Misty Forest-11
ビアンカが岩の縁からそっと顔を出す。男2人がコソコソと話す様子をクスクスと笑いながら、挑発するように声を掛けた。
「まさか、覗きなんて考えてないわよね? 動揺しちゃって、バレバレよ」
図星だ。ゼスタはわざと眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔をする。
「はあ? リディカさんくらい色気あるならともかく、お前は覗かれるほどの体してると思われてねえよ」
「何ですって!? あ、あたしだって……意外とスタイルいいし!」
「自分で意外って言ってどうすんのさ。俺もゼスタも覗いたりしないよ、今更興味ない」
「……興味を示されないのもなんかムカつく。シークとバルドルって最近似てきた気がするわ」
「あー見て欲しいなら見てやるから、そうじゃないならさっさと交代してくれ」
少々ご立腹のビアンカは口を一文字に結んで湯船へと戻る。隣に座っているリディカに愚痴を聞いてもらおうと声をかけた……のだが。
「色気だなんて、は、恥ずかしい……!」
「リディカさん?」
リディカはとても恥ずかしそうにモジモジしている。上品で綺麗な顔立ちのリディカでも、バスターという職業柄、容姿についてとやかく言われる事はない。ましてやゴウンと結婚しているため、社交辞令程度にしか褒められた事がない。このタイミングは予想外だったようだ。
「や、や、違うのよ? 違うの、ちょっと、照れただけだから!」
リディカは誤魔化すようにそそくさと湯船から出て、体を拭き、着替えを始める。ビアンカは再度岩の上から顔を覗かせ「むー!」と言って睨む。2人は髪が濡れたままの状態で岩から飛び降りた後、男達と交代した。
「さーて、どっちの方が大きいのかなー? シークかしら、ゼスタかしら?」
「どっちもでけーよ! 何だ、知りたいのか? 見たいのか?」
「何が大きいの? ねえビアンカ、言ってみてよ。どっちの何が大きいの?」
「なっ……!」
どうやらシークとゼスタの方に軍配が上がったようだ。
「まったく。人って生き物は見栄っ張りなんだから」
幸いにもモンスターは現れない。薄暗い白夜の中、一行は寝るまで賑やかな声を響かせていた。
* * * * * * * * *
「ゼスタ! 右だ!」
「おっけい、ガードする!」
「エイミング! 突いた後で宙に放り投げるわ! シーク決めて!」
「いくよバルドル! ファイアーソードだ!」
4人と1本はシュトレイ山脈の麓にまで到達していた。1週間かかる予定の距離を5日で歩ききっている。少しでも洞窟がありそうな場所を多く探索しようと考えたのだ。
バルドルの話では山沿いにあったという。あるとすればこの山脈か、5日前に縦断した山脈か、どちらかしかない。一行はシュトレイ山脈のなだらかでゴツゴツした山裾を見上げながら登っていた。
「バルドル、そろそろ景色に見覚えくらいない?」
「思い出してきてはいるのだけれど、もう少し高い場所から見下ろしていたような」
「もっと登らなきゃ駄目なのか」
針葉樹林は遥か下。周囲は地面を這うような低い木が所々に生えている程度だ。皆きっと見つかると信じて暫く頑張っていたが……とうとう近くの岩場で座り込み、休憩を始めた。
「足がパンパン。ねえ、方角は? バルドルがそこに入った時、朝だった? 夕方だった?」
「ん~、入ったのは昼で、出たのは夕方だったと思う。太陽が視界左の山の端に沈む様子が見えて……」
「シュトレイ山脈の北側、つまりこの東西のどこかか、ゴウンさん達が探している方か、どちらかだね」
「バルドル、責任重大だぜ。これで洞窟が見つからなかったら、収穫なしで引き返すことになるんだぞ」
「勿論10代の君達を導く責任なら感じているよ、ご心配なく」
「……ごめん、えっと『じゅうだい』って歳の話じゃないからね? 一瞬何の事か理解できなかった」
疲れて苛立っているはずが、バルドルが口を挟むとどうにも緊張感が抜けてしまう。
休憩の間にバルドルを綺麗に拭き、麻布に包んでいた鹿肉の燻製を切り分け皆で食べる。それからもプツンと切れたやる気の糸を結ぶ気がないのか、皆は動こうともしない。
「ゴウンさん達、案外もう洞窟見つけてたりして」
「多分、向こうもきっと同じこと考えてると思うよ」
「人生でこんなに歩いたの初めてよ。正直報われたい」
「そのご褒美狙いの心意気が駄目なんだよ」
高い山から吹き降ろされる風がひんやりとして気持ちがよい。重要なヒントが何もないまま皆が周囲をぼんやりと眺めていると、バルドルが思い出したように声を発した。
「もう少し西側に向かってもらえるかい? 僕から見て正面の山脈の形に見覚えがあるんだ」
「ほんと? ……君の正面はどっちなのか、先に聞いてもいいかい」
「エバンの方角だよ。季節は秋だったから太陽の位置は違うけれど、正面から左に60度の方角、1つピョコンと突き出ている峰が見えるかい」
「うん、見える」
「その左側に太陽が沈んだんだ。あの峰がもう少し正面に近かった気がするんだ」
「じゃああと1日くらい西に移動すれば着くかもしれないってことよね!」
皆の表情にはやる気が戻ってきた。シークのアクアで皆の水筒を満タンにし、元気よく立ち上がって荷物を肩に掛ける。
「肉を削る以外でようやくバルドルが活躍したね」
「それは酷い。苦手な猫を相手に戦った僕を褒めてくれた、優しいシークとは思えない発言だ」
「ビッグキャットのこと? あんな牙がギッシリ生えて鋭い爪に太い手足の熊みたいなモンスターを猫の括りに入れちゃう? とにかく、俺は君を信じているよ、バルドル」
「どうもね。信あれば徳ありと言うからね。きっと僕を信じてくれたらいい事があるよ」
「……今、普通にことわざを使ったね」
「まあね。僕も人間語がずいぶん『達物』になったでしょ」
「あー惜しかった」
やる気のおかげか、シークとバルドルの会話も軽快だ。ゴツゴツして歩きにくい斜面も、休憩前に比べると苦にならない。
4人は半日ほど歩き、陽が翳り始めた頃、ついに山肌に大きくポッカリと開いた洞窟を発見した。
「ねえ、ここよね? ここよね!?」
「うん、間違いないよ。ディーゴが面白がってスキップで入っていった時、確か岩に目印の落書きをしたはずだ」
「……勇者が、落書き」
皆の中にある勇者のイメージは、バルドルが時々話してくれる昔話のせいでかなり崩れていた。どうもディーゴは明るくひょうきんな性格だったようだ。
バルドルが告げた通り、洞窟の中に入ってすぐの岩には「何かあったらバルドルのせい」と刻まれていた。
「300年前の勇者から、こんな書き置きを残されるとはね」
「ついでに言うと、出て来た時にもディーゴは落書きをした。右の壁の方だったはず」
「どれどれ……あった。……『わーいきれいな石だ』だって」
「ふざけてんのか」
「だって書いてあるんだもん。えー? 勇者ってこんなもん?」
シーク達は大きく肩を落とし、もしもの際の目印として、洞窟の入り口の岩に自分のタオルを挟んだ。リディカとビアンカがそれぞれランプを手に持ち、一行は洞窟の中へと足を踏み入れた。
岩肌は黒く、所々水が滲んでいる。水に溶け込んだ成分が長い年月を経て氷柱のようにぶら下がり、あるいはしずくが落ちたところから筍のように伸びている。なんとも不気味だ。
「ねえ、バルドルさん。この洞窟の中にモンスターはいなかったのかしら」
「当時ネオゴブリンは何体かいたけれど……そんなには深くないんだ。1時間も歩けば最深部に着くはずだよ」
「そこにレインボーストーンがある?」
「と思うけれど、なんだか嫌な予感がするね」
「え? 採り尽くされているとか」
「待って」
リディカがふと立ち止まる。3人が振り返ると、リディカは真正面を険しい顔で睨み、首を横に振った。
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