Misty Forest-02



 * * * * * * * * *

 


 町の外は全くの別世界だった。


 真上にあるはずの太陽の光は背の高い針葉樹に阻まれ、薄暗くて肌寒い。遠くには場違いな程に育った広葉樹も見える。この大森林は北限にも関わらず混交樹林のようだ。


 平らではない地面に注意して歩いていると、ギャーギャーと鳥の声が響く。ビアンカは背筋がゾクッとして立ち止まった。


「やだちょっと、何か怖い」


「不気味だね、何かお化けでも出そうな雰囲気」


「モンスターへ挑もうとしている時に、鳥の声を怖がるとは恐れ入ったよ」


「バルドルだって、猫は怖いって言うじゃないか」


 シークとバルドルの会話ではよく分からないが、周囲への警戒は怠っていない。森の中は太い木の幹に視界を遮られ、遠くが暗いせいで近くしか見る事が出来ない。こんな悪条件での戦いは初めてだ。


 地面にあるのは殆どが針葉樹の葉だ。踏む度にクッションのような弾力を感じ、あまり大きな音が立たない。モンスターが襲ってくるとすれば、かなり近くなければ気づかないだろう。


 もっとも、そんな時こそバルドルの出番だ。


「右斜め前、数十メーテくらいの場所に何かいる」


「見えるの?」


「見えるというか、感じるね。こっちに気付いていると思う。ああ、安心しておくれ、幽霊じゃない」


「……いや、もう怖くはないし」


「何を言っているんだい? 僕はお化けは斬ることが出来ない。でも相手は実体がありそうだから、少なく見積もってもアンデッドだ。ちゃんと斬れるから安心」


「あーそうかい、それは安心だよ」


 シークは呆れながらも、無意識のうちに武器を手に取って構える。バルドルのいう気配と次第に距離が詰まる中、先に相手が何かを理解したのはゴウンだった。ゴウン達は足を止め、シーク達へ屈むように指示する。


「……ウギャギャ!」


「ひっ!? わっ、ちょっとあぶなっ」


 急に矢が飛んできて、その矢がビアンカの顔のすぐ左横を通過した。少し先の幹に動く影が見える。


「木の裏に回る! ビアンカは飛び出した奴から串刺しにしてくれ!」


「ネオゴブリンだ! 3,4,5……7体!」


「武器を使うんだったわね、弓なら……接近戦に持ち込むまでよ!」


 3人は一気に距離を詰め、ネオゴブリンを間近で視界に捉えた。細い手足に猫背でポッコリとした腹、頭が大きく鼻が尖っている。……その点ではあまりゴブリンと大差がない。


 違いと言えば多少体が大きく、肌がゴブリンのような緑ではなく灰色な事くらいだろうか。腰には動物の皮で作ったと思われる腰巻を身に着け、弓を構えている。


 ゼスタがネオゴブリン達の真上にジャンプし、その中心にいた個体へと剣を振りかざす。


「破ァァ……二段斬り!」


「ギィィィィ!」


 痛みでのたうちまわる1体を見て、他の個体が怒りを表すように叫ぶ。一斉に弓、斧、剣で襲い掛かり、ゼスタが正面の相手を双剣で防ぐ。ビアンカはそっと背後に回り、ネオゴブリンへと狙いを定めた。


「フルスイング! からの……串刺し!」


「ギャァァァ! ギャアアア!」


「ビアンカ真上だ! ……ファイアーボール!」


「シーク助かった! よっしゃ喰らえ! 十字斬り!」


 ゼスタがネオゴブリンの斧を弾き飛ばし、左、右と順に脇腹から肩へとバツを記すように斬り上げる。多少体が大きくても所詮はゴブリンだ。斬りつけられるとあっけなく倒れていく。


「まだ木にしがみ付いてるぞ! 4、5……5体だ! 上に注意しろ!」


「俺が全部落とす! エアロ!」


 シークが詠唱し狙いを定めると、その方向に大きな風の渦ができる。それは地面の葉や土を巻き上げながら、ネオゴブリン達を容赦なく幹から引き剥がし、地面に叩きつける。


「シーク、エアリアルソードで水平にぶった斬ってくれ!」


「分かった! ……エアリアルソード! いくよバルドル!」


「いつでもどうぞ、お替りもご自由に」


 シークがバルドルに魔力を込める。バルドルの刀身からは、白と緑が交差するような模様の大きな刃が具現化されていく。


「いくよ……一刀両断だ!」


 シークが両手でバルドルを握ったまま左足を上げる。右脚に重心を置き、一旦体を右後ろに捻る。そこから一気に体重を左足に移し、勢いをつけて斬り付けた。


 その僅かな溜めの間に、ネオゴブリンが至近距離から弓を放とうとするも、ゼスタがその腕を斬り落とす。


「シーク今だ!」


「破っ!」


「ギャッ……」


 2体のネオゴブリンがそれぞれ胴体、首を真っ二つにされてただの肉片になる。バルドルと風の刃が合わさったその切れ味は凄まじく、硬い骨の感触などまるでない。


「クリーブアンドエンド、って技さ。それを縦に振り下ろすのがブルクラッシュ」


「なるほどね。はっ、ビアンカ! 真横だ!」


「大丈夫! これで終わりね! エイミング!」


「ウグ……ブグッ」


 ビアンカが溜めを用いた超高速の突きを繰り出し、1体に槍を貫通させた。槍を引き抜いてネオゴブリンを蹴り飛ばした頃、周囲は静けさを取り戻した。


「これで……全部かな」


「どうかしら、でも変よね? ゴブリンってこんな少数の個体で規律良く行動する種じゃないはず」


「……仲間を呼ばなかったね。それに逃げもしなかった」


 自分達を奇襲するため、少数で行動していたのか。シークは拭いきれない違和感を抱いたまま辺りを見回す。


 目視では何も感じる事が出来ない。シークは風の渦ではなく刃を作り出す「エアロカッター」を唱え、木の間を縫うように魔法を駆け抜けさせた。


「グググ……」


「今、何か声が響いた?」


「シークくん! いったん退くんだ!」


「えっ!? あ、はい!」


 シークが森の奥へと目を凝らす中、入れ替わるようにゴウンが走っていく。カイトスターが続き、レイダーは矢を1本準備した。


「モンスター?」


「周りに注意してこっちへついてこい! 囲まれるぞ!」


「え、囲まれる!?」


「3人とも、私から離れないで! 何かあったら攻撃じゃなくてガードに専念する事。絶対に守ってちょうだい」


「リディカさん、な、何が来ているんですか」


 シーク達は辺りを見回すが、モンスターらしき姿は見当たらない。


 まさかお化けか? などと本気で思っているシーク達とは対照的に、バルドルはその気配に気付いていた。


「僕たちは囲まれたようだね」


「えっ?」


 ゴウンが頷きながら大きな木の根元で立ち止まった。レイダーはシーク達の少し前方で弓を構えている。


「シーク、周囲に何かおかしな点がある事に気付かないかい」


「おかしな点? えっと」


「もしかして……おいシーク、ビアンカ、武器を構えろ! まずいぞ囲まれた!」


「囲むって、何も姿は……いや何か変よ! まさかこれ全部……」


 ゼスタとビアンカは異変に気付いた。シークも辺りの異様な雰囲気だけは感じ取っている。シークが後ずさりした時、ふいにカサッと音が立った。足元にはそれまでなかったはずの広い葉っぱが数枚落ちている。


 改めて周囲を確認すると、とても暗くなっている事に気付く。シークは空が見えない頭上にハッとした。


「……そういうことか! 気づいたら周りが全部、広葉樹になってる!」


「幹に近づかないで! 木のうろに見えるのは口よ! 飲み込まれたら潰されて養分だからね!」


「これ、周り全部がウォートレント? シルバーランクモンスター……」


「ネオゴブリンはウォートレントから逃げていたんだわ!」


「木の幹にしがみ付いていたのは、俺達を狙うんじゃなくて、木の上に逃げていたからか!」


「来るぞ!」


 ゴウンが叫ぶと、風など吹いていないにも関わらず、視界にある広葉樹の枝が一斉に揺れだした。


「広葉樹に見えるのは全部よ! ウォートレント自体は実体のないモンスターで、音もなくゆっくりと木に乗り移るの! ウォートレントが飼っているマイコニドにも注意して!」


「マイコニド!?」


「とりあえず、針葉樹の姿を保ったままの木が安全って事ですね!」


「バルドル、俺達でウォートレントを倒せるかい」


「無理だね。君達の力では樵夫の一振り程の傷も付かない。彼らに任せるしかないよ」

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