間話 涼葉の新たな性欲解消法1

 12月に入り、野球部が対外試合禁止期間に入ったある日。

 練習の終わった渚が、帰ろうとしたところで涼葉に呼び止められた。


「渚ちゃん、今から少しいいですか?」

「……なに?」

「渚ちゃんにしかできない相談がありまして……」


 ふむりと渚は考えた。

 今日もすごく頑張って練習した。全身の筋肉が悲鳴を上げて、今すぐ癒やしを求めてる。

 だから涼葉のお願いなんて無視して、マネージャーの癒しマッサージ順番待ち列に、一秒でも早く並びたい。


 けれど渚にとって、涼葉は未来の義妹(確定)でもあるわけで。


 ならば涼葉の悩み相談を受けることは、未来の義姉としての義務かもしれない。

 それに涼葉の相談を解決したとなれば、マネージャーの自分に対する評価だって上がるだろう。

 ひょっとして「渚さんって、強打者で頑張り屋さんなだけじゃなくて、ぼくの妹にも気遣いできる優しい女の子なんだね……今すぐお嫁さんにしたい! 抱いて!」みたいな展開だって無くはないかもしんない的な。


「渚ちゃん、ヨダレ垂れてますよ?」

「……ふえっ!?」

「ああもう拭いてください、これハンカチ」

「……助かる……涼葉、ちゃんとハンカチ持ち歩いてるんだ」

「当然です。さもないと、いざという時に兄さんの汗や体液を採取できな──女子としての嗜みですから」

「……まあいいけど……で、相談ってなに?」

「部室では話せませんので、こちらへ」


 野球部から離れた校舎裏まで歩いた涼葉は、周囲に誰もいないことを念入りに確認すると、連れてきた渚に向かって口を開いた。


「えっと。渚ちゃん、今から涼葉が相談することは他言無用でお願いします」

「……別にいいけど……」

『絶対に、絶対に他言無用ですよ? とくに兄さんはダメです。もし兄さんにバレてしまったら、涼葉は渚ちゃんを殺して自分も死ぬしかありません」

「……そんなの話さない……それでなに?」

「え、えっとですね、その……あのっ!」


 涼葉が顔を真っ赤にして口ごもっていたけれど、やがて決心したように、


「みなさんは性欲処理というものを、どのようになさっているのかと──!」

「………………は?」


 目が点になった。

 なにしろ目の前で超極上爆乳美少女が、目をウルウルさせて滅茶苦茶恥ずかしがりながら聞いてきたのが性欲処理なのだから。


「……どうって、涼葉は今までどうしてたの……?」

「つい最近までは、兄さんに薬を盛って睡眠ックスすることで解消していました。ですが最近、それができなくなってしまったので……」

「……あー……」


 涼葉が兄の童貞を奪い、あまつさえ定期的に睡眠ックスをしていると暴露したのは九月初旬のこと。

 そのことで涼葉は、くずはたち佐倉前三姉妹プラス渚に対して、圧倒的なマウントを取ることに成功した。

 だがその代償として、涼葉は二度と睡眠ックスができなくなってしまったのだ。


「あそこでつい口を滑らせたのは、一生の不覚でした──くず姉がまさか『次にやったら弟くんに全部バラす』などと卑劣な脅しを掛けてくるなんて──!」

「……どう考えてもそれが当然……」

「しかも、しかもですよ? 相手がくず姉一人なら、涼葉の本気のフルパワーで全身の骨や内臓を磨り潰して、なんとかくず姉を物言わぬ人形にすることも可能でしょうが……さすがに三姉妹全員が相手では、かなり勝ち目は薄いと言わざるを得ません!」

「……その時はボクも死に物狂いで戦う」

「なので仕方なくネットで調べて、生まれて初めて自慰行為などしてみたのですが……」


 涼葉がはあ、と大きく溜息をついた。


「なんでみなさん、あんなので満足してるんでしょうかね? 兄さんとセックスするどころか、兄さんに癒しマッサージしてもらう快感の100分の1も得られないんですが」

「……ある程度同意。マネージャーの手による、癒しマッサージの気持ちよさは異常」

「なので次善策として、凄まじくハードなトレーニングで発散したりとか、反政府ゲリラを一人で殲滅する依頼をいくつも請け負ったりとかで、煮えたぎる性欲をなんとか発散しようと試みたのですが──それなりには成功しましたが、やっぱり完全に性欲を抑えることはできなくて」

「わかりみが深すぎる」


 渚もマネージャーの癒しマッサージが受けられない日々が続くと、身体の芯から熱い性欲が噴き出してどうにもならなくなってくる。

 そういうときは、普段からハードなトレーニングを更に何段階も負荷増大させたりとか、ホームランの飛距離を1.5倍にしようとしたりとか、ともかく全身の筋肉を滅茶苦茶に虐めることで発散させようとするのが常である。

 そしてそれは、ある程度なら効果はある。

 けれど根本的な解決になってはいないので、解消できない性欲の澱がゆっくり積もっていくのだった。


「……つまり涼葉は、マネージャーとえっちしないでも性欲を解消できる方法が知りたい。そういうこと?」

「もしくはセックスしても兄さんにバレない方法ですね。無論そちらが第一希望ですが」

「……そんなものはない。あったらボクがとっくにしてる」

「ですよねー……」


 涼葉ががっくりと項垂れる。

 そんなものは無いと頭では分かっていつつも、つい期待してしまうのが乙女心なのだ。


「……でも、涼葉が最高に気持ち良くシコるための手助けなら、ボクに心当たりがある……」

「ほ、本当ですかっ!?」

「……ついてきて。あと、これから先で見る者は絶対、だれにも言っちゃだめ」

「兄さんの純潔にかけて約束します」


 そんなものとっくにお前が奪っただろう、なんてツッコミを入れる人間はここにはおらず。

 二人は息を潜めて、忍び足で校内を移動するのだった。

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