Interference-13
「申し訳ございません、あまりに立派だったので疑ってしまいました。管理所にて再認定を行いたいのですが」
「本当ですか!? やったね、これで堂々と戦うことができるよ」
「僕に『役剣』を演じさせなくて済むね。アイアンだ、人工ミスリルだと、屈辱的な役をさせられるのは懲り懲りだ」
「バルドルさんも、本当に申し訳ございませんでした」
「もう謝らないで下さい、バスターの素行や資質確認もお仕事でしょうから。むしろ潔白を証明できて有難いです。ね、バルドル」
「君はお人好し過ぎるね、僕が許す前に許しちゃうなんて」
「欲をいえば、現存するアダマンタイト製の武器は極わずかなため、幾らお金を支払ってでも引き取らせていただき、研究したいところです。一応お尋ねしますが、如何でしょうか」
研究の内容は分からないとしても、研究材料になればモンスターを退治することはないだろう。バルドルはきっぱりと断る。
「えっと、僕は断固拒否するよ」
「幾らでも……ねえバルドル、君の価値を最大限に活かせると思わないかい?」
「ちょっとシーク、君はまたお金に魅了されているんじゃないだろうね!? 君はお金が大好きだから」
「お金が嫌いな人間なんていないんだよ、バルドル」
シークはバルドルに聞こえるように、一番高い装備が幾つ買えるだろうかなどと計算を始める。その表情が割りと真面目に見え、バルドルは慌ててシークの計算を止めに入る。
「バスターには強い信念が必要だよ! 君の信念がお金に注がれるなんて、旅の当初から聞いた事がない!」
「強い信念で目的を達成するために、お金が必要なんだ」
「あーもう! シークったら『ああ言えばこう言う』なんだから! 君を慕う大切な聖剣を手放すなんて『ヒトデナシ』のする事だからね!」
「冗談だよ、手放したりしないよ。俺がそんな薄情な事をする訳ないだろ」
「いや、かなり心の中で揺れていたよ! 全く油断ならないんだから」
シークとバルドルの言い合いに、職員の男達は耐え切れず笑い出す。当たり前のように会話をする2人……いや、1人と1本が信頼し合っているのは明らかだ。その緊張感のないゆるいやり取りは微笑ましい。
ひとしきり会話を見守っていた職員は、落ち着いてきた所で一度咳払いをし、シーク達の会話を中断させた。
「情報共有のため、所持武器欄に聖剣バルドルという名称も載せようと思います。万が一の際にまた同じような疑いで面倒なやり取りをしないで済むように」
「そうですね、それは助かります。バルドルを隠さずに済みますから」
「けれど、いい面ばかりとも限りません。聖剣を血眼で探し回る研究者や、自分のものにしたいバスターにも知られる事になります。そのような者達からすれば、聖剣が誰かの手に渡った事自体が非常事態です」
「まあ、まさかもう発見されているなんて思わないでしょうからね」
「しかも魔法使いで登録されているのに使用武器が聖剣となれば、『使えもしないのに』と思われることでしょう。出来れば万が一の時のために、成分分析だけはお勧めしたい」
「そうですね、すり替えられる事はないと思うけど、念のためにそうしてもらいます。バルドル、君の為でもあるからいいよね」
バルドルが誰にも持ち上げられない、鞘から引き抜かれないと言っても、動かす手段はあるかもしれない。馬車に乗ることが出来たくらいだから、置かれたテーブルごと持ち運べば大丈夫かもしれない。バルドルにだって予想出来ないような事態はあるだろう。
シークはそうなった時に、バルドルがバルドルであると証明出来る事も、また重要だと思った。
「まあ、万が一に備えるというのなら仕方がない。でも一応シークも傍に居てくれると心強い」
「分かったよ」
ひとまずこの場はこれでお開きという事になり、シークとバルドルは皆が待つロビーへと戻った。どんな事を聞かれたのかと尋ねる皆に、シークはバルドルを正式に自分のものに出来た事、聖剣だと明かした事を告げる。
バルドルは人工ミスリルソードごっこをしなくても良くなった。伸び伸びと会話に加わり、そのお喋りは成分分析に向かうまで続けられた。
* * * * * * * * *
空が茜色に染まる頃、シークとバルドルは管理所を出て宿へと向かっていた。
明日からは旅費を稼がなくてはならないと意気込むシークに対し、バルドルは意気消沈していた。1分と間を空けずにため息をついている。
「バルドル、いい加減に気持ちを切り替えてよ。ため息を聞くのも飽きたんだけど」
「僕はもう成分分析なんて二度と受けないからね。ああ、本当に気持ち悪かった」
「針が触れていただけじゃないか」
「シーク、君は表面にゾワッと触れる針の、あの感触が分からないからそんな事を言えるのさ! 剣の気持ちになってくれてもいいと思うのだけれど」
「モンスターの体真っ二つにしても何とも思わないくせに」
バルドルは成分分析の間、とにかく叫びまくった。暴れる事が出来ないバルドル相手に、思わず職員が飛び退いた程だ。その嫌がり方は激しかった。
武器や防具、素材などの成分分析は、表面に特殊な検査液を塗り、検査器具から光を当てたり、針のようなものから超音波で振動を送って、その揺れの波動を計測したりする。
特に超音波の針を当てられた時の嫌がり方は相当なものだった。
具体的に言えば「いやだー!」「こわいこわい!」「助けてシーク!」「ぎゃああああ!」と、もうありとあらゆる拒否の言葉を口にした。口を塞ごうにも麻酔を打とうにも、バルドルに対してはどうする事も出来ない。
検査が終わるまで僅か30分。管理所の地下室から聞こえる叫びに、バスター達もいったいどんな拷問が行われているのかと不安になったほどだ。
ようやく地下の研究室の扉が開き、シークが階段を上って通路に出た時、そこには数十人のバスターが心配そうに集まっていた。無言のシークのすぐ近くで「えぐっ……っく、もう、絶対分析なんて受けない……」と泣く声の正体がどこにいるのか。皆でキョロキョロと不思議そうに首や目を動かす。
シークがバルドルが喋る事を明かすと、今度は野次馬達が研究室でのバルドルの叫び声に負けない程の大声を出して驚く。
剣が喋るという事態にその場は大混乱となり、シークは逃げるようにしてロビーまで戻る羽目になった。
「これからは、まあ最初は驚かれるだろうけど、堂々と一緒に歩けるんだからさ、いいじゃないか。帰ったらちゃんと綺麗に拭いてあげるし」
「うう、帰ったら一番に拭いておくれよ、食事の後とか風呂の後だなんて言わずに、すぐだよ?」
「分かったよ。今日はちゃんとクロスも乾いているだろうから、満足するまで拭いてあげる」
面白い、譲ってくれという声も上がったが、勿論シークは譲る気など毛頭ない。シークがバルドルを手放さないと宣言した時、どれ程バルドルが嬉しかった事か。
とにかく、バルドルの分析結果が出てすぐに、職員の配慮でシークのプロフィールにバルドルとその成分値が追加された。晴れてシークとバルドルは一緒に旅をする事を正式に認められたのだ。
「う~、まだ毛虫でも這っているみたいな感覚があるよ、拷問だったと言っても過言じゃないね」
「これから心置きなく好きなだけ堂々とモンスターを倒せるんだ、旅はプライスレスって言うじゃないか」
「プライスだよ! どんな高いお金を払ってでも、検査を免除してもらいたかったね!」
「お金でなんとかしようとするなんて、君も人間臭くなったね、バルドル。お金の大切さを学べたようで何よりだよ」
「人間は臭くなればお風呂に入れる、けれど僕たちはそうはいかない。だから君にこれから拷問の痕跡がなくなるまで拭いてもらうしかない。ほら早く!」
「あ……いや、そういう意味の臭いじゃなかったんだけど」
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