【chit-chat】
【chit-chat】 聖剣とかつての勇者との約束……それは常夏の火山島にて。
【閑話】
【chit-chat】 聖剣とかつての勇者との約束……それは常夏の火山島にて。
* * * * * * * * *
赤道に近い常夏の火山島。
そう聞くだけで汗が出そうになる組み合わせだが、そんな環境下にあっても中には汗知らずだって『ある』。
「一体いつになったら旅に出てくれるんだい。僕が今、どんな思いでこうして『ある』のか、考えてくれてもいいと思うのだけれどね」
「少しの休憩も許してくれないんだもんなあ、人使いが荒いぞ」
「剣の扱いが悪い君に言われたくないのだけれど」
「ま、どっちもどっちってこった。この大雨の中じゃどうせ船は出ないよ、大人しくしてろって」
勇者ディーゴと喋る聖剣バルドル。その名声は世界中どこまでも轟いている。
ラスカ山を有するエインダー島にあるビズンという町が彼の生まれ故郷だ。
火山の噴火は絶えず、歴史の中では全島民が避難するような事もあったのだという。それでもこの肥沃で緑が多く自然豊かな島を捨てようという者はいなかった。
大海に浮かぶ孤島であり、一番近い島まで船で丸2日かかる。
ディーゴは伝説の勇者と称された後、のんびりとしたこの島に戻った。アークドラゴンの被害にあった町の復興のため、毎日がれきを片付けたり、木材を加工したりしている。
島には元々モンスターが少ない。いても殆どが弱く、勇者が出る幕などない。そうなればバルドルは飾り同然、使われる事などなくなってしまう。
バルドルは剣生で数えてもかなり上位にくるくらい暇だった。1番は旅に出る前の喋る事さえ出来ない頃、記念館に飾られていた時なのだという。
それに比べればまだマシと言えるが。
「ディーゴ、君にお願いがあるのだけれど」
「なんだ? 戦いたいって言われても、この島にそんなたいそうなモンスターはいないぞ」
「分かっているとも。いつ旅に出るのか、それだけ決めて欲しい。僕は君を持ち主に選んだ以上、君にしか扱って貰えないんだ。こんな地獄のような日々から連れ出してくれるのも君だけなんだ」
「地獄っつってもなあ。周りを見ろよ、みんな地獄を経験している。家、家族、友人、財産、何かしらみんな失ってんだ」
「周りが地獄だからって、『他物』にもそれを強いるというのはどういう理屈なんだい」
「ん~、お前には分かんねえか」
アークドラゴンが飛来し、この町を焼き尽くしてから5年。
それはつまりディーゴが旅を始め、アークドラゴンを封印するまでに要した時間に等しい。そこから復興を始めて丸1年だ。
ようやく復興の目途がたったと知って戻ってきた彼は、旅やアークドラゴン討伐で得た私財を擲って、町の復興を進めていた。
「あと1週間我慢してくれ。町の記念館の序幕まではいたいんだ」
「ハァ。1週間我慢すれば、僕が行きたい所に行ってくれるんだね」
「約束しよう」
「じゃあ是非とも海を渡ってシロ村に!」
「お前は本当にあの村が好きだな。へんちくりんな歌覚えやがって」
歌を教えられ、個性的な覚え方をしてしまったバルドルに苦笑いしながら、ディーゴは町の石畳の補修を再開する。雨の中でも作業は続けられ、最低限の家や道路などは既に整備が終わっていた。
悲しみを経験した住民達にもようやく明るさが戻ってきた。もうすぐ完成する町の記念館は復興のシンボルのように思われている。
「やあやあ、こちらにおられましたか」
ディーゴが希望の芽生え始めた町を想い、真剣な表情で作業をしていると、新しい町長と助役がディーゴを訪ねて来た。
色鮮やかな半袖、半ズボン。黒い傘だけが立派でなんだか不釣合いにも見える。
「ディーゴさん、探しましたよ。お願いした件はどうですか」
「……その件はお断りしたはずです」
「そこをなんとか、今すぐじゃなくてもいいんです。いつか、旅を終えてからでも」
「……ここで話すと、その……。とにかくお帰り下さい。バルドル、家に帰ろう」
ディーゴはまだ何か言いたそうな町長たちを無視するように、バルドルを拾い上げて背負う。そして補修の道具を他の者に任せてその場を後にした。
町長たちの悔しそうな顔が何を意味しているのか、バルドルは分からなかったようだ。
* * * * * * * * *
「バルドル、起き……なくても別にいいか。島を出るぞ」
その夜、バルドルは寝ているところをディーゴに起こされた。見ればディーゴは寝巻ではなく装備を着て、旅の間使っていた鞄を肩から下げていた。
「どうしたんだい? も、モンスターが出たのかい!? それならすぐに起こしてくれても構わなかったのに」
「違う、とにかく喋るな。町を出るぞ、お前の行きたかった旅だ」
ディーゴは唇に人差し指を立ててあて、そっと家を後にする。
ディーゴの家の中は特にいつもと変わらない。長旅に出るようには見えなかったが、家財をどうにかするような時間がなかったのかもしれない。
皆が寝静まった町の中、ディーゴの足具の音が響く。町を出て振り向くことなく船着き場に向かった彼は、そこにあった一隻の船に乗り込んだ。
「この船はどうしたんだい?」
「もう使わないっていう漁船を安く譲って貰った。アマナ島に行けるだけの燃料もある。追手が来ないうちにミスラまで行くぞ」
「どういう事だい? そろそろ説明してくれても?」
「お前を記念館で復興の象徴として飾りたいんだとよ。今更だけど島に残りたいか」
「僕に地獄に落ちろとでも? 冗談じゃない。さあ早く出発しておくれ」
ディーゴはそう言うと思ったんだと言って船を出発させた。
身寄りのない彼が失踪したと誰がいつ気付くかは分からない。少なくとも記念館の開館日には大騒ぎになっていることだろう。
「お前はまだまだ役に立つ日が来る。いつか、アークドラゴンを本当に倒せる日が来る。モンスターを斬りながらその日を待とうぜ」
「つまりあてのない旅かい? それもいいね」
ディーゴとバルドルは真っ暗な海の上を、コンパスを頼りに進んでいく。
暗闇だろうがなんだろうが、1人と1本の会話は明るいものだった。
* * * * * * * * *
「成程ね。ディーゴと島を出て、そして世界中を旅して……体の衰えを感じたディーゴが君を持って最後に訪れた村がアスタ村だった、ってことか」
「その頃はディーゴがバスターを辞めたら僕を手放すと思われていて、何処へ行っても譲ってくれ譲ってくれと言われていたんだ。僕のために逃げ回ってくれたと言ってもいい」
「あの森を選んだという訳じゃないのか。本当に見つけたのは偶然だったんだ……」
「ディーゴがその後どこに行ったのかは分からない。でもきっと最後まで僕の在り処を喋らなかった」
見渡す限り冷えた黒い溶岩しかないエインダー島で、シークとバルドルが火山を見上げている。
300年前、もしバルドルがエインダー島の記念館に飾られていたら……今頃きっと溶岩の下だ。
もしくはディーゴが死ぬまで手放さず、バルドルが意地でも離れなかったなら、一緒に棺桶の中だったかもしれない。
「俺との旅もいつかは終わる、人間には寿命があるからね。君はその時どうするんだい? 君を代々誰かに受け継いでもいい」
「その時は僕もシークとぐっすり眠りにつくとするよ。君とこうして旅を続けているだけでもう十分だと思えてきたところさ」
「もし君が喋らない普通の剣に戻れるとしたら、飾られていても君自身は分からない。せっかくの良い剣なのに、勿体ない」
「お褒めに与りどうもね。でも僕はミイラのように晒されたくはない」
どうせなら綺麗なその刀身を晒し、飾られていた方がいいのではないか。バルドルはそれを拒否した。
「僕の最後の持ち主は君だよ、シーク。それに人間には死んだあと別の世界があるのだろう? そこでも一緒に旅の続きをしようじゃないか。まさか僕以外の武器を持って旅をするつもりかい」
「なるほど、そういう考え方もあるね。じゃあバルドルとこの世での旅をうんと楽しんで、向こうで一緒に昔話でもしながら残りの旅をしよう。とにかくこの島はもう出よう。もう名残惜しくはない……ってか暑い」
「じゃあ次は是非シロ村に行こう、そうしよう」
「バルドル、ほんとシロ村が好きだよな。まあ、あてのない旅だし、それもいいかな」
『お前の次の持ち主がいい奴である事を願ってる。そいつに勇者ディーゴの聖剣だと名乗らなくてもいい、けどいつか……そいつと俺を訪ねてくれる日を楽しみにしているよ。じゃあ、元気でな』
「あてならあるさ。……僕は君と一緒にしなければならないことがあるんだ。絶対に」
「ん? あてがあるのかい? バルドル」
「うん。けれどそれは時が解決してくれる。今はゆっくりでいいよ、シーク」
【chit-chat】 聖剣とかつての勇者との約束……それは常夏の火山島にて。end.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます