HERO‐13



* * * * * * * * *



 翌朝。


 シークは暖炉の火が消えかかったところで目覚めた。壁面の温水暖房だけでは少し寒い。眠い目を擦りながら身震いした後、暖炉に薪を追加してカーテンを開けた。


 山の端から太陽が顔を出し始めた快晴の空の下、5階から眺める町の様子はキラキラと輝いて美しい。


 町の外壁よりも高い場所から見る景色は、町と広大な雪原の対比が美しい。テディが持っていた双眼鏡が手元にあったなら、シークは1時間でも2時間でもこの景色を眺めていたかもしれない。


「バルドル、おはよう」


「寝癖が凄いけれど、よく眠れたようで何より」


「なんだ、起きてたのか」


 フロントに電話を掛けると、すぐに朝食が運ばれてきた。ただの目玉焼き、ただのベーコン、ただのコーンスープ。それなのにとびきり美味しく、シークはついお替りをしてしまった。


 シークはホテルに失礼がないよう、装備を綺麗に拭き上げた。しかし胴鎧の凹みを戻す事までは出来ない。


 ゼスタとビアンカに声を掛けた後、本当に町長が支払ってくれているのかと不安を覚えながら、チェックアウトを申し出た。


「おはようございます、お世話になりました」


「ゆっくりお休みいただけましたか」


「ええ、とっても。こんな贅沢な休息が取れるなんて、一生の思い出になります」


 シーク、ビアンカ、ゼスタがそれぞれ頭を下げつつ、チラリとカウンターの従業員を見上げる。従業員の男の表情は何やら不思議そうに見える。


 支払が終わっていないのに帰ろうとしていると思われているのか。


「あの、私達の宿泊代金は……」


「町から頂いておりますよ、ご安心下さい。それよりも、お荷物は持って動かれるのですか?」


「えっ? まあ、自分のですし」


 ビアンカは従業員の男の言葉の意味が分からなかった。驚いて思わず上げた声は、白い大理石のフロア中に響く。


「あの……念のために尋ねるのだけれど、お荷物って、僕達のことじゃないよね」


「聖剣バルドル様。3名様のお鞄の事でございますよ」


「それを聞いて安心したよ。ああ、続きをどうぞ」


 バルドルは少し偉そうな口ぶりで話を促す。


「盗難などが不安でしたら、フロントで貴重品をお預かりいたしましょうか」


「えっと、今から管理所に行って、その後どうするかも分かりませんし。ここにまた荷物だけ取りに戻るという訳にも……流石にそこまで甘えられません」


 従業員の男はビアンカの口ぶりから、3人が勘違いをしているのだと気付いた。


「なるほど、町長から何もお聞きではないのですね。今晩もそして明日も、お部屋をご用意いたしております。町長より、1週間皆様をお泊めするようにと」


「1週間!?」


「えっそれ本当か! すげー……こんな贅沢していいのかよ俺達」


「……こんな贅沢、1週間も味わったら慣れて旅が出来なくなりそう」


 時刻は午前9時。今日は流石にクエストをこなす気力がない。本当は1日中寝ていたいくらいだ。連泊出来ると分かっていたら、シーク達は今頃ようやく起きたかどうかという所だろう。


 シーク達は律儀にお礼を言い、肩掛けの鞄をフロントに預けた。勿論、バルドル達を預けるつもりはない。


 ホテルのロビーを出ると、雪を被った見事な低木の庭園を抜け、敷地の門をくぐる。そこには昨日の夜に乗ったものと同じ馬車が3人を出迎えていた。


「おはようございます。管理所に向かわれるとお聞きしています。片道ではございますが、どうぞお乗り下さい」


「あ、有難うございます……どうしよう、なんだか貴族とかお金持ちみたい」


「私が知る限りでも、アインスホテルで最高のもてなしよ。スイートに泊まる国家要人や超お金持ちじゃなきゃ、こんな事絶対して貰えないもの」


 はしゃぐ気持ちなど通り越して、3人は喜ぶどころか緊張している。バスターが乗っていると知られたらまずいのではと、あまり外を見る事もない。


 もっとも、馬車の窓からグングニルがはみ出しているので、誰の目にも貴族が乗っている訳ではないとすぐに分かるのだが……。


 管理所に到着すると、御者に一礼し、3人は我先にと管理所に駆け込んだ。


「……はあ。やっぱりこの雰囲気だよ、この感じだよ」


「そうよね、管理所に入ると日常に戻ったって気分で落ち着くわ」


「とりあえず、今後の事を……」


「やあ皆さん、おはようございます! お待ちしておりました、さあこちらへ!」


 安心したのも束の間、3人はとても元気よく声を掛けられた。声の主はバスター管理所のマスターだ。3人を応接室へと案内するその顔には、今にもこぼれんばかりの笑みを湛えている。


「みなさん! 昨晩今回の事を協会に報告しましたところ、勲章が贈られる事となりましたよ」


「えっ、勲章……2つ目?」


「いえ、2つ目ではありません。3つ目となります」


「……どういう事ですか?」


「2つ、同時に授与される事となりますので」


 この世で最も強い部類のモンスターを退治し、魔王教徒から人々を救った。讃えられてもおかしくない。そこまでは理解できる。


 だが、2つというのがどういう事なのか、シーク達は理解できていない。


「メデューサ討伐、キマイラ討伐。魔王教徒の動向を察知し、見事撃破。アンデッドとなったゴーレムを退治し、ギリングを守った。これ以上の功績があるでしょうか。ギリング、リベラ、カインズ、エバン、遠く離れたギタのマイム、そして……」


 マスターが言葉を溜めた後、応接室の扉が開いた。


「えっ、シャルナク!? 戻って来てたのか!」


「ああ、今朝戻ったんだ。まずはみんなにお礼を言いたい。わたしたちの故郷の地を守ってくれて有難う」


「メデューサの事?」


 不意打ちのように現れたシャルナクに、思わず3人は顔がほころぶ。


「そうではない。わたし達は魔王教徒の動向を探るべく、ナンに向かった。暫くしてどうにもいつもと様子が違う事に気付いたんだ」


「様子が?」


「モンスターが不思議なくらい減っていた。おかしいと感じたバスターの皆が地域のマッピングを始めた。するとムゲンの真東にある山の方まで、モンスターの空白地帯がある事が分かったんだ」


「……魔王教徒」


 シーク達はギタカムア山で感じた異変を思い出した。同じことがムゲン特別自治区でも起きていたという事になる。


「ああ。その異変を知らせようと、わたしとバスター2人とで隣のモイ連邦共和国の町、コヨの管理所を尋ねた。その時、ムゲン特別自治区に多くのバスターが向かっている事を知った」


「そのバスター達がつい4日前に、ムゲン特別自治区に入ろうとする魔王教徒とアンデッドの山越えを阻止したのです。夜中に報告がありました」


「ゴウンさん達だ!」


 シーク達は、ゴウン達が作戦を成功させたのだと分かって喜ぶ。


「先程挙げた町の管理所、そしてムゲン特別自治区。各地から推薦があり、協会本部も即断したそうです。しばらく先になりますが、春には皆さんを3つ星バスター、トリプルとすることが決定しました」


 誰がどう見ても凄い事をしたというのに、3人にはその自覚が全くない。直後、再び応接室の扉が勢いよく開かれた。


「やあ皆さん、おはようございます! トリプルの称号を持つバスターの誕生とは、この町始まって以来、最高の名誉だ! さあ何か欲しいものがあれば言って下さい、何でもご用意しましょう!」


「ちょ、町長!?」


 町長が満面の笑みで登場した。欲しいものと言われても、今3人の頭の中はそれどころではない。


「皆さんには、僕達が含まれているか確認しても?」


「ええ、勿論ですとも」


 3人はまだたじろいでいる。対して武器共はここぞとばかりに口……と思われる何かを開いた。


「僕はグリムホース革のクロス! グリムホースの、バット部位を使ったやつが2枚……いや、3枚……5枚欲しいんだ! 大判のやつを頼むよ!」


「俺っちはバルンストックの鞘! 芯を使ったやつを2本分な!」


「あたしも! バルンストックの若木を使うとる矛カバーが欲しい! 夢やったんよ!」

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