HERO‐05


 マスターは女性のヒステリックな声にも動じず反論する。


「商人の護衛などが出来なければ、物流は止まります。この町の暮らしも今まで通りにはいきません。その点については?」


「相応の生活をすればいいんです! 人間は元々モンスターから身を守りながらも、森や草原で生きていた。何故それが祖先に出来て、現代では出来ないの?」


「なるほど。その当時の人々は、モンスターを殺さなかったのですか?」


 マスターは、女性に対して淡々と質問をしていく。今後の生活など考えもしていない様子に、少々疑問を抱いているようだ。


 そんな中、町長が女性への質問に割って入った。まずは身元の確認、そして住まいを訊ねる。


「私はギリングの町長です。失礼ですが、あなたはこの町の住民の方ですかな? それとも……各町を活動して回っておられるのでしょうか」


「活動して回っているのよ。世界中に運動を起こさないといけませんからね!」


「そうですか。後ろの方もあなたも、この町の住民ではない、と」


「そうよ。それが何か? 町民じゃないから発言する権利がないとでも? 他所者の排除なんて、田舎者のような事はなさらないと信じていますけど」


 町長は嫌みたらしい言葉を受け流し、成程と言って頷く。女性はフンッと鼻を鳴らしてからそっぽを向き、勝利を確信した表情になった。


 町長はそれでもなお質問を続ける。


「ではこのギリング以外での活動実績と、各町の反応を教えて下さい。流通、バスターの取り扱い、色々な面で足並みを揃える必要がありますからね」


 女性は活動実績を問われて一瞬黙る。その活動実績については、後ろに立っている男の1人が答えた。


「我々の活動は上手くいっていない。どの町も我々の主張を聞き入れない。自分達を襲うからという理由で生き物を殺戮するなど間違っている」


「各地は賛同していない、と。それで? あなた達は団体の主導者であり、活動に決定権があると受け取っていいのですね」


「主導者……ではないけれど決定権はあるわ」


「いやいや、代表者も分からない団体と交渉などできませんな。代表者が来るなら話を聞きましょう。それと、バスター全体の事は管理所単位ではなく協会へどうぞ」


 町長の言葉に、女はまるで鬼のような顔つきになる。暗に下っ端では話にならない、と言われている事を理解したようだ。


「私が提案しているうちに大人しく聞いておけばいいものを、きっと後悔する羽目になるわ!」


「それは実力行使に出る、そういう事ですかな」


「どうでもいいのよそんな事! 必ずお前らは降参する事になる!」


 怒りを向ける女性の言葉に、管理所のマスターは宥めるふりをして更に探りを入れる。


「まあ、落ち着いて下さい。活動を真っ向否定するつもりはないのです。どうでしょう、私達の提案をまずは聞き入れてくれませんか」


「はっ、提案ですって?」


「そうです。魔王アークドラゴンが復活したなどと言い出す者もおり、今はそれを放ってはおけません。アークドラゴンを倒させた後であれば、私が協会の会長に話を入れます」


「魔王アークドラゴンを倒すですって? そんな事が出来るはずない! そんな提案、無駄よ!」


 女性は嘲笑を隠しもせず、同席の面々の顔を確認する。


「まあ……そうね。一度、人間の無力を思い知った方がいいのではないかしら」


「無力だからこそ、我々は抵抗する手段としてバスター制度を採用しているのですよ」


「何を言っても止めない気ね。それなら私達にも考えがあります」


「やはり実力行使ですかな? その宣言となれば反逆罪と捉えますが。さあ、お帰りはあちらです。次は代表者を連れて来て下さい」


「口だけは達者ね。魔王アークドラゴンの前に平伏しても、モンスター殺しの罪は消えないと思いなさい!」


「おおそれは怖い。アークドラゴンがかつて世界中で人類や動物を殺戮した罪と、帳消しにしてもらわなければ」


「あら、あれは浄化なのよ。罪深く愚かな人間から世界を救うにはそれしかなかった」


「それは是非ともアークドラゴンに伺いたいですな。次回連れて頂けることを楽しみにしていますよ」


 女性は怒りの形相で立ち上がり、仲間を引き連れて「クソッ垂れ!」と叫んで管理所から出て行く。管理所のマスターは頭を掻き、町長と共にバスター達に向き直った。


「さあ、尾行班、任せましたよ」


「任せてくれ」


 町長はわざと彼女を怒らせた。あちらに計画があるのなら近々決行するだろう。それを見越して彼女の尻尾を掴もうとしたのだ。


「さて、先程の団体をどう思うかね」


「魔王教徒との繋がりはありますね」


 シークの答えに皆も頷く。


「彼女はネクロマンサーかも。既に何人も魔王教徒が入ってきている可能性があります」


「そう思った根拠を教えてくれるかい」


「彼女はアークドラゴンの行為を浄化と呼び、肯定しました。次に、この場で襲撃予告とも取れる発言をしました」


「考えがあるという事は、おおよそ団体の意思決定に関わっている。団体の中でも上の地位にいるんじゃねえかな」


「決行するなら誰かに報告するはず。尾行の人達が掴んでくれるといいんだけど」


「管理所もそう考えております。捕えている男と言動が同じなのです」


 マスターはその場にいる者全員に対し、モンスター退治に賛同するかどうかの念書を渡して確認した。全員速やかにサインをし、職員が全て回収して確認する。


 魔王教徒であれば、まずサインしない。


「彼らは策を既に準備しているようだね」


「シーク、この状況でも魔王教徒を斬る事は許されないのかい」


「非常事態だからといって、法律まで変える訳にはいかないよ」


「チッ、人間ってのは面倒な生き物だぜ」


 バスターの面々は俯き、悪の前に無力である事を感じている。どれだけ強くなろうとも、等級が上がろうとも、バスターの力は「悪人」には向ける事が出来ないのだ。


「今日は、長くなりそうだね」


「ああ、長くなりそうだ」





* * * * * * * * *






 夕方になり調査班が戻って来た。予測した通り、魔王教徒は町の外にモンスターの死骸を準備していた。


「町の外に、モンスターの死体に雪を被せ、隠したものがあった」


「ハッ、自分達がモンスターを殺してちゃ世話ねえぜ」


「見つけ出せたのは6か所、焼却したのは全部で200体以上。もう周辺にはないはずだ」


「でも気になるのは、そんなに大量のモンスターを、魔王教徒が倒せるのかって所よね」


 ビアンカの疑問にその場の面々が頷く。


「見つけたアンデッド候補は、そんなに大した強さじゃない。せいぜいオーク程度だ。でも一体……」


「協力者がいるのか、魔王教徒が力を付けたか。どちらにせよ、彼らにとってあくまでも魔王アークドラゴンが崇拝対象だ」


「モンスター討伐反対は、アンデッドとしての手駒を減らさないためだろうな」


 魔王教徒自身が狩りをしているかもしれない、そうゼスタが発言しかけた時だった。管理所の扉が勢いよく開かれ、尾行していた者達が息を切らして入ってきた。


「門の外にアンデッドの大群だ!」


「なんだと!?」


 管理所の中が騒然となる。町周辺のモンスターの死体は片づけたはずだった。


「……土に埋めていたか」


「この雪の時期だ、たとえ雑に土を掘って隠しても騙せる」


「あの女達は」


「動きはない! 逆に……動きがない事が合図だったのかもしれない」


 マスターは頭を抱え、悔しそうにため息をつく。


「こちらの考えは全てお見通しだった、ということか」


「わざと目につく死骸を準備して、本当に隠したかった方を守った訳だ」


「素性がバレようがバレまいが関係なかったんだな」


 マスターが放送設備に駆け寄り、緊急事態を告げる放送を流そうとする。


「皆を建物の中に! 放送で各門を閉じさせる! アンデッドが出た門は……どの門だ!」


「門はバスターを走らせて閉じさせてある!」


 マスターは少し安堵の色を見せる。


「それで、アンデッドが出た門はどこだね」


「……全部だ」

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