emergency-02
結局5人は魚料理の店に入る事にした。テーブルが3つ、カウンター席が5つの店内は、昼時を避けたおかげで空いている。
「はいいらっしゃい、何にしましょう」
「サバの塩焼き定食と、ニシンの酢漬け! あとは……サーモンの燻製を!」
「わたしはサーモン焼き、マグロのスシ……ああ、贅沢を言って済まないのだが、この焼き飯というやつも」
腰の曲がったお婆さんが、笑顔でメモを取る。厨房にいるお爺さんは夫だろう。
「俺もサバの塩焼き定食、それにブラックプディングも」
「カニとエビのバター煮込み、ブラックプディング、それと牛肉のステーキを」
「あっ……牛肉のステーキを追加してもいいですか?」
「おう、食っとけ。んじゃあ俺は……俺もサーモンと、あと焼肉定食を」
大量の注文を老夫婦が分担してこなす。10人分に匹敵する量だというのに、ゆっくりとした手つきであっという間に作っていく。
「ブラックプディングは食べていた方がいいよ。鉄分やミネラルが多いからね、皆で分けよう」
「私のもあるし、皆で少しずつつまみましょ。私はブルーベリーのジャムで食べるのが好きなの」
「アスタではこけももが主流だったよ。ブルーベリーは買わなきゃいけなかったから」
お喋りをしているうちに料理が運ばれてくる。最初はブラックプディングとニシンの酢漬け、続いてサーモンの燻製が並んだ。皆はお喋りも最低限に、黙々と食べ始める。
海魚が特にお気に入りのイヴァンは、サバの塩焼きに大満足だ。頬張りながら嬉しそうな顔をしている。
最後に飲み物を追加で注文し、5人はようやくフォークやナイフ、箸などを置いた。食欲旺盛な5人の若者に、老夫婦もニッコリだ。
「よくお召し上がりですね、お味どうでしたか」
「凄く美味しかったです!」
イヴァンが間髪入れず返事をすると、お婆さんはまたニッコリする。まさか3つ星バスターが訪れたとは思ってもいない。
……と考えていたのは、どうやらシーク達だけだったようだ。お婆さんは笑顔のまま、シーク達に四角く厚い紙とペンを差し出した。
「サイン、下さいな」
* * * * * * * * *
「暫く贅沢できないと思ってたけど、会計見て流石にびっくりしたよ。食べ過ぎたね」
「帰りがけにまた寄りましょう!」
「イヴァンは本当に魚が好きだな。南部に入ってすぐの村にも寄るし、また機会はあるって」
「ま、まさかサインなどというものを強請られるとは……わたしはまだ駆け出しだというのに」
「僕達にはくれと言わなかったね」
「バルドルが書けるというのなら、あげたら良かったのに」
「くれと言われてもいないのに、こっちからあげましょうなんて言う気はない」
「いや、書けないじゃん」
5人は管理所で記帳を済ませ、南部の町への定期船に乗り込んだ。海峡の南に位置する町までは、ゆっくり進む船で4日かかる。そこからは徒歩だ。
4日間、また戦闘のない日々が続く。汽車は戦えないから駄目だと言うが、船の上での戦いも滅多にない。
駄々を捏ねても仕方がない。武器達は代替案として数時間おきに素振りを要求する。
「バルドル、海の唄はないのかい」
「シロ村は海に面していないからね、なかったみたいだ。残念ながら期待には応えられない」
「別に期待は……グングニルは?」
「あたしは聴く専門たい。聴いてもどれが何の唄かち知っとる訳やないし」
甲板に座って休憩をしている間、暇そうな武器達とダラダラ過ごす。こんな時間は今後しばらくないかもしれない。
「アルジュナは? 唄とか、他に何か……知らない?」
「ぼ、ボク!? む、無理だよ、う、唄なんて歌えないよ……。バルドルやケルベロスみたいに上手じゃないし」
「は?」
シークとゼスタが瞬時に振り向く。
「じょ、上手だって? アレスは?」
「ボクも知らないですね。武器には唄を『刀身』につける習慣がないですから。バルドルもケルベロスも、あんなに上手に堂々と歌えて羨ましいです」
「おう、褒めてくれて有難うな! ここで海の唄さえ知ってりゃあ披露できたんだけど、残念だ」
「上手……」
シークが驚愕の表情で両腕をさする。
海は荒れることもなく、航海は無事に4日で終わった。着いたのはエンリケ公国の南部の小さな港町ドランダだ。人口は数千人。これでも南部最大の町だという。
「よっしゃあ! いよいよ戦闘の日々が始まるぜ! ん~俺っちの刃の内側からこう……武器震いがする!」
「震えてみろって、邪魔しねえから」
「ふう着いた……あ~まだ地面が揺れてる」
「地面は揺れていないようだよ、シーク」
「分かってるよ、感覚の話」
ドランダは漁師の町で、目立った産業もなく長閑だ。火山性の黒土の道の脇に、高さのない白壁の四角い家々が立ち並ぶ。
ビアンカが到着記念と言い、なんとなく写真を撮る。冬にも訪れており、違うのは雪の有無だけだ。シャルナクはテディから引き継いだ手帳に何かを書き込んでいた。
「もう夕方だ、管理所に寄って宿を取ろう。明日食いもんと消耗品を買い込んで出発ってことにしようぜ」
「どうせ何度か補給に戻って来るでしょ? 最低限でいいと思うの」
「とりあえず1~2週間現地にいられる分を確保して、足りなければ現地調達でもいいのではないだろうか」
「賛成です! 今回も、魚釣りやウサギ狩りは任せて下さい!」
初めての場所ではないため、予定を立てるのも慣れたものだ。買い物の分担などを決めながら、余裕の表情で管理所に向かう。その5人が管理所に入った途端、中にいた者達が一斉に振り向き、職員が駆け寄って来た。
3つ星バスターのお出ましだと騒がれるのは毎度のことだ。田舎者代表のシークも、流石にたじろぐ素振りを見せない。
ただ、今日は職員の方の動きがどこかおかしかった。表情には焦りや困惑すら窺える。職員同士が目で合図をし、一部の職員は頷いてからどこかへ走っていく。バスター達はまるでシーク達を待っていたかのようだ。
「どしたんかね、何かあったんかね」
「サインはお断りしておくれよ、シーク」
「そんなに滅多に強請られないよ」
女性職員の1人がシークの両手を握り、一瞬言葉を躊躇う素振りを見せた。掴まれた手を外す事が出来ないまま、シーク達は職員の言葉を待つ。
「カインズの管理所から、皆さんがここを訪れるはずだと連絡がありました。現在、全ての管理所が情報を共有し、事態の収拾にあたっています」
「えっと……何かあったんですか?」
「まさか、魔王教徒が生き残っていたなんて事言わないわよね」
「そんなはずねえ。だって、この1年ずっと動きがなかったんだぜ?」
ビアンカとゼスタが魔王教徒について心配している間、職員達は後ろで走り回っている。女性職員は首を横に振り、魔王教徒の事ではないと言い切った。
「あの……すまない、職員さん。わたしもギリングでは職員をしていたのだ。手伝えることがあるかもしれない」
「もしモンスターの事だったら、ぼく達が倒しに行きましょう!」
「そうだね、俺達もモンスター退治なら少しくらいお手伝いできる」
「ちょっと待って。じゃあ全ての管理所で情報共有って、どういうことなの? 教えていただけないかしら」
話を聞かずに早合点するシーク達に、職員は説明しますと言いつつ入口へと誘導する。今来たばかりだというのに、一緒に外に出ろと言いたいらしい。
「落ち着いて聞いて下さい」
管理所側がこれでもかという程慌ただしい中、シーク達は最初から落ち着いている。思わず苦笑いしながらも、ただならぬ事態を察したシーク達は次の言葉を待った。
「騎士のゴウン・スタイナーさんのパーティーから、連絡が入りまして……」
「ゴウンさん? えっと、それで?」
「あ、アダム6世が……本日亡くなられたと」
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