emergency-03


「え、アダムが……」


「死んだ?」

 

 職員がこんな不謹慎極まりない冗談を言うはずがない。5人は突然の訃報を受け止められず、呆然としていた。


「だって、生き永らえようとすれば出来る人なのに」


「すまない、人違いではないだろうか。アダムという名の者は大勢いるのだろう?」


 ゴウン達がアダムを迎えに行き、そろそろ支度を始める時期だ。そのゴウン達からの情報であれば、別人の可能性はない。ようやく現実を理解し始め、シーク達は頭を抱える。


 アダムの死を確かめる時間も、悲しむ時間もない。


「何故? 何故亡くなったんですか? 2か月後にはまた会う約束をしていて……」


「心不全、老衰で亡くなられたようです」


 シーク達にとっては想定外の出来事だった。高齢で移動が大変だろうとは思っていたものの、まさか亡くなるとは考えてもいなかった。


 この世界の危機は、もう始まってしまったのだ。


「まずい、アークドラゴンの封印が……解けたって事になる!」


「アークドラゴンはその名の通りドラゴンだ。空を飛んで移動する事が出来る」


「早く行かなきゃ! 場所を移されたら追うまでに襲われる人が……」


 アダムが亡くなれば、封印されていたアークドラゴンは復活する。付近の町や村は真っ先に狙われるだろう。


「ゴウン・スタイナーさん達もこちらに向かっていますが、間に合いません! 皆さんがカインズを発ったと聞き、移動手段はこちらで確保しています!」


「ゴウンさん達がどんなに急いでも3週間……」


「待ってられない、行こう! さあ馬車へ!」


 シークの掛け声と共に、5人が2台の馬車に分かれて乗り込んだ。その後ろにも4台の荷馬車が待機している。


「何も出来ねえかもしれないが、俺達にも手伝わせてくれ! 事態を知らない奴らの村やキャラバンを守ったり、何でもする用意がある!」


 管理所にいたのは、同行のために待機していたバスターだった。その数は10名、2パーティーになる。


「馬を急がせます、揺れますよ!」


 シーク達を乗せた馬車は、慌ただしくドランダを発つ。


 どんなに急いでも、明日の昼過ぎに着くかどうかだ。バルドル達も、流石にモンスターを斬りたいなどと愚痴をこぼしたりはしない。


 車輪の音と客室の軋みに混ざって、馬が土を蹴る駈歩の3拍子が聞こえてくる。


 客車は大きく揺れ、休む事など出来そうにない。夜中には馬の休憩と食事のため、4時間ほど食事と仮眠の時間を取ったが、夜明け前には再び走り出す。


 草もまばらな荒野をひたすら進み、左手にはアークドラゴンを封印していた山脈が見えている。


 もう一度休憩を取った後、馬車は進路を変え、山脈に向かって走りはじめる。だがほどなくして馬達が勝手に立ち止まり、それ以上進むのを拒んだ。


「すまねえ、馬達がここまでしか……おそらくアークドラゴンの気配に気づいたんだろう」


「ここからは足で進みます! 有難うございました!」


 ビアンカが最初に客車から降り、御者に頭を下げる。シークとゼスタも走り出しながら礼を言う。すぐ後ろの馬車に乗っていたシャルナクとイヴァンも、事情を聞いてすぐに下りた。


「色々噂されてるけど……本当にすげえ奴らだな。俺なんか、20歳の時は自分達の等級昇格しか頭になかった」


「ああ、偉そうな素振りは微塵も見せねえのにな。獣人の2人も見てみろ、あの距離をもう追いついた」


「俺達も荷物があるが、追わないとな!」


 支援のバスター達も荷馬車を降り、最後尾の荷台から車輪がついた道具を1つ降ろした。


 人の腕よりも太い鉄製の筒、それに木箱に入れられた黒くて丸い玉。小型の移動式の大砲だ。


「これがあれば、空を飛ばれても俺達で阻止できる! 行くぞ!」


 バスター達は砲台を牽き、早歩きで追っていく。自分達に何が出来るかと考えながら、山脈の麓を目指す。


 彼らの背後では、進むことを拒んだ馬車が引き返していく音がした。





 * * * * * * * * *





 エンリケ公国南部の7月下旬は相応に暑い。装備を着て武器を持ったまま走り続けるのには限界がある。


 しかし時々立ち止まりながらも、5人は息を整えることなくまた足を踏み出す。走り始めて30分、もう封印が解けてから1日半が経とうとしていた。


「今、地響きみたいな」


「ああ、アークドラゴンだろう! ここまでモンスターが一切出てこないのもそれが理由だろうな」


「ひとまずホッとした。わたし達が向かう先には、まだアークドラゴンがいるという事だ」


 周囲の空気がビリビリと鳴るような咆哮は、まだ数キロメーテも先の山麓から聞こえてくる。封印の地は一度確認していて、迷う事はない。ただ、そこにまだアークドラゴンがいるのかどうか、それだけが気がかりだった。


 そういう意味では、咆哮が聞こえて来た事は良かったと言える。


「残しておいた野営地の保存食でも、食い散らかしてくれてたのかもしれないわね!」


「ハッ、グルメなこった」


「でも嬉しい誤算ってやつですね、飛んで逃げられる前に着かないと! ぼくはまだ走れます、先に見てきますよ!」


「わたしも行こう。シーク達は万全の準備で来てくれ!」


 イヴァンとシャルナクは、まだ全力疾走出来るだけの余力があるのだろう。頼もしい仲間2人の背が次第に小さくなるのを見て、シーク達は気を引き締め直す。


「シーク、走りながらだときついだろうから、僕と心で会話してくれると有難い。あまりじっくりと戦う事は出来ない。当初の計画とは状況がまるで違う」


 準備期間は約3ヶ月も前倒しとなった。アダムは亡くなり、アークドラゴンは復活した。助っ人のゴウン達は間に合わず、物資を運んでくれるはずのディズ達も来ない。


 封印の前で体調を万全に整える事も出来ない。復活したてのアークドラゴンを奇襲する事も出来ない。


 つまり完全体のアークドラゴンに、実質5人だけで真正面から挑むという事だ。


(シャルナク1人の魔法では、君達全員を何時間も支えられない。ヒュドラの何倍も強い相手と数時間戦闘を続けるなんて無謀だ。計画があったからこそ、その達成に全力を尽くした。でも今は計画より難易度が上がった)


(分かってる! でも不測の事態だから出来ないなんて事は言えない……状況だ!)


(最初から全力でやっておくれ、君が疲れても僕の気力がある。封印を考えるのは最終手段、今は考えなくてもいい)


(ああ。バルドルの悲願は俺達が叶えて見せるから、共鳴のタイミングは君が決めてくれ。俺の事は俺以上に君がよく知ってる)


 シークの魔術書には、回復魔法の増幅効果がない。補助魔法も以前の魔術書更新の時に手放しており、今はなけなしのヒールが使えるだけだ。


「シーク! あれ見て! 今アークドラゴンの翼が見えたわ! こっちに来てる!」


「お嬢、あたしが見とるけん前向いて走りなさい! 大丈夫、まだ逃げようとはしとらん!」


「ああ、見えたよ!」


「いつも通り、俺が回避しながら盾になる! シャルナクからプロテクトをもらうまで少し溜めてくれ!」


「おっけい……派手にやろう!」


 昼下がりの晴れた青空、西側には海で発生した低い雲が連なっている。やがてこの場所にも雨が降るだろう。


「イヴァンが何か技を放った!」


「着いたらイヴァンとシャルナクをいったん離れさせり! あたしとお嬢で遠方から牙嵐無双ば撃つけん! ゼスタちゃんとケルベロスちゃんはその後前に出なさい!」


「この期に及んでケルベロスちゃんって呼ぶな! 終わったらケルベロスさんって呼ばせてやるぜグングニル!」


「ハァ、ハァ……バルドル、覚悟はいいかい!」


「300年、ずっとしていたさ。僕はこの日のために生かされた。……君は君の覚悟を無駄にしないでおくれよ、シーク」

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