーに提案した。


「そうね。それでいいわ。ギルドの場所は早めに知っておきたいし」


 アーベルの提案に頷いたエリーは、カウンターの向こうで座っていた宿の男に冒険者ギルドの場所を聞いてくると、アーベルを先導するように歩き出した。

 そして宿から歩くこと十分、町の外れの、『冒険者ギルド サンネスタ支部』と書かれたレンガ作りのこじんまりとした建物の前に着いた二人がギルドのドアを開けて中に入ると、ウェントワースのギルドの三分の一ほどの広さのホールが広がっていて、奥のカウンターの向こうに二人の女性職員が見えるだけで、冒険者らしき人影は一切なかった。


「本当にここで良いのよね?」

「うん......冒険者ギルドって書いてあったし」


 夕方の込み合う時間にはまだ少し早い時間とはいえ、職員以外誰もいない事に二人は戸惑いつつも受付カウンターに向かうと、カウンターに座っていた、まだ若い眼鏡を掛けた女性職員が声を掛けて来た。


「......冒険者登録でしょうか?」


 アーベルもエリーも、護身用ナイフ以外の荷物や装備を全て宿に置いてきているためか、アーベルの見た目が幼く見えたためか、受付職員には冒険者には見えなかったらしい。


「いえ、リクエストを受けたくて」


 アーベルがそう口にすると、その女性職員は少し驚いた顔で背筋を伸ばした。


「あっ!冒険者の方でしたか。お見掛けしないお顔でしたので、てっきり......そ、それでは冒険者証を確認させて下さい」


 二人が冒険者証を見せると、その職員は二人の冒険者証を見ながら手元の紙に色々と書き込み始めた。


「えっと、十級冒険者のアーベル・クラウドさんと、十級冒険者のエリアーヌ・ストラウクさんですね。所属はウェントワース支部......と」


 二人の情報を確認した女性職員は二人に冒険者証を返すと、「リクエストのことですよね?」と言って少し困った顔をした。


「ええ、十級パーティーで受けられる魔物討伐リクエストを受けたいのだけど、どんなのがあるのか知りたくて」


 エリーがそう答えると、その女性職員は「少しお待ちください」と言うと、後ろの棚の『十級リクエスト』と書かれた薄いファイルから、迷うことなくスッと一枚のリクエスト用紙を取り出した。


「すみません。十級魔物討伐で受けられるリクエストは......今はこれだけです」

「えっと、これだけ?ですか?」


 アーベルが驚いて聞き返すと、女性職員は恐縮したように小さく、すみません。と口にした。


「あの、この町の周りは余り魔物が出ない事もあって、うちのギルド管轄で今十級で受けられるのはこれしかないんです」


 アーベルは不思議に思いながらリクエスト用紙を確認すると、私にも見せて。と言ってエリーが覗き込んできた。


「えっと、サンホセ村近郊の森でのゴブリン討伐。ですか」

「はい」

「討伐対象はグリーンゴブリンで予想数は一から三体、リクエスト受付日は......今日。事前調査なし、完了確認なし、特記事項なし。か」

「ちょうど良いじゃない!アーベル、これ受けましょうよ」


(エリーの実力はまだ確認していないけど、確かに僕とエリーで受けるにはちょうど良いリクエストかも知れない)


 アーベルはそう思いつつ、女性職員にいくつか確認をする。


「新しいリクエストって毎日入ってくるんですか?」

「いえ、さっきも言った通り、うちの管轄ではあまり魔物が出ないので、大体二週間に一度あるかどうかで・・・・・・そのリクエストもたまたま今日のお昼に受け付けたばかりなんです。そもそもこのギルドを拠点に活動しているパーティーも九級の二組だけで、その二組が今朝出払った後に受け付けたリクエストなので、本当にたまたまです」

「じゃあ、もし八級以上の魔物のリクエストが入った場合はどうするんですか?」

「私がこのギルドに勤務して二年になりますが、今までそう言った事は起きていません。けど、その場合は近くの他のギルドや王都のギルドにリクエストを依頼することになっています」


 アーベルにとっては運が良かったのか悪かったのか、リクエストが無ければエリーとの一回だけのパーティーを組む約束も無くなり、明日からまた一人で旅に出られたことになっていたかも知れない。


「この、サンホセ村って遠いんですか?」

「いえ、ここから南に十五キロほどですので往復するだけなら日帰りも可能です」

「何か気を付ける点ってありますか?」

「特には......目撃者、村の住人が目撃したのは二回で、どちらも一体しか見ていないそうです。ただ、森がかなり広いので発見するのに時間が掛かる可能性はありますね」


(討伐の時間やエリーの足を考えたら、余裕を見て二日か)


 アーベルにとってはその分この町を出るのが遅れるけど、断る強い理由も見当たらなかった。


「じゃあ、エリーもこのリクエストで良い?」

「も、もちろん!」


 エリーが少し緊張した様子で頷いた。


「すみません。それじゃあこのリクエストを受けます」


 ♢♢♢



 リクエストを受けて冒険者ギルドを出た途端、エリーは大きく息を吐いて少し緊張した顔をアーベルに向けた。


「私、ああやってリクエストを受けたのって初めて。少し緊張しちゃった」

「え?でも今までもリクエストを受けた事はあるんじゃないの?」

「うん......でも、今まではどんなリクエストかも知らず、パーティーの人が受けたリクエストに付いて行くだけだったから......ああやって自分でリクエストを受けたこと無かったもの」


 それに比べると、アーベルは最初の一回だけはマルシオが受けたリクエストに無理やり連れていかれたが、それ以降は全部マルシオと二人―――とは言ってもマルシオが見繕ってアーベルに確認する程度だったが。でリクエストを受けて来たので、特別緊張することはなかった。


「そうなんだ」

「うん。だから私にとってはこのリクエストが、やっと訪れた初めてのリクエストの様な気がするんだ!」


 エリーはそう言って、改まってアーベルに向き直るとペコリと頭を下げた。


「ありがとうアーベル。私の我儘に付き合ってもらって。私頑張るから」


 そう言って再び顔を上げたエリーの目には、緊張の中に強い決意が映っていた。

 そんなエリーの様子を見たアーベルは、自分が安請け合いをしてしまった事を少し後悔する気持ちと、マルシオが居ない今回、自分がエリーの安全を必ず確保しなきゃいけないという事を思い、改めて気持ちを引き締めた。


「じゃあ、前祝として夕食にしましょうよ!」


 そんな、少し張り詰めた空気を振り払うように笑顔になって歩き出したエリーに、アーベルもまた、気持ちを切り替えて笑顔を浮かべると後に続いた。


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