Will 07


 バルドルはいつになく真剣だが、飄々とした声で「よく分かったね」と答えた。


「その通り。メデューサ、ヒュドラ、キマイラ、ゴーレム、4体と連戦したディーゴ達に、もうアークドラゴンを仕留める余力は無かったんだ。ディーゴは魔王を倒せなかった。倒せた筈だけれど」


「それで、倒すのではなく封印した、それが倒したという話となって今に伝わっている……と」


「うん、君たちの話を聞く限りではアタリ」


「封印は、どうやって行われているんだ? 洞窟にでも閉じ込めたか」


「洞窟も一部あるけれど、封印は魔法結界さ。魔法は、元々はアークドラゴンを封印するために生み出された、人間の秘められた能力だ。祈祷の類を科学的に研究した、ってところかな」


 バルドルは当時のことをしっかりと覚えていて、アークドラゴンをどのように封印したのかを事細かく説明した。本当はどの辺りかを地図で指示し、綻びかけた封印を再構築する術式まで指南したいところだったが……生憎バルドルは動くことが出来ない。


 その時、魔法で封印したという言葉でゴウンがハッとし、顎鬚に手をやる。


 すっかり酔いの醒めたベテランバスターの勘は鋭い。シーク達が起きない事を確認した後、ゴウンはバルドルがシークに隠している事を1つ、あくまでも推理として言って見せた。


「君は、彼を選んだんだね」


「確かに選んだけれど、それはどういう意味か尋ねても?」


「魔法で封印した、君はそう言ったね」


「うん、言ったね」


「封印を再構築するには、魔法使いが必要だ、そうだろう」


 バルドルはゴウンが言わんとする事が何か、理解したようだ。つまりそれは、バルドルがなぜ自身をシークに拾われたのか。


「自分が誰かを介して魔法使いを操るのは難しく、実力も正確には測れない。自分の居ない所で魔法使いが何をしているかの把握も無理だ」


 ゴウンの言葉に、カイトスターとレイダーも、そういう事かと驚いた顔のまま息を吐いた。バルドルは、そこまで分かっているのならと、それ以上は自分の口から説明する事にした。


「ご名答。僕は、魔法使いに使われる必要があった。けれど魔法が広まると、魔法使いは魔法しか使わなくなって、武器を扱わなくなった」


「自分を使うように頼んではみなかったのか」


「ディーゴとそれも試したよ。けれど、僕を自慢するために所持を申し出るか、剣を覚える手間が惜しいと断られるかだった。興味本位で手に取ってくれた人に限って、剣術の才能はまるでなかったり」


「君を持ち歩いてさえくれたなら、使われる必要はないんじゃないか?」


「厳密に言うとそうだね。けれど僕を必要としてくれないということは、封印に必要な僕を頼らないということだよ」


「……君が、封印に必要?」


 バルドルは「そう」と言って頷いた……はずだ。3人のベテランバスターは、バルドルの次の言葉を息を飲んで待っている。


「僕の柄には、封印術式の転写がある。僕自身がアークドラゴンを封印する魔法そのものでもあるんだ。シークの魔力をもって術式で封印を発動させる。そして僕でアークドラゴンを封印する、そういうことさ」


「それは、封印の為に君に誰かが刻んだという事か」


「そういう事。詳しく言えば、魔法の祖と言われた『アダム・マジック』が、封印術式と同じものを僕に刻んだのさ」


 普段は見えないが、バルドルの柄の部分を外せばうっすらと模様がある。それはただの模様ではなく、アークドラゴンを封印するための術式だ。


 魔法の祖である『アダム・マジック』は、魔法を教わる際には必ず語られる偉人だ。彼は魔法を生み出し、発動の仕方や効果、そして数々の術式を書物で残した。


 如何に魔力を増幅するかの研究も並行し、増幅効果の高い鉱物や媒体、魔力そのものを強化できる術式まで解明させた。今の魔法は、彼がいなければ誰も使う事がなかった能力だ。


「確か、勇者ディーゴと共に戦ったバスターが4人いたはずだ。その武器はどうした」


「メデューサ達の封印に使われたよ。僕だけは万が一の際に後世に残すべきだと言われてね。アークドラゴンは僕とディーゴが弱らせ、逃げられそうになったアークドラゴンをアダムが封印に押し込めた」


「もしかして封印に武器を使わなかった事で、弱まってきているということか? 次は魔力を持った者が、確かな剣術の腕をもってアークドラゴンと対峙しなければならない……ということか」


「アタリ。そのために、僕は一度『ただの剣』になる必要があった。伝説の剣だなんて知らない、何の予備知識もない魔法使いの手に渡る必要があった」


「そこに、300年経って彼が現れた、と」


「そう。もっとも、僕は彼に気付いていたよ。姿は見えなかったけれど、毎日毎日離れた森の道を歩きながら『ファイアー!』とか『魔法使いシーク、参上!』って言っている声が聞こえていたからね」


「それで、彼を選んだ、と」


「ん~、決め手はシークの素振りだね。最初、力の込め方も持ち方もぎこちなくて、落とされはしないかと心配だった。でも驚いたよ、素振りされた僕は全くブレがなかった。ピタリと止めて、2度目も最初と全く同じ軌跡だった」


 シークとの出会いを思い出しながら、バルドルは当時のシークに見出した剣の才能を伝える。


「彼が拾って自分のものにした事で、君はようやく悲願の達成へ向けて動き出せるようになった、と」


 ゴウンはバルドルの話を聞きながら、運命的な出会いだったのだと感心していた。


 聖剣が選んだ少年ならば、きっと自分達が成し得なくとも、アークドラゴンの再封印を成し遂げる、そう頼もしくも思ったのだ……が。


「違うよ、違う。全然そうじゃない。聞いておくれよ! シークは『見なかった事にしよう』と言って、僕を置いて立ち去ろうとしたんだ!」





 * * * * * * * * *





 翌朝。


 山の端から太陽が出るのが遅いため、イサラ村は朝6時になってもまだ暗い。標高と山からの風の吹き降ろしのせいで肌寒く、シークはぶるりと震えて目が覚め、辺りを見回した。


 既にゴウン達は目覚めていて、バスターの装備に着替えていた。シークは慌ててゼスタを起こすと、寝癖のついた髪を撫でつけた。


 久しぶりのベッドでの快眠で調子のよいシーク達は、夜に大人たち(敢えて300歳超えのバルドルも含める事にしよう)がとても重要な話をしていたことなど、全く知らない。


 もしこれが「宿代を出してもらった朝」でなかったなら、誰に気兼ねする事もなく、きっとまだこのまま寝ていたいと言って二度寝したはずだ。


「おはようございます」


「おはよう、よく眠れたようだね」


「はい、やっぱりベッドの上で寝るのが一番気持ちいいです」


「そうだな、バスターにとって幸せを感じる瞬間でもある。さ、朝食を食べたら支度をして、少し北まで向かおう。宿はもう1泊取るから、置いていて構わない荷物はそのままにしておくといい」


「え、そこまでしていただく訳には……」


 昨日に引き続き今日も甘えるとなると、シークはそこまでして貰うのは悪いと考え、自分達できちんと宿代を払うつもりだと伝えた。


 しかし、ゴウンは首を縦には振らない。


 シークは申し訳なさそうに頭を下げ、皆で食堂へと向かった。その皆の中にはバルドルも含まれている。


 既にビアンカとリディカも来ていて、7人+1本の大所帯は賑やかにテーブルを囲む。


「シーク、ゼスタ、これからどういうモンスターと戦うの?」


「とりあえず、北に向かって戦闘を見て貰おうって話になったよ。戦い方を教えて貰える機会なんて、滅多にないからね」


「強いモンスターがいっぱいらしいけど……そうね、お願いします!」

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