HERO‐11

 

 ゴーレムの頭部は粉々に破壊された。だが観戦者達はまだ声を発せずにいる。戦闘を終えて佇む3人に対し、ただただ驚く事しか出来ない。


 噂とは時に残酷で、多くの場合誇張されてしまう。しかし、シーク達は噂以上だった。この場にも実は信じていない者がいたくらいだ。


「今度こそ復活しないように始末しねえとな」


「あんたら、技を畳み掛けるばい。バルドル坊や、大丈夫かね」


「うん。けれどシークの体を酷使したくないから、任せてもいいかい」


 シーク(バルドル)は、投げ出されていた鞄を拾って近くの岩に登り、腰を据えた。


「ケルベロス、お前も暴れるか」


「お? いいのか? んじゃあお言葉に甘えて解体作業するか」


 今回の戦いで一番活躍したのはゼスタかもしれない。ゴーレムと対峙し続けたゼスタは、後をケルベロスに任せた。


 グングニル、ケルベロス、それぞれが主人に代わってゴーレムの残骸に技を放ち、粉々にしていく。


 正確で一撃が重い技の連続は、まるで何年も経験を積んだ一握りのベテランのそれだ。観戦者達はどこか現実ではないような感覚に陥っていた。


「バルドル、最後にやるか?」


「そうだね。……いや、最後はシークに任せるとするよ」


 シーク(バルドル)は鞄からポーションとマジックポーションを取り出し、悩んだ結果両方を口に流し込んだ。しかめっ面でまずそうに首を振り、自身にヒールとケアを掛ける。


 シークに少しでも状態良く体を返してあげたかったのだが、どうにも慣れないらしい。あまりの後味に何かないかと鞄を漁り、黒パン、そして干し肉を見つける。


 シークが食べているように少し齧ってみたのだが、それもどうやらバルドルの味覚には合わなかったようだ。


「人間はこんな妙なものを食べないと生きていけないなんて、可哀想だね」


 シーク(バルドル)は岩にもたれかかって座り、目を閉じた。次に目を開けたのはシーク本人。意識が戻った後、シークは体中の激痛に歯を食い縛った。


「えっ……何だこれ、口の中……これ、パン?」


「おはようシーク。ああ、君の体調を心配して色々と試したのだけれど、ポーションにマジックポーション、それにパンと干し肉」


「何かモソモソすると思ったら干し肉か」


「食事はもうたくさんだ、僕には合わない」


「食べ合わせというものを教えていなかったね。マジックポーションの後に何を食べても不味いよ」


 シークは岩を支えにして立ち上がり、口をモゴモゴと動かす。体力だけは戻っているようだ。ビアンカとゼスタも共鳴を解かれ、ゆっくりと歩み寄って来る。


「終わったみたいだな」


「共鳴の後で目を開けるのって勇気がいるわね。もし大どんでん返しがあったらなんて」


「あたしらはそんな無責任な事はせんよ。それよりシーク坊や、あんたのヒールで完全に消滅させんと、またアンデッドに仕立てあげられるばい」


「ああ、そうか。じゃあ……止めは俺がやらなきゃね」


「僕が干し肉よりも美味しい所を残しておいた」


「えっと……有難う? バルドル」


「僕ってば主人思いだろう? どうもね」


 目の前には一部だけ砂の山が出来ていた。シークはその大量の砂を覆うようにヒールを放つ。


「ヒール!」


 ヒールを掛けられた場所がキラキラと浮かび上がっていき、そして消えていく。3人はようやく訪れた戦いの終わりにため息をついた。


「ふう、お疲れ様」


「まさかゴーレムをアンデッドとして復活させるなんて」


「これでゴーレム、メデューサ、キマイラは完全に倒せた。残りはヒュドラとアークドラゴンか」


「その前に、魔王教徒も壊滅させないと」


「段階踏んでやってきたつもりだけど……やらなきゃいけないことの1つ1つが大き過ぎるわ」


「シャルナク達がどうなってんのかも気になるし」


 ゼスタとビアンカがよろけるシークを支え、一緒に町の門をくぐる。皆が寝静まる深夜、いつもならとっくに静寂が訪れている。


 しかし通用門をくぐって3人が聞いたのは割れんばかりの歓声。そして一体何人いるのか分からない程のバスターや町民達だった。


「ワァァァア!」


「すげえ、すげえよ! あんなの倒しちまうなんて!」


「間違いない、この時代の勇者ディーゴだ!」


 各建物の玄関にも門にも街燈にも、すべてに火が灯されて祭りのようだ。3人は肩を抱かれ、大勢に頭をポンポンと叩かれ、疲れただろうとポーションなどを押し付けられる。


「俺達は君達と同じオレンジ等級で、経験だって10年は長い。それでも……助けに行く事が出来なかった。戦いの邪魔になると思った。力になれなかったけど、とっておきのエリクサーだ、使ってくれ!」


「各門の指揮も、死霊術士への対処法も助かった。教えてもらわなきゃ何も出来なかったかもしれねえ」


「いえ、あの……夢中だったから」


 石畳の道には大勢の靴音が響き、通りに面した家からは住民が手を振る。熱気で両脇の雪も融けてしまいそうだ。


「やっぱりバスター排除は魔王教徒が起こしただけみたいね」


「少数でも声が大きければ騒ぎになる。注意しないと」


「残念ながら沈黙は正義って訳でもねえんだよな」


 称賛されて悪い気はしない。3人は疲れていても笑顔を見せる。進行方向の前にいた者達が急に道を空けた時、目の前には町長と管理所のマスターが立っていた。


「有難う、この危機に対処してくれて……本当に有難う!」


「本当によくやってくれました! 死霊術士だけでなく、あのようなモンスターまで……」


 シークは改めてあれが何だったのかを説明した。また、死霊術士が操っていた事も周りの証言と共に伝えた。


「魔具をはめたら、ゴーレムが暴走を始めました。そして死霊術士を襲って……殺してしまいました。魔具によって死霊術が使えなくなり、操れなくなったんだと思います」


「死霊術士を倒しても、アンデッドがただの傀儡くぐつに戻る訳ではないのか。大元を叩けばいいと思っていたが……方針を変えなければならない」


「マスター、報告はその辺で。今日の所はゆっくり休んで貰いましょう」


「ああ、そうですね。しっかり休めるように宿を取ってあるから、今日はどうぞそちらへ」


 ゆっくり休むようにと促され、3人は馬車を用意された。しばらくは皆が後をついて来ていたが、通りを曲がる頃にはその姿も見えなくなった。


 角を曲がって1、2分。ビアンカはどこか落ち着きがない。馬車の中でキョロキョロとし、グングニルがはみ出ている窓から時折前方を確認している。


「どうしたんだ? ビアンカ。忘れ物?」


「違う。いや、こっちって……アインスホテルがある方向……よね」


「え? ああ、シャルナクが宿泊券当てた超高級ホテルか」


「まさかとは思うけど……私達、アインスホテルに向かってない?」


 ビアンカは実家の商売の都合上、アインスホテルでの晩餐会などにも顔を出していた。この道は行き止まりになっており、その先は広い庭と6階建てにもなる高級ホテルが優雅に構えている。


 途中の建物もそれなりに高級なホテルばかりだ。バスター向けの宿泊施設ではない。


「どこでもいいよ、もう疲れた。早く体洗って寝たい……」


「おっとシーク、僕は? 僕もきちんと洗ってくれるんだよね」


「一緒にお風呂に入るかい?」


「もちろん。あと……」


 バルドルが何を言いたいのかを察し、シークは膝の上に置いたバルドルの鞘をポンポンと叩く。


「ナイトカモシカ革クロスで拭いて、天鳥の羽毛クッションの上でお休み、だよね」


「その通り! それさえあれば僕もどこだっていいよ」


「贅沢なのか何なのか分かんないな。バルドルとこうして話していると、日常を取り戻した気分になれるよ。君は癒し……」


「おっと。気持ちは分かるけれど、モンスターをバッサバッサと斬る聖剣に向かって、『癒し系』は褒め言葉じゃないから注意しておくれ」


「確かに。分かったよ、というか斬るのは俺だけどね」

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