Breidablik-07

 

 その後、ゴウン達がレインボーストーンによる測定を終えた。現基準と実力の等級に差はなく、ベテラン達は安堵の表情を見せる。先輩風を吹かせていた事もあり、測定結果が低かったらどうしようかと焦っていたのだ。


「俺達が倒したビッグキャットの……何と言えばいいんだろうか、アークビッグキャットとでも呼んでおくか。そのせいで他のモンスターや動物が逃げていた、ということになるな」


 ゴウンは顎鬚を触りながら考えを述べる。強化された個体に「アーク」と付けるのはなかなか良い。


「テディさんが言っていた事とも、内容が合致しますよね」


「こんなのが各地で生まれたら、壊滅する村や町も出てくるな」


「ゴウン、まだ太陽も高い位置にあるし、急いでエバンに戻ろう。俺の矢も残りが少ない。シークくん達とリディカは平気か?」


「大丈夫です!」


「私も平気よ」


 ケルベロスやバルドルが自身の力や昔話を再度聞かせ、事の経緯やこれからの懸念、方針などを皆で共有する。そうして一行は約1か月ぶりとなるエバンの町へと戻る事にした。






 * * * * * * * * *






 3日後の昼、シーク達はエバンの管理所に戻っていた。かなり急いだせいか、それとも雨が降る中を歩きドロドロになったせいか、表情からは疲れが窺える。


 どんよりと厚い雲はまだ途切れる気配もなく、2日続きの雨に打たれて体もすっかり冷えている。そのような格好で町中を歩き回るのは気が進まなかったが、報告は早い方がいい。


「そうですか……シュトレイ大森林に、今そのような異変が起こっているのですね」


「はい。この事を世界中のバスター管理所で共有して貰った方がいいと思いまして」


 いつもと変わらない石造りの建物の中に入りロビーに立つと、皆は帰ってきたと実感して顔がほころぶ。そのまま受付に行き、職員にこの約1か月の事を報告した。


「それと。これが、長らく存在が確認されていなかったレインボーストーンです」


「レインボーストーンですって!?」


 レインボーストーンを見せると管理所内はにわかに騒がしくなり、すぐに職員が過去の文献などを漁り始めた。しかし、文献と照らし合わせるよりも実際に見せた方が早い。


「見ていて下さい」


 シークが石をカウンターの上に並べた。青い石を1つ選んで握ると、その石が赤く変色する。


「おお、色が変わった……!?」


「素晴らしい……! レインボーストーンは今のバスター制度の基礎となったものなんです! この石の色がバスターの実力を現しているんですよ!」


「へぇ、そうなんですかあ」


 若い女性職員が興奮して力説する。だがシーク達は既にバルドルから話を聞いている。ビアンカは驚き方を示し合せるように、シークの横顔をチラチラ確認していた。


「現在のバスター等級制度は、過去のバスターの等級と強さ、貢献度の統計からはじき出しています」


「実態ではない資格としての等級区分、という事ですね」


「ええ。しかしレインボーストーンが見つかったのなら、実態を正とした区分けが出来るようになります!」


「それじゃあ、今の等級制度は変わるんですか?」


「ええ。実力を可視化できるよう、協会も色々考えていました。近いうちに変わると思いますよ」


「残りのレインボーストーンの在り処はシーク君達が知っている。そこから少しずつでも削り出すといい」


 1セットをエバンの管理所に寄付し、シーク達は残りのうち、使い物になる2セットを受け取った。1つをリベラの町長へ、残り1セットはギリングに寄付しようという事で話はまとまる。


「在り処まで! ああ、報酬は勿論お渡しします、これは世紀の大発見ですよ! レインボーストーンがまだある事、その採掘場所が判明した事、これはバスターにとってとても有益な情報です!」


 女性職員の興奮は最高潮だ。遅れてマスターもやってきて、シーク達の健闘を称える。レインボーストーンの報酬として、シーク達、ゴウン達にそれぞれ封筒に入った報奨金を渡した。


「バスター管理所の責任者になってずいぶん経ちますが、こんな次々と偉業を達成するバスターには長らく出会うことができませんでした。皆さん、お疲れ様でした。そして有難う」


「はい!」


 封筒の中身が気になる所だが、その場で見るのは行儀が悪い。シーク達は早く宿屋へ戻ろうと言ってマスターへ頭を下げ、その場を去ろうとした。


 それをバルドルが真面目そうな声で引き留めた。


「ちょっと待っておくれ」


「バルドル、まだ何かあるのかい」


「うん、これはお願いになるのだけれど。マスターさん、ちょっといいかい」


「え? はい……聖剣バルドル様、何でしょうか」


「バスター証がどんなものか、知っているのなら答えて欲しい」


 シークは、バルドルが邪魔だと言ってバスター証を外したことを思い出す。


 マスターは一瞬驚き、そしておでこに皺を作って悩む仕草をした。バルドルが何を言いたいのかがすぐに分かったのだろう。バスター証に何らかの効果があり、それは管理所が意図したものである、という推理は当たっているようだ。


「分かりました、これだけの貢献をしたあなた達です。バスター証についてお教えしますので別室にお通ししたいのですが……」


 マスターは7人の姿を見て苦笑いする。皆、床に少しの水たまりを作っていて、鎧も法衣も汚れている。この服装で応接室に通すことは流石に出来ない。


 シークは恥ずかしそうに頭を掻き、ビアンカも、どうしようかと苦笑いしている。


「夕方、17時頃にまたお越し下さい。その時までに私も資料などを準備いたしますので」


「分かった。とりあえず皆、いったん解散としよう。シーク君達も一度シャワーを浴びて、鎧も綺麗にするといい。戦闘には出ないからまた17時に普段着でここに集まろう。いいかい?」


「はい。じゃあ、また夕方に。長旅のお付き合い、本当に有難うございました!」


「こちらこそ。レインボーストーンを見つけ、そしてアークドラゴンについても色々と教えて貰えた。有難う」


 皆は管理所を出て、雨の中を宿へと戻っていく。切り出した石を敷き詰めた道は、所々補修されている。応急処置でしっかりと踏み固められた土の部分には、大きな水たまりができていた。


 メインストリートから見る海は荒れていないが、暗い空をそのまま映している。港にも殆ど人が見当たらない。


 今ならいける、と思ったのだろう。シーク達はゴウン達の姿が見えなくなると、報酬が幾らだったのかを確認するため封筒の中身を覗いた。


「……30、50……100万ゴールド!」


「へっ!? ひゃく……」


「シーッ! 声が大きい!」


「どうしよう、俺もう金銭感覚が麻痺してきた」


 8万ゴールドの魔術書が買えなかった少年にとって、途方もない金額である。この数か月、シークは自分がどれだけ慎ましく生きてきたのかを思い知ってばかりだ。


 一般的な家庭で過ごしたゼスタは勿論、裕福な生まれのビアンカですら驚いている。


「け、結構貰えたわね。手持ちが厳しかったから助かるわ」


「まあもし俺達が管理所に『売ってやる』って言ったら、もっと高いかもしれない代物だもんな」


「ハァ。やれやれ、お金が大好きな3人の談義が始まった。汚れた刀身のまま耐えている僕達よりも、お金が先だなんてね」


「ん? 金か……おいゼスタ、俺っちにもバルドルと同じ手入れ道具を買ってくれ!」


 多額の報酬額に喜び、3人は顔を見合わせてニッコリと笑う。けれど抗議する2本の声に、シークはコホンと小さく咳をして封筒を鞄にしまった。


 歩きにくい森の中をひたすら歩いてきたせいか、それとも高額な臨時収入のせいか、もはや少々の雨やぬかるみは気にならない。


 水たまりを避ける事もなく、3人は軽い足取りのまま宿の扉を開いた。

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