Breidablik-10


 

 マスターは、話すつもりはなかったと前置きをし、魔石について説明を始めた。


「かつて、アダム・マジックが魔石の性質からヒントを得て生み出した魔法の中に、『ドレイン』というものがあります。魔法使いの方はご存知かと」


「ええ。モンスターの体力を奪い、自分の体力として吸収する魔法ね」


「でも、その魔法は術者の体にモンスターの……まさか」


「ええ、そのまさかです。このバスター証は魔石の性質を利用しています」


 シークとリディカが驚きと恐怖で固まる。けれど、脳筋組……ではなく武器攻撃職の者達は、全く見当もつかない。


 バルドルとケルベロスはその理由が分かったようだ。怒気を孕んだ声でマスターを(恐らく睨みながら)問いただす。


「魔石はどこかで掘ったのかい?」


「……いいえ」


「術者やモンスターの力を魔石に吸わせ、材料にした訳ではないんだよね」


「勿論! そのような非人道的な事は致しません」


シークとリディカの疑念は払拭された。しかし、武器達は別の事を確信していた。


「チッ、これで分かったぜ、何でそんなたいそうな魔具が作れたのか」


「うん。力を安定させる、制限させる、そして魔力を吸収する……それを難なくこなせるものなんて、魔石の力だけじゃ説明が付かないからね」


「お前ら、『氷盾テュール』を材料にしやがったな」


ケルベロスの一言で、皆が驚きの表情のままマスターを見つめる。


「……その通りです」


「テメエ!」


「ふうん、君の言う非人道的の中に、剣や盾は含まれないんだね」


 菱形のペンダント型のバスター証には、真四角の白いプレートが埋め込まれている。それがテュールを削り取ったものということらしい。


 バルドルとケルベロスは怒りを体で表すことが出来ない。だが余程感情が高ぶっているのか、バルドルからは白く、ケルベロスからは黒く、湯気のような気が発生し始める。


 シークとゼスタはそれぞれをなだめ、マスターに何故伝説の盾をバスター証に使ったのかと訊ねた。


「……150年ほど前、シュトレイ山の火口湖の近くでとあるバスターが1枚の盾を見つけました。岩肌の窪みに埋まるようにして置かれていたその盾を、そのバスターは管理所に持ち込みました」


「封印が弱まるってのに、動かしちまったのか!」


「伝説の4魔の事ですか。当時の人々も勇者ディーゴ達が倒したと聞いていたのでしょう。氷盾テュールだと分かった時、バスター協会はその盾を『バスター全員を守るために』利用する決定を下しました」


「テュールはそれに賛成したのかい」


「いえ、当時の記録によれば喋らなかったようです」


「テュール自身が目覚めていなかったんだね。アレスだけでは封印が守れず、ヒュドラの封印が解けるのも早かったんだ」


 バルドルとケルベロスはかなりのショックを受け、同時に怒ってもいた。一方で人間達は全く話が見えてこない。


「えっと……すみません。つまりどういうことですか? テュールとドレイン、なにか関係があるのでしょうか」


「伝説に憧れたガードとして聞いたことがある。氷盾テュールは、触れた者の力を吸収し、あるいは制御する特殊な力を持っていたと」


「そうです。その伝説で閃いた当時の協会の会長がテュールで実験をし、その吸収能力を応用したバスター証を開発しました」


「なんてこった……探し求めていた盾が、まさかこんな身近にあるとは」


 ゴウンはガックリと肩を落とす。必要な事だったとはいえ、これは伝説の盾、しかも起きていれば喋ったであろうバルドル達の仲間だ。解体されてバスター証になっていると聞けば、他のメンバーもショックを隠せない。


「マスター。お願いがあるんですけど」


「何でしょうか」


「レインボーストーンはお渡ししました。なのでバスター証の刷新をしてくれませんか」


「……どういうことですか」


 アークドラゴンを倒すには、テュールの力も必要になるかもしれない。シークはマスターに1つ提案をした。バルドルはシークの感情を読み取り、そして驚く。シークが何を考えているか分かってしまったのだ。


「レインボーストーンがあれば、そのバスター証は要らないはずです」


「……確かに、レインボーストーンがないからこそのバスター証ではありましたが」


「レインボーストーンは1セットお渡ししました。報酬も頂きました。報酬を返すので、レインボーストーンを返して下さい」


「ちょっとシーク、何? どうしたの! レインボーストーンを返してもらってどうするの?」


 シークもまた、マスターの話に怒っていた。勿論、このマスターが決めた事でもないし、必要な事だったのも分かる。だが、それでもシークは納得できなかった。


「バルドルやケルベロスは、そんな風に利用するためのものじゃない。テュールは盾として誰かを守るためにつくられたんだ」


「……確かにそうね」


「伝説の盾なんだ、喋るんだ、生きていたんだ! レインボーストーンがあれば、もうテュールを解放してやっていいはずだ!」


「……俺もその意見に賛成。つまりバスター証を全部回収して、テュールの残りと一緒にレインボーストーンと交換って事だな。別に慈善事業じゃねえんだから。タダで教える義理もない」


「等級降格や資格停止をチラつかせるならそれでもいいわ。アークドラゴン討伐は他の人に頼んで下さい。もっとも、バルドルとケルベロスが持ち主を替えるとは思えないけど」


 ゼスタとビアンカもシークの意見に賛同し、提供ではなく交換だと告げる。ゴウン達はそんなシーク達の言葉を聞いて頷き、受け取っていた報酬を返すため、宿に戻ろうとする。


「俺達の肩書きは傭兵じゃない。バスターにはバスターの信念ってものがある。君達も譲れないものは譲らなくていい」


「はい。マスター、レインボーストーンが必要なら、バスター証を刷新すること、テュールの残りとバスター証をギリングの管理所に全部送る事、これを約束して下さい。向こうで受け取った後、在り処を記した地図を送ります」


「ま、金ならクエストこなして地道に稼げるからな。ゴーレム倒してケルベロスも手に入った。次は槍を見つけ出して、俺達は俺達の旅を続けるだけだ」


 そう言ってゼスタもまた、シークとビアンカの肩を叩いて宿へ戻ろうとする。


「ま、お待ち下さい!」


 管理所のマスターはそれを焦ったように呼び止めた。いつもの涼しげな顔と比べれば、明らかな動揺が窺える。


「わ、私1人で決められる事ではありません! 協会本部に連絡を取ってみますから、少しお待ち下さい!」


 マスターは慌てて応接室を出ていった。廊下を駆ける革靴の足音が、段々と遠ざかっていく。


「……ハァ。なんてこった、こんな小さなバスター証に、そんな色々と厄介な仕組みと裏があったなんて思わなかったぜ」


「そもそもモンスターに魔力があるかどうかはさておき、その魔力を吸収するなら魔具で調べても粒子が見える訳ないよな」


「だいたい、一切説明もなしで持たせてるってのも納得いかねえ」


 ゴウン、カイトスター、レイダーの3人は、マスターの話を聞くまでの20年間、バスター証や等級制を疑った事がなかった。この1か月であらゆる価値観が変わってしまい、その整理だけで頭がいっぱいだ。


「あの、シーク」


「ん? なんだい、バルドル」


「お礼を言っておくよ。君がテュールを助けようとしてくれて、凄く感謝している」


「ううん、当然の事だ。君達の仲間だからね」


「俺っちとバルドルは、テュールの事が苦手なんだけどな。絶対お前らには壊せないなんて言いやがってさ。なんだよ壊されてるじゃねえか。会った時には絶対笑ってやる」


 そうやってケルベロスがテュールを何と言って馬鹿にしようかと考えている時、ふとシークは重大なことを思い出した。


「そういえば、ケルベロスの材質って……俺達の等級で許可されるのかな」

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