【chit-chat】encore
【chit-chat】伝説の喋る武器と農具と持ち主達、時々バルドル。 01
【chit-chat】
≪シークがまだ封印の中にいた頃のお話……≫
大草原と言うほど広大でもない草原に、黒い半球状のオブジェがある。
白いシートが掛けられ、そのすぐそばに一部に木製の台が並ぶ。置かれた花やポーションが、まるで献花か供物のようだ。
その脇には深紅に塗られた鉄製の剣立てが置かれ、聖剣バルドルが立て掛けられている。
アークドラゴンの封印から1年。バルドルは身を犠牲にしたシークを封印から出すため、じっと気を送り続けていた。
今日はお日柄も良過ぎて、カンカン照りがむしろ迷惑なくらいだ。雨雲が去り、水浸しの地面に空色が写り込む。間もなく乾燥した日々が始まるだろう。
そんな草原には2人の少年の姿があった。
1人は見事な黒みがかった大剣を背負い、1人は……黒い鎌を手に持っている。
「チッキー様、雨上がりの刈り難い時に草刈りをしなくても」
「駄目だよ。地面が乾くのを待ってたら、兄ちゃんの周りの草がもっと伸びてしまう」
「うえぇ、足具が沈んでいくし、少しでも走ると泥が跳ねてしまうね」
「うう~……ひっ、泥が跳ねました! あ、ボクの剣先にちょこっとついちゃってます!」
2人の少年はチッキーとイヴァン。あと2つの声は元氷盾、現在は鎌のテュールと炎剣アレスだ。彼らは今日、シークが封印されている周りの草刈りに来ていた。
と言っても、チッキーは毎日この場所を訪れている。両親もよく訪れるが、チッキーはこの1年、1日も欠かしたことがない。
「バルドル、終わるまでポーション塗っておくね」
チッキーはバルドルを鞘から抜き、剣先にポーションをかけた。バルドルはシーク以外に扱われる気がないが、チッキーの思いはよく分かっていた。それがシークのためになるならと、持ち上げられる事も、鞘から引き抜かれることも拒否しない。
アークドラゴンの気配は消えておらず、幸か不幸かそのおかげで弱い魔物は殆ど現れない。
けれど、草刈りに夢中になれば何があるか分からない。万が一に備え、チッキーは草刈りの日だけイヴァンやシャルナクに護衛を依頼していた。ゼスタやビアンカがギリングに帰っていれば、彼らも手伝ってくれる。
シークを慕うディズ達4人組もよく立ち寄ってくれ、チッキーはよく懐いていた。
「じゃあ、始めるね」
「お怪我のないよう。草の端で手を切らないよう、軍手をしっかり。私の切れ味を御自身の指で確かめませんよう」
「うん、大丈夫! うわあ、やっぱりテュール凄いよ、刈った草がブチって言わないもん! 草の汁も出ないから臭くない」
「お褒めに与り光栄です、チッキー様」
チッキーとテュールの作業は順調だ。一方、イヴァンとアレスはチッキー達を守るため、周囲を見渡していた。
「あーあ、モンスターの1体や2体、現れてくれませんかね……」
「ほらアレス。そういう事言ってると、あの剣は危ないとか言われるんだよ? いつかどこかの村に行った時だってさあ……」
「うー……悪かったって、言ったじゃないですか! あの日は5日ぶりの戦闘だったんですよ? 昨日までのようにずーっと雨で、ずーっと外に出ませんでしたし。思わずやったーって、言っちゃうじゃないですか!」
アレスはイヴァンに注意され、でもでもと言って縋る。モンスターを斬りたいと言って主人を悩ませるのは、バルドルだけではないらしい。
テュールは青々と茂る草を黙々と刈り続けている。彼にとって今の時期は一番やりがいを感じる時期だ。
それが雑草だろうが小麦だろうが、チッキーが使ってくれるのなら何も文句はない。むしろテュールはチッキーを止める事だってある。
「チッキー様は嵐の日でも、畑が心配だと言って見に行こうとなさるのです。わたくしはあれが心配で仕方ありません。危ないですからお止めください」
「だって……」
「チッキー様の仕事に対する情熱と一途さは、わたくしが誰よりも理解しておりますから。わたくしはただの黒鎌。チッキー様を嵐の中から助ける事は出来ないのです」
「うん、分かった。でも兄ちゃんのところに来るのは絶対に譲らない」
いったいどちらが操られているのか。チッキーとテュールの信頼関係は少し武器達と異なる。姿は変われど、テュールはチッキーを守る立場であり続けていた。
チッキーとテュールは驚異のスピードで周囲の草を刈っていく。植物の知識をつけ、いつの間にか身に着いた気力操作も合わせ、その動作には全く無駄がない。
彼は時折わざと刈り残し、残った草の壁が曲線を描いている。草の刈り跡で地上絵を作っているのだ。
「あっ。あ、あーっ! イヴァンさん、来ましたよ! モンスターです、見えました!」
「え、どこ?」
「ボクの見てる方角です! ああ、南東です! ずっと先にゴブリンがいます!」
チッキーが草刈りに夢中になっていると、アレスがゴブリンの姿を発見した。視力の良いイヴァンが目を凝らせば、遥か遥か遠くに数体が歩いている。直線距離で1キロメーテ程あるだろうか。
ゴブリンが「現れた」というよりは、「執念で見つけ出した」と言った方が正しいかもしれない。
「ちょっと遠くない?」
「イヴァンさんが走ったらほんの2分くらいの距離ですよ! モンスターが視界にいるんですよ? 危ないです、大変です、一大事です!」
「このぬかるみの中走るのか……やだなあ。バランス取る時に尻尾が泥の中に浸かっちゃうんだもん」
「ボクなんて自分では泥を払えないんですよ。それでもモンスターの脅威からみんなを……も、勿論危険じゃないってイヴァンさんが言うなら、ボクだってその、無理には……」
「分かったよ。アレスってさ、バルドルに似てきた気がする」
チッキーは自然と身に着いた気力操作により、猛スピードで周囲の草を刈っている。その熱中っぷりはイヴァンが声を掛け、3回目にようやく気付いたほど。
「チッキー、僕たちはゴブリンを倒してくるから、少し休憩していて。もしモンスターが現れたら大声で呼んでよ、僕の耳なら声を拾える」
「分かった、気を付けて行ってらっしゃい」
イヴァンが泥を跳ねさせて駆けていく。獣人の身体能力なら、ゆるんだ地面の上でもシカのように軽やかに駆け抜けられる。
チッキーはバルドルのすぐ横の台に寄りかかり、あっという間に小さくなるイヴァンの背を見つめていた。
「イヴァンくん、凄いよね」
「ええ、とても能力が高く、勇敢です」
チッキーも、村を襲うモンスターを退治したことがある。ただ振り回しただけであっても、テュールの切れ味なら負ける事はない。チッキーはそれで調子に乗る事もなく、バスターになると言い出すこともなかった。
テュールが戦いから身を引きたい事も分かっていたからだ。
「あーあ。僕の目の前で喜び勇んでモンスターを斬りに行くなんてね」
「あ、バルドルおはよう」
「どうもね」
バルドルはいつも気を送る事や封印の変化に集中し、滅多に喋らない。今日は楽しそうなチッキー達につられたようだ。
「バルドルもイヴァンくんに扱ってもらったらいいのに」
「僕はシークの物だ。シークがそうしろと言わないのに、僕が勝手に他人に使われる事はない」
「モンスターを斬れるのに?」
「ぼ……僕はそう決めたんだ、モンスターよりシークとの誓いを守る」
バルドルは自分がいかに『忠剣』なのかを見せつける。チッキーはそっかと言って笑い、イヴァンが帰ってくるのを待つ。
「僕は絶対にここを動かない。シークを封印から出すのは僕だ」
「ん?」
「僕はシークの傍を離れないと言ったのさ」
バルドルは自分が背負っている役目を明かすつもりがなかった。今この瞬間も、シークへとわずかな気を送り続けている。
「バルドル」
「なんだい、チッキー」
「……兄ちゃんの傍にいてくれて、有難う。きっと兄ちゃん寂しくないよ」
「僕はとても寂しくて暇だけれど、どうもね」
やがてチッキーの草刈りが終わり、イヴァンと共に村へと帰っていく。バルドルはその背を見送りながら、そっと呟く。
「君がテュールを毎日連れて来てくれるから、魔石が反応して気力をしっかり送れる。明日も来ておくれよ、チッキー。そうじゃないと困るんだ」
バルドルはため息の後、もう一言を続けた。
「ハァ、本当に困った。草の刈り跡で何を描いたのか、まさか教えてくれずに帰るなんてね」
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