Will 08
食事を終える頃には外もすっかり明るくなり、皆は不要な物を宿に預け、村の北へと向かった。
坂や険しい階段を登り、ようやく北門に辿り着いた時、シーク達は振り返って村と麓の荒野を見下ろす。
「うわ~っ!」
「凄い景色! 観光地になっている理由が分かるね。展望台まで行かなくてもこの絶景なんだもの。屋根の色も可愛くて素敵」
急斜面には、色鮮やかな赤、青、黄、緑などの屋根が、まるで花畑のように続いている。
はるか麓に見える茶色と緑が入り混じった荒野、糸のように細く映る青白い川、遠くの山々。それらは村が宙に浮いているのではと錯覚するような風景だった。
村の路地では見かけなかった猫の姿も、あちこちの屋根の上に見える。我が物顔で移動でき、人間にも邪魔されないため、家々の屋根は猫にとっての特等席だ。
村の東側、左手にある塀沿いには、標高差がある細長い斜面に牧場があり、牛、羊、馬、豚などが放し飼いになっていた。
「高所恐怖症には無理な景色だな。見ろよ、屋根の上に猫がいる、あっちにも!」
「僕は猫は苦手だ、あいつら僕の鞘で爪を研ごうとするんだ」
ゼスタの声にバルドルが反応する。おそらく、一度や二度、鞘を猫の爪研ぎにされたことがあるのだろう。きっと出来るものなら身震いだってしているはずだ。
「俺は猫大好きなんだけど、バルドルの傍には近づけないようにしないといけないかな?」
「『可愛い猫には爪がある』んだよ、シーク。あんな凶悪な獣は類を見ないね、近寄らない方がいい」
「綺麗な薔薇……ってやつかい? そりゃ、爪はあるけど……自分が苦手だからって、俺に避けろというのはちょっと違うと思うよ」
「ごもっとも。でも猫の手も借りたいくらいの時は、僕のを貸してもいいよ。爪も立てないし役に立つ」
「俺にはバルドルの手も爪も見えないんだけど」
何かにつけて話が脱線するシーク達が可笑しくて、ゴウンは豪快に笑う。これからモンスターを倒しに行くような状況とはとても思えないが、神妙にしていればいいというものでもない。
だが、この調子だと出発するまでに時間がどれだけあっても足りない。ゴウンは大きな手を二度叩いて、出発しようと声をかけた。
「この辺りはまだ標高も1500メーテ程で、空気もそんなに薄い訳じゃない。でもここから更に標高は高くなっていく。年配の旅行者が標高2200メーテの展望台で高山病にかかって倒れたという話も聞く。できるだけ体力は温存してくれ」
「分かりました」
皆は返事をすると、これも訓練だと言い聞かせながら山道を歩き始めた。1時間も歩けば多少息は上がってくる。
とそこで、先頭を歩いていたカイトスターが、手の平を向けて止まれと合図した。
静かに指差すその先には少し開けた場所がある。そこにはシーク達が今まで見たことが無いモンスターがウロウロとしていた。
「あれは……何だろう」
「斬ってみれば分かるかもしれないね」
「バルドルは知ってるんじゃないのか? ただ斬りたいだけだろ」
「僕は分かりたいんだ、斬る感触を分からせてほしい」
「つまり何でもいいから戦え、と」
シークとバルドルの掛け合いもやや小声だ。
モンスターは全身が灰色の長い毛に覆われ、顔まで隠れていて、所々汚れて縮れている。モップの先のようでもあり、毛玉人形とでも呼ぶのが相応しい見た目だ。
瓦礫を踏みしめる音が微かに聞こえる中、ゴウンが小声でシーク達に指示を出す。どうやらそのモンスターを倒せという事らしい。
「戦った事はあるかい? あのモンスターを知っているか」
「いえ、知りません、戦った事もないです。ゼスタとビアンカは?」
「俺もない、見たのも初めてだ」
「私も勿論。それに、あの毛玉みたいな生き物はモンスターなの?」
新人3人は知らないと言って首を振る。その様子を見たゴウンは、次にバルドルへと視線を向けた。バルドルはその意味が分かったようで、小さく咳払いをした後、目に前にいるモンスターの解説を始めた。
「イエティ、だね」
「知ってるんじゃないか」
「知らないとは言っていないよ。長い毛のせいで武器での攻撃が遮られ、君達が仕留めるのは大変だと思うよ。火に弱く、寒さにはめっぽう強い」
「じゃあ、最初に毛を刈って攻撃を確実に当てるようにしようかな。ゼスタ、ビアンカ、いける?」
「行けるぜ。でも、自分より格上のモンスターだよな?」
「やるしかないわ。もし強いのなら、見てくれている人がいる時に戦うべきよね」
シーク達はいつもの戦法で行くと決めて頷き、ビアンカが勢いよく駆け出す。
足場の悪いがれきの上をものともせず、迷いのない一振りでイエティの足を狙う。まずはいつものように転倒させようというのだ。
「フルスイング!」
イエティの体格はオーガと然程変わりない。ビアンカのフルスイングはイエティの足へと綺麗にヒットし、足払いは成功かと思われた。
「ウゴォォォ!」
イエティの足にビアンカの槍による足払いが命中し、イエティはその場でよろける。
しかし確かな手応えを感じていたにも関わらず、イエティはその場に倒れ込まない。ビアンカはシークとゼスタよりも先に、格段に強いモンスターであることを確信した。
「槍が折れるかと思った、こいつ、強いわ!」
ビアンカは、初撃はいつも自分の出せる全力でいくと宣言している。
ということは、その攻撃が普段の半分程の威力しか出ていないのではなく、イエティが打たれ強いという事だ。シークとゼスタもそれは瞬時に理解していた。
ゼスタは動揺しながらもイエティの背後にまわり、死角から攻撃をしかける。
他人の攻撃で相手を確認するだけでなく、実際に自分の力がどれだけ役に立つかを知っておくのは決して悪い事ではない。ゼスタもまた、今の状況で繰り出す事ができる全力の技を仕掛ける。
「双竜斬! 切り落とし! ……硬いな、多分肉は殆ど切れていない!」
「ゼスタ、あたしがイエティの攻撃を妨害するから、邪魔な毛を刈っちゃって!」
「おっけい、シーク、いけるか? ガードは任せろ!」
「ああ、いける! 火傷に気をつけて、バルドル」
「お気遣いどうも。まず左腕から狙って、ビアンカがイエティの右にいるから、左手での防御を崩すつもりで」
イエティはビアンカとゼスタを殴打しようと呻り声を上げて暴れる。ビアンカが槍で翻弄し、ゼスタは両手の剣を交差させて防御する。
「魔力を溜めて……ファイアーソード!」
「グギャァァァ!」
「いける、確かに炎に弱いみたいだ! 肌が見えたところを狙ってくれ!」
シークが炎を纏ったバルドルで斬りつけると、切り口が炎で焼かれ、体を覆う体毛が内側から燃える。イエティは思わず痛む左腕を庇い、良く見えない顔をしっかりと上げ、鋭い歯が並ぶ大きな口を開けた。
その口は人間のものよりもはるかに大きい。薄汚れた灰色の毛からのぞく赤い口と並んだ鋭い歯がなんとも不気味だ。
「俺はこのまま攻撃のタイミングを作る! ビアンカも隙があれば攻撃に回ってくれ!」
「分かったわ! シーク、もう一度フルスイングした後を狙って! 私も続くから!」
イエティはどこまでも木霊しそうな低く大きな叫び声をあげ、今度は殴打ではなく体当たりを仕掛けてくる。イエティは足場が悪い山に棲みついているために足腰が強い。
おまけに足払いは繰り返すと相手が慣れてしまい、効果は激減する。
「フルスイング……だめ、効かない! 私はゼスタの援護に回るから、シークお願い!」
「分かった! いくよバルドル!」
「早めに頼むぜ、……くっ、足場が、踏ん張り効かねえ!」
ゼスタは歯を食いしばり、何度も右肩を使ったタックルを剣で弾き、そしてガードをする。よく耐えている方だ。
しかし慣れない瓦礫の中では上手く踏ん張る事が出来ない。ビアンカがすかさず踏ん張りを助けようと後ろから支える。
この状況で攻撃できるのはシークしかいない。
「少しだけ時間をくれ! バルドル、俺の魔力を全部込める! 2人を解放させたい」
「君が僕を信じてくれるなら、僕に斬れないものはないんだ」
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