New World-04


 汽車は1、2時間おきに小さな村の近くを通過する。


 そのほんの少しの停車時間の度に、客や行商人が乗り降りしたりと騒がしくなっる。更に進んで一度汽車が燃料と水の補給に入ると、乗客達はいったん汽車から降りだした。


 鉄道はとても重要なものだ。沿線の村は国から兵士が派遣され、守られている。アスタ村出身のシークはやや納得がいかない様子だ。


 そんなシークに対し、ゼスタがいい事ばかりではないと教える。


「税金は結構きついらしいぜ。ギリングも鉄道を敷いてやるからと、税金を上げようとされてる」


「そっか、兵士のお金を負担しなきゃいけないんだね。アスタ村は無理だな、お金ないもん」


「ねえ、私は今からリディカさんと甘い物食べに行くんだけど、一緒に来る? 名物のシャーベットパフェだって! 氷菓子なんて贅沢よね!」


「いや、俺はいいや。行ってきなよ」


「そう? じゃあまた後で、時間までに汽車に戻るわ!」


「行ってらっしゃーい」


 ビアンカだけでなく、汽車から降りた客達は通りの店に入っていく。シークはチラリとゴウンを見る。


「俺達もそこのパブに入るよ。君達はまだ酒は飲めないだろうから……悪いけど」


「あ、はい。気にしないで下さい。ゼスタ、俺達も何か食いに行こう」


「そうだな……この村の特産品って何だろうな」


 シークとゼスタが歩き出すと、バルドルが少々言い難そうにシークへと声を掛ける。


「あの、僕はこの流れで置いて行かれないよね」


「置いて行かないよ、バルドル」


「ははっ。シーク、バルドルは肉食う時に必要だもんな?」


「むー……きーっ! 堂々としていられると思ったら、ナイフ扱いされるなんて! 今度僕に救われてひれ伏す日を楽しみにしているよ!」


「聖剣で切り分けて貰う肉、か。高級感あって美味しそうな響きだね」


「ああ、シークまで! まったく、今度君の『お父さん』さんと『お母さん』さんに会った時、泣きついて報告させて貰うとするよ!」


「どうやって泣きつくのさ」


「……君の手で机の上に置いて貰う」


「ん~どうしようかな」


「ほんといつもそんなやり取りしてるよな。仲がいいんだか悪いんだか」


 3時間後、汽車は再び走り出した。


 ジルダ共和国の首都ヴィエスに到着したのは20時を過ぎた頃だった。コンクリート製の建物はどれも高く、見上げると首が痛いほどだ。


 乗り換えの汽車は0時に出発。100キロメーテほど先はもうエンリケ公国になる。


「やっぱり首都は人が多いな。この時間でもギリングの昼間くらい人通りがある」


「俺、迷子になりそうだから駅から動かない方がいいかな……」


 20時を過ぎているというのに、人の通りが多い。ギリングの5倍の人口を有する大都市に、シークはすっかり気後れしていた。


「目的がなければここで何日か観光してみたかったな」


「私も、首都のファッションを少し見て回りたかった。さっきから凄くお洒落な女の人がいっぱい歩いてるの」


「鎧に武器じゃ、お洒落どころじゃないだろ。荷物になるし、バスターって私服のお洒落は捨てないと」


「自分がなりたくてなった職業だもの、分かってるの! でも憧れるのよね、ほらあのワンピースの人! やーん可愛い!」


 ビアンカが指さす先には、膝丈までの白いワンピースを着た女性がいた。


 ワンピースには左肩から裾まで、黒いラインが1本入っている。両腕の肘まで隠した黒い手袋、赤いハイヒールという服装はまるでモデルだ。大きな丸いイヤリングが、センターで分けた長い髪から見え隠れしている。


 他にも全員とは言わないが、お洒落な服装の人が目につく。シークとゼスタは半ば引きずるようにして、ビアンカをバスター向けの定食屋に連行した。


「分かるわ、ビアンカちゃんの思ってる事。私も若い時はお洒落がしたくて、無駄に沢山の荷物を持ちまわってたの。でも、結局着る機会も使う機会もないのよ」


「キャリーバッグを引いてた時期もあったよな。中には化粧品がぎっしり、ワンピース、ブーツ、夏でもコートが入ってた」


「もう、言わないでよゴウン。あ、もうレイダーまで笑わないで!」


「悪い悪い。戦闘の度にメイクを気にしてたよな。ある時、立ち寄る村の手前から雨が降りだして、立ち寄った村の子供に泣かれてんの」


「化粧が流れて目元が真っ黒になって『お化け!』ってな。あれ以来、化粧が薄くなって、服も持ち運びを気にするようになったよな」


「カイトスター、あなたも鎧に無駄な飾りをつけていた時期があったじゃない。羽根だったり、ワッペンだったり」


「や、やめてくれ、黒歴史なんだ!」


 カイトスターが恥ずかしそうに顔を隠す。シーク達に負けないくらい、この4人も仲がいい。


 ヴィエスでは、一定のエリア以外では武器などの携帯が認められていない。そのためバスターが困らないように、駅に近い一角に施設が集められている。


 0時の汽車まで時間はあったが、一行は食事を済ませた後、管理所に寄っただけで駅へと戻った。





 * * * * * * * * *





 次の日の昼、シークは港の潮の香りに興奮していた。


 南北に細長いエンリケ公国の基幹港、カインズ。漁業や海運業が盛んな海の中継地だ。


 かつてこの国は別の国に支配されていた。200年前に海運を取り仕切っていたエンリケ家主導の独立戦争を起こし、公爵カインズ・エンリケを君主として建国された。まだ比較的歴史の浅い国である。


 シーク達の目の前には大きな商船が接岸している。少し先には大きな魚市場も見えた。


「カインズは商売が盛んみたいだね。荷物の往来も多いよ」


「色んな物がここに集まるからな。ここからジルダだったり、別の大陸だったりに運ばれるのよ。一番物が多い町かも」


「へえ、でもやっぱり俺は1人で歩くのはやめとこう。ヴィエス程じゃないけど迷子になる自信がある」


 港から馬車で20分も行けば綺麗な白い砂浜が数キロメーテも続いている。快晴の空を映し出す海面は濃くも綺麗で、まるで青いシートを被せたようだ。


「はぁー、本当に海ってこんなに広いんだ! それと、なんか変な匂いがするね」


「そっか、シークは海も初めてなんだよな。俺は小さい時に1回だけここから隣の大陸まで行ったことがあるぜ。海に塩や色んな物が溶け込んでて、その匂いなんだとさ」


「へえー。でも、海の魚っていいね。塩で味付けせずに食べられそう」


「そういう発想になるのって、シークだけだと思うな」


「シーク、一応言っておくけれど、海水の成分は僕に付着しやすいんだ。もし海水浴をする事になっても僕は遠慮するよ」


「へえ、じゃあ海のモンスターは斬らない方がいい?」


「それはご心配なく。君がしっかりと拭いてくれると信じているよ、シーク」


「そこは譲らないんだね」


 実際は海のモンスターと戦う事など殆どない。航行中の大きな船の甲板まで上がって来る事もない。だからバルドルはかえって斬りたいのだ。


「さあ、乗船の手続きが始まるから船に急ごう」


「はい! あー船賃でもう残りのお金が殆どなくなるよ」


「エバンに着いたら1泊して、それからは野宿ね。クエストばかりこなしていると、当初の目的を達成できないし」


「あーまた干し肉と堅いパンの生活か」


 ビアンカの野宿という言葉に、ゼスタがため息をつく。


 しばらくしてシーク達は港の端に停泊していた船の前に並び、乗船を始めた。200名以上が乗船できるという船は個室がない。シーク達は適当に壁際の場所を取って座る。


 最近は遅い帆船や人手がかかるガレー船は減り、動力に石油を使う汽船が増えた。そのおかげで安定した航海が出来るようになっている。


 帆船なら1~2週間程度かかるところ、汽船なら3日ほどでエバンに着いてしまう。

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