HERO‐14
* * * * * * * * *
その日の夜、再び御者が3人を迎えにやって来た。
別の馬車には町長と管理所のバスターが乗っており、2人は接待をしたいと申し出る。シャルナクも誘いたいと伝えると、町長もマスターも快諾した。
申告制ではあるが、シーク達に治癒術をくれた者達を含め、加勢してくれたバスター達にも報酬が出るのだという。
普通のコートを着て背に剣と槍、腰に短剣を差している姿はなんとも異様だ。武器達が自分達も行きたいと駄々をこね、ホテルで留守番するのを拒否したからだ。
「もしかして、こっちって」
「さあ、着きましたよ、どうぞ中へ」
「やっぱり! よっしゃ!」
幾つかの酒場が並び、遅くまで開いている通りへと曲がる。1軒の店の前に着くと、ゼスタがガッツポーズをして喜んだ。
「え、ちょっと待って、嘘でしょ? 私達もここに入るの!?」
「行こうぜシーク!」
「い、いいのかな、なんだか緊張する」
町長が扉を開け、皆を中に案内しようと手でジェスチャーする。ゼスタは満面の笑みでシークの肩を抱き、案内されるがまま中に入っていく。バルドルとケルベロスに拒否権はないようだ。
「ビアンカさん、さあどうぞ」
「で、でも私、やっぱり……」
「お酒でなくとも、ジュースもありますよ」
ビアンカは入り口の前で躊躇っている。町長はゼスタ達と先に入り、店の前にはマスターとビアンカとシャルナクが残された。
「わ、わたしは以前言ったが、少し興味がある……その、立ち振る舞いや話し方などを参考にしたいと」
「ではシャルナクさんもどうぞ中へ。ビアンカさん、苦手であれば目の前のバーに寄りましょう。如何ですか?」
「ビアンカが一緒だとわたしも心強いんだが」
「お嬢は育ちがええけん抵抗あるかもしれんけど、こういう時にバッと弾けるのも必要な事ばい」
「……シャルナクとグングニルがそこまで言うなら」
ビアンカが渋々頷き、シャルナクとマスターはホッとして店の扉を開けた。ブラウンの落ち着いた色の店内は、煌びやかな照明と真っ赤な絨毯が目を惹く。
琥珀色の光沢がある石のカウンターには、高そうな酒がずらりと並んでいる。
カウンターにお客が2人、女性店員が2人。入り口手前のボックス席には中年の太った男いて、女性店員1人と共にとてもにこやかに酒を飲んでいた。
「いらっしゃいませー! あらようこそ、奥のボックス席にどうぞ」
「今日は可愛いお客さんがいっぱいね。マスター、後で紹介して下さる?」
「勿論。若いけれどとても大事な客人だ。宜しく頼むよ」
奥のボックス席では町長が丸い椅子に腰かけ、赤いソファーにシークとゼスタが座っていた。それぞれの隣には白いワンピース姿の女性店員と、ピンクのドレスを着た女性店員が座ってお酒を注いでいる。
「凄い、世の中にはこんな煌びやかな場があるのか……」
「さあシャルナクさん、ビアンカさん。まずは座りましょう」
シャルナクは目を輝かせ、ビアンカはどこか居心地悪そうに席に着く。すぐにウイスキーの水割りが注がれ、町長がグラスを片手にコホンと咳ばらいをした。
「えー、昨晩はとても勇敢な若者のおかげで、魔王教徒、アンデッド、そしてゴーレムという脅威から町が救われた! 私はこのギリングの町長としてとても誇らしい気分で一杯であります! トリプルの称号も予定された英雄がこの町から誕生し、そして復活したと言われる魔王アークドラゴンを……」
「町長、乾杯しちゃいましょうよ。あっちの栗毛の男の子、緊張しちゃってるもの」
町長の乾杯の挨拶が長くなりそうだと察し、店員が挨拶の短縮を提案する。町長はシークをチラリと見てニッコリと微笑んだ。
「おっと、そうですね。ではシーク・イグニスタくん、ビアンカ・ユレイナスくん、ゼスタ・ユノーくん。それに遠い土地から来てくれたシャルナク・ハティくん。皆さんの功労に! 乾杯!」
「乾杯!」
グラスを合わせて音を鳴らすと、ゼスタは一気に、シークはおそるおそる酒を飲む。
「そういえば、君がお酒を飲む姿は珍しいね」
「まあ、普段は飲まないからね」
「酔って暴れて僕を振り回すなら、モンスターの近くで頼むよ」
シークとゼスタの間にはケルベロスとバルドルが置かれている。雰囲気だけでも味わうつもりらしい。
「あら? 今、まさかその剣が喋ったのかしら」
「あっ、は、はい。その聖剣バルドルと言って、昔は勇者ディーゴ……あ、ご存知ですか?」
「勿論よ! うちはバスターのお客さんも多いし。聖剣バルドルさん、初めまして」
「どうもね」
シークは照れ、店員に握手を求められただけでビクッとする。会話も遠慮気味で落ち着かない。
一方のゼスタはケルベロスの事も忘れ、女性店員と楽しそうに盛り上がっている。
「ねえ、どんな旅をしてきたの? 寄った町で一番印象に残ったのはどこ?」
白いワンピースの女性は緊張をほぐそうと、シークが一番し易いであろう話を促す。色気を前面に押し出すよりも、その方が落ち着いて楽しめると思ったようだ。
「やっぱり……首都のヴィエス、それにサウスエジン国にあるバンガの、白い家々の街並みはとっても綺麗でした」
「一番斬り心地の良かったモンスターの話なんてどうだい」
「あらバルドルさん、いいですね。ケルベロスさんも思い出深いモンスターがいるのかしら、武器としてのお話も是非聞きたいわ」
シークが楽しみ始めた頃、シャルナクは別の店員から気遣いや会話のテクニックを学んでいた。
「シャルナクさんのお耳を見た時はちょっとビックリしちゃった。でも私達と何も変わらないのね。それに私達よりずっと綺麗な顔をしているわ」
「そ、そうだろうか」
「はぁ。シークもゼスタもニヤニヤしちゃって」
シャルナクは人間の暮らしや振る舞いに興味があり、話も弾む。けれどビアンカはいまいち雰囲気に溶け込めずにいた。そんな彼女に対しても、店員は気さくに話しかける。
「ビアンカさんも、槍術士とは思えない美人さんね。お家のことは知っているけれど、こんなに素敵なお嬢さんだったなんて」
「そ、そんな事は……お化粧だって殆ど出来ないし、今は可愛い服も着る機会がないから」
「ビアンカはわたしから見ても美人だと思う。わたしの憧れだ」
シャルナクは早速ビアンカ相手に気さくな会話を実践している。勿論、思っていない事を言っている訳ではない。ビアンカは少し気分が浮上したようだが、気を使われていると分かって申し訳なさそうでもあった。
「そうだ! じゃあ今、ここにいる間だけでも可愛くお化粧してみない? こういうお店だもの、お化粧やファッションの事なら流行までバッチリ押さえてるの」
「え、いいんですか?」
「勿論、ドレスもあるから」
ビアンカが意外そうに顔を上げ、興味を示す。表情の変化にホッとした女性店員は、ビアンカを控室へと手招きした。
* * * * * * * * *
「お前が一番楽しんでんじゃねえか」
「だって、だって! お化粧もそうだし、綺麗な歩き方とか、可愛く見える仕草とか! いいじゃない興味あるんだもん!」
「誰にそんな仕草見せる気だよ、ゴブリンか? アークドラゴンか?」
「あー酷い! しっかり身に着けて可憐な女になっても、絶対相手にしないからね!」
「……フッ」
「ちょっと鼻で笑うのやめて傷つく!」
2時間程が経ち、そろそろ閉店の時間が近くなった。
この場の中で一番楽しんでいたのは、意外にもビアンカだった。ゼスタにからかわれながらも、鏡を見ながら化粧で変わった自身の顔に嬉しそうだ。
町長とマスターは接待が大成功に終わったと満足げ、いやどこか誇らしげでもある。
町長が「お開きに」と言い出すまで、シーク達は大人の世界で子供のように笑顔を見せていた。
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