Breidablik-09

 

 騒がしい入浴を終え、3人は少し遅い昼食に向かっていた。勿論、バルドルとケルベロスも一緒だ。


 外はもうじき夏になるというのに肌寒く、雲は相変わらず厚い。小雨など気にもしない3人は、半袖シャツ姿で海沿いのメインストリートを歩いていた。


 エバン周辺は外海に面した地形だ。海が荒れていれば波が当たっては砕け、メインストリートにも波しぶきが飛ぶ。海水が苦手なバルドルとケルベロスは、海沿いを歩かないでくれと煩い。


「海が綺麗に見えるじゃん」


「君はこの曇り空の下でもそれを言うのかい? ほ、ほら波しぶき!」


「……どうせ拭くのは俺なのに」


「何回も拭くのは大変だろう? 君のために言っているんだ……ほら、ほら波しぶきが!」


「何のために鞘があるんだよ」 


 武器達に呆れながら通り沿いの定食屋に入ると、漁に出られないと判断した漁師達が集っていた。外はまだ明るいというのに、もう酒を飲み始めている。レンガ造りの灰色の壁に貼られたメニューのうち、オーダーされるのはつまみや酒ばかりだ。


 カウンター席に腰掛けた3人は、それぞれが食べたいものを注文し、陽気な大人達に苦笑いしていた。


「お? ニイチャン達、あの、最近話題のニイチャン達か!」


 料理が出来上がるのを待っていると、いかつい顔にスキンヘッドで白のポロシャツを着た、中年の漁師が声を掛けてきた。他の漁師もワラワラと集まってくる。皆、一様に酒臭い。


「なんて言ったか、えっと……ビアンカちゃん! なあ、そうだろ?」


「あ、えっと……そう、です」


「ほらやっぱり! あんた達のおかげで海に魚が戻ってきたんだ! 俺達からしてみればあんた達は神様さ! ほら好きなもん食え、奢りだ奢り!」


「え、あ、あの……」


 酔っぱらったオヤジ達は、上機嫌であれやこれやと食べ物を勧めてくる。酒は飲めないのかと肩をバンバンと叩かれるが、3人共まだ17歳。酒は18歳からと決まっていて、シークの誕生日は来月、ビアンカは再来月、ゼスタは半年も先だ。


 3人はビールを丁重に断り、頼んでもいない大量に盛られた白身魚のフライとムニエルを必死に平らげる。1時間ほどいただろうか、シーク達はニッコリと笑って深々とお辞儀をし、お礼を言って店を出た。


「あー苦しい。なんださっきの量、3人で食える量じゃなかっただろ」


「何さっきの『ビアンカちゃん』コール! 私大食いじゃないんだけど……で、シークはちゃっかり何持ってんのよ」


「あ、ずるいぞシーク!」


「持って帰るって言わなきゃ、あの場でこれも3人で平らげないといけなかったんだぞ」


 シークだけはちゃっかりしていた。残して帰る訳にもいかないと思い、「美味しいので晩御飯にも食べたい」などと上手い事を言ってその場を切り抜けたのだ。


 オヤジ達は嫌な顔などしなかった。それどころかほらこれも持って帰れと、余計に持ち帰り用の容器にぎゅうぎゅうに詰めてシークに持たせた。


 重そうな体、シークの片手には大量の魚のフライやそぼろ肉。これから重要な話を聞きに行こうという姿勢とはとても思えない。3人は宿へ戻らずに管理所に向かい、ロビーで寛ぐことにした。


「あーまだ苦しい」


「ビアンカなんて見ろよ、あの腹を押さえて座ってる姿。何が可愛くて魅力的だよ」


「うっさいゼスタ」


「時間があるのなら、僕達を武器屋に連れて行ってくれても?」


「ごめんバルドル、苦しくて動けない」


 3人に優秀なバスター感は一切漂っていない。漂っているのはシークがテーブルの上に置いた、包みに入っている白身フライの匂いだけだ。


 バルドルとケルベロスは、新しいクロスを買って欲しくてソワソワしている。その気持ちは分かったが、しばらくその場から動けそうにない。


「みんな、揃ったようね」


「あ、リディカさん」


「どうしたの? 苦しそうな顔をして」


「ちょっと食べ過ぎで……」


「えっ?」


 しばらくしてゴウン達も到着した。約束の時間30分前に揃った面々を見て、カウンターの奥から管理所のマスターが出てくる。マスターはいつもの紳士的な笑みでゆっくりと頭を下げ、皆を応接室へと案内した。


 この町の管理所の応接室もやはり他所と殆ど変わらない。管理所の内装と同じ石の壁に、立派な絵画が飾られ、木製のフラワースタンドには白い百合を活けた赤い花瓶が乗っている。


 茶色い革のソファーと木製の四角いテーブル、その真上にはやはりシャンデリアがぶら下がっていた。


「さて、バスター証について、でしたね。バルドルさん」


「うん、先にこちらの推測を話した方が?」


「いえ、もう皆さんには話しても良いでしょう。私からお話します」


 マスターは皆に囲まれるように座ると、バスター証の秘密について語りだした。


「このバスター証は、レインボーストーンが失われた後の代替え品として作られた魔具です。100年ほど前、レインボーストーンが破損や紛失で揃わなくなり、正確に等級判定が出来なくなった事で、実力を伴わない昇級が増えました」


「それは俺たちも推測していた」


「流石。そのせいで不相応に高い等級を与えられ、結果無茶な戦いを行い……命を落とす者が多くなりました」


「判断基準が全て石に委ねられていたのなら、そういう混乱もあるだろう。それで、このバスター証がどう解決を?」


「確かバルドルは、これがバスターの力を制御しているって、言ったよね」


 シークの言葉に、マスターは深く頷く。


「力を引出し、その力を一定の水準に抑える効果があります。力を引き出すのは、不相応に等級を上げてしまった者の補助をするため。力を抑えるのは、経験が圧倒的に足りないバスターが、己の強さを過信しないためです」


 シークの場合は後者にあたる。シークは力を抑えられ、全力が出せていなかったのだ。


「なるほど……そうか。等級を上げても、モンスターとの戦闘で経験値を積まなければ、実力は身につかないってことか。バルドルの言う通りだ」


「これを公にすれば過信するバスターが増えます。自分の等級はもっと上だと。そこで、グレー、ホワイト、ブルーのランクには、クエスト数の最低達成数を設けました」


「俺達がすぐに昇格したのは何故ですか? 3人とも1カ月も立たずにホワイトになって、その後は功績でブルーになりました」


 マスターの話では説明がつかないと。クエスト数も、実力を身につける事も、先程の例では当てはまらない。


「実績を伴う推薦の多さ、1日当たりのクエスト消化数で判断しました。普通は1日で4つもクエストを達成できません。それに、強さに傲慢になってはいないと判断できるだけの貢献。ゼスタさんもオーガ戦で活躍されました」


「……えっと、それだと話に矛盾がねえか? 俺っちはその時いなかったけどよ、決められた最低条件を満たしてねえ訳だ」


「え? え? 今喋ったのは……」


 マスターは誰の声かとキョロキョロ見回す。まだマスターにはケルベロスの事を言っていなかったのだ。


「俺っちだよ、冥剣ケルベロスさ。よろしくな」


「冥剣ケルベロス……!? 勇者のパーティーで剣術の達人デクスが使っていたという!」


「おう!」


 マスターはテーブルに置かれたケルベロスをまじまじと見つめる。伝説の武器が2組も揃っているとなれば、300年前と今との差など隠していてもバレる。マスターはため息をつき、まだ言っていない事を語りだした。


「……先程の説明は、表向きのものです。管理所のカウンターに来た時、必ずバスター証を見せるように言っていますよね。あれは……魔具の反応を測定しているのです。管理所の定めた反応を示さない魔具を持つバスターは、昇格させません」


「その反応って、どうやって決めるんですか?」


「モンスターの『魔力』です。かつてモンスターの事を『魔物』と呼んでいました。魔物の邪悪な気を吸う『魔石』もあるんです」

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