第203話 春の兆し
「んで、どうして俺は生き返ったんだ?」
自分が生き返ったのだと理解をした俺は、正面に立つセインへ質問を投げかける。
まず大前提として、セインの剣によって胸を突かれた俺は確実に死んだ。セインが俺を生き返らせたのは分かるのだが、それの要因を知りたい。
「それに関しては、君の方がよく分かってるんじゃない?」
それに対してセインは少し意地悪そうに笑って言う。
はて。まあダンジョンの制覇ボーナス的なアレによるものだとは理解しているが、どのダンジョンを踏破したのかは見当がつかない。もしや、俺の知らないダンジョンでもあるのかと思ったのだが…
「グレースダンジョンっていう、100層以降が未開拓だったダンジョンがあってね」
「!?、お前、まさか…」
「ああ。君の思う通り、200層までソロで攻略してきたよ。結局、3年もかかっちゃったけど」
「3年…」
直後、セインの口から紡がれたその言葉に驚きを隠しきれない。
かつて、俺が100層までソロで踏破したグレースダンジョン。確かにあのダンジョンは101層以降も続いているようだったが、上層に行くほど難易度が上がっていくことを考えると、200層までがどれだけの難易度になっているかは想像がつかない。
それを死なずにたった3年で攻略とは…俺との戦いを経て、セインはさらに大きく成長してしまったようだ。
パンッ
と、そのとき。
左後方から一塊の拳が降ってきた。
「———何するんですか。こちとら病人ですよ。労ってください」
それを適当に受け止めた俺は、その拳を突き出した人物へと問う。
「何言ってるの。私達が忙しい中、3年も休んでたくせに。———みんなに言うこと、あるんじゃない?」
その拳を俺へ向け放った人物———クリーム色の長い髪を携えた、碧色の瞳の少女——シエルは悪びれもせず、なんなら俺に謝るよう促してきた。
…まあ、こればかりは彼女の言う通りか。
母さんにも釘を刺されたし、謝っておくべきだろう。
「…えー、この度は誠にご迷惑をおかけしました。本当申し訳ない。それと、ただいま」
「本当ですよ!!」
「ブッ、」
謝罪の言葉を言い終わると同時、今度は右方向から突然伸びてきた2本の手が顔を挟み、俺は無理矢理横を向かされる。
「ちょ、アーネ、何を…」
顔の向けられた先では、それを掴んでいる張本人——淡い茶髪に水色の瞳を持つ少女——アーネが間近までその顔を近づけていた。
彼女の髪はかつてのものと同じ様に、肩程度の長さで揃えられている。
「少し大人しくしててください。3年ぶり——いや、記憶を無くしてた期間も含めれば4年半ぶりのアルトさんなんです。もっとじっくりと見させてください」
真剣に俺の顔を見つめるアーネは、その手に込めた力を全く弱める気がないらしい。
いや、むしろその手の力は強まっていて、俺は一切の抵抗が許されなかった。
「え、どうして、記憶は———」
「ああ、うん。なんか、アルト君の記憶を見てるうちにアーネちゃんの記憶が戻ったらしくて。“記憶”の魔人でも記憶を完全に消すことは出来なかったみたいだね」
そんな状況下でなんとか絞り出した言葉に、シエルがそう返答をする。
メモリアが記憶を消せなかった?いや、そんなことは無い。彼女の力があれば、対象の記憶を任意に消すことは十分可能なはずだ。しかし、現にアーネの記憶は消されていない。
それは何故だ?…メモリアはわざと完全に記憶を消去しなかった?あくまでもアーネの記憶に蓋をしただけで、俺には消した風に見せかけた?
いや、そうだとしてもその目的が分からない。何故メモリアはそんなことを———彼女はこの展開を初めから狙っていた?俺が記憶を共有することで、アーネの記憶が戻るということを。……俺のために?
「はぁ…アルトさんが動いてます…血が通ってます、温かいです…やっぱりアルトさんはカッコいいです———キスしてもいいですか?」
「まてまてまてまてまて!!!」
そんな風に思考を巡らせている間にもアーネの顔は危ない方向へと蕩けていき、遂にはそんなとんでもないことを言い出した。
火事場の馬鹿力だろうか。その言葉を聞いた俺は必死の抵抗により、アーネの手の中から逃れることができた。
「む、どうしてですか。どうせ私たちは結婚するんですし、今更どうこうという問題ではなくないですか?」
「は?、け、結婚?何を言っているんだ?」
更に飛び出したアーネの発言に、俺は驚くどころかむしろ呆気に取られてしまう。話が突飛すぎやしないか?
「はぁ…もしやとは思っていましたが分かってないんですか……アルトさんは全人類へその記憶を共有したんですよね?アルトさんにとっては前世の方の記憶が重要だったのかも知れませんが、今世の記憶もしっかり共有されてるんですよ?」
「お、おう。それは分かっているが…」
状況の飲み込めない俺にアーネはやれやれと言った様子で息を吐き、こちらへ人差し指を突き付ける。
勿論、俺自身の全ての記憶が共有されたことは分かっている。だが、一体どうしてそれが結婚などに結びつくのだろうか。
「だからアルトさんが見聞きしたこと、私達と過ごした記憶も共有されてるんです。例えば——私とのベッドの上での出来事とか」
「!!?」
「つまりあの日の事も、すべて共有されてしまったんです!!アルトさんには責任をとってもらわなければなりません!!」
そう言って俺へと迫るアーネの顔は若干赤く染まっている。
そうか。俺の記憶が共有されるということは、それに付随して間接的に他の人間の行動も共有されるのか。———完全に盲点だった。
「———それに関しては、私も物申したい」
「!?、オリア!?、いつからそこに…」
アーネから語られた事実に何も言えないでいると、大きな布団の中から勢いよく金髪碧眼のエルフの少女——オリアが飛び出してきた。
まさかずっと布団の中にいたのか?辺りに姿がないとは思っていたが…全く気が付かなかった。
「…そんなことは今、どうでもいい。アルト様、アーネの言ったように私の名前も全人類へ共有されてしまった。これはエルフである私にとって非常に由々しき事態。アルト様には責任を取って貰わなければならない。これは結婚しかない。一択。」
オリアは俺の体にその手を置き、見上げるように顔を近づけてくる。ちょ、近い近い!
「そ、それなら、私だって、アルトとのキスが…」
「キスなら私もしました!」
「…キスは私もした」
「ちょ、ちょっと三人とも落ち着け!!」
オリアの主張に私もと参戦したイヴェル、そしてそれに更に私もと入ってきたアーネ。
混沌の様相を呈してきた状況に、俺は一度待ったをかける。
…仕方ない。彼女達の気持ちは嬉しいが、俺には彼女達とは生きられない理由がある。
「3人とも、少し考えてみてくれ。俺は名実共に魔王になってしまった。人類と魔人が結婚だなんて——」
「何を言ってるんですか。初めに魔族と人類の共生を志したのはアルトさんでしょう」
「…そう、むしろ私達が結婚することで、共生への架け橋になる」
「二人の言う通りだ。それに、記憶を見て分かった。魔王になったとしてもアルトはアルトだ。魔王云々はアルトを嫌う理由にはならない」
「…え、ええっと、記憶を共有したとしても、俺はきっとこの世界では嫌われ者になる。つまり、王都などの都心にはもういることは出来ないだろう。だから俺はきっと、人のほぼ居ない辺境の村とかに隠れて住むことに———」
「全く問題ありませんね。私はアルトさんさえいれば十分ですし」
「…それに、人が少ないということはライバルが増えないということ。こちらとしても好都合」
「うむ。それに、我々はみな瞬間移動を会得しているからな。交通の便に関しても問題はないだろう」
「…」
駄目だ。三人とも全く動じず、その意思を曲げる様子がない。
え、マジ?どうして彼女達はこんなに乗り気なんだ?彼女達三人は非常に優秀な存在だし、人類側としても絶対に都心に置いておきたい人材だと思うのだけれど……致し方ない。彼女達には悪いが、最終手段を使うとするか。
「三人ともよく聞いてくれ。いいか?今まで黙ってはいたが、俺の体は魔王としての力に耐えきれていない。ここから生きれても良くて数年だろう。だから三人とも、他の良い人を———」
そう。俺は生き返ったとはいえ、その全てがリセットされたわけではない。きっと体内には未だ魔王の魔力が残っていることだろう。
それは確実にこの体を蝕んでいき、きっと数年後に俺は死んでしまうと考えられ———
「いや、それに関しては問題ないよ?」
「へ?」
しかしそんな仮説はアーネ達三人ではなく、その横に立っていたシエルから何のことでもない様に否定された。
「魔王の魔力なら私が全部取っておいたから。感謝してよ、3年かけて頑張ったんだから」
「え、それは…ありがとうございます」
シエルの言葉を受け、俺は自身の魔力を確認する。……確かに、魔王の魔力は全て消えているようだ。
そうか。シエルは聖女だし、魔王の魔力を取り払うことも時間をかければ不可能ではないのだろう。しかしメモリアに大部分を明け渡したとはいえ、あの魔力量を一人で取り除くとは…瞬間移動の件といい、この3年間で彼女達はかなり強くなったようだ。
「まあ、君の記憶を見てこんなカス野郎はまたすぐに死ねば良くない?とは思ったんだけどね、みんなに頼まれちゃったから。あの記憶を見ても愛し続けてくれた彼女達に感謝しなよ」
「そう、ですか…」
その後すぐにシエルからは辛辣な言葉が飛び出るが、全くもってその通りなので何も言い返すことができない。
「……でもこんなことになるなら、私もキスの一つくらいしておけば良かったかな」
「え?」
「いや、何でもないよ」
最後に呟かれたシエルの言葉は、再びギャーギャーと騒ぎ始めたアーネ達の声によって掻き消され、俺の耳へ届くことはなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅー、こんなもんかな」
額に滲んだ汗を手の甲で拭き取り、運んできた大量の薪を地面へと下ろす。
魔法を多少使えるとはいえ、魔王としての魔力を失ってしまった俺は今はただの一般人だ。薪を少し運んだだけでも普通に疲れる。
「アルト」
適当に置いた薪の隣で少し休憩をしていると、そう後方から声がかかった。
「お、セインか」
「どう?復興の調子は」
その声の主は、金髪碧眼でthe 王子様といった容姿をもつセイン次期国王陛下様だった。
魔王討伐という栄誉に加え、彼は王族の血を引いている。次期国王に内定するのは当然といえば当然と言える。セインは名実共に王子様となったわけだ。
俺の後方に立ったセインは目の前に広がる広大な土地———かつて、ヌレタ村が存在していた土地を眺めて言った。
「まあまあかな」
俺もセインと同じようにその広大な土地を見つめ、そう答える。
俺がセインによって生き返らされたあの日から約半年が過ぎた。
この世界は人類及び魔人の共生に向けてセインやアイラ主導の元、少しずつだが前進している。
その一方で俺の復活は人類にとってあまり望ましくないものとして、一般には公にされていない。そのため俺は人目を避けられる場所に住む必要があった。
そこで俺は、ヌレタ村の跡地であるこの場所に生活の拠点を置くと決めた。この地に再度新しい村を構築するために。
「んで、急に来てどうした?なんか手伝いか?」
俺は後ろのセインへと話しかける。
勿論、彼はヌレタ村の復興に力を貸してくれてはいるものの、俺のようにここに住んでいるわけではない。
セインは次期国王としての業務をこなしながら、時折瞬間移動でこの土地へと顔を出すのだ。
「いや、今日はちょっと招待状をね」
そう言ってセインは高級そうな洋服の内ポケットから、一枚の紙を取り出して俺へと差し出した。…赤紙だ。
「…おー、やっと結婚するのか。おめでとう。式典には必ず参加するよ」
その招待状の中身を確認すると、それはセインとシャーロットの婚姻式典への招待状だった。つまり、セインはシャーロットと結婚することになったらしい。これはおめでたい。
式典へは変装でもして参加するとしよう。
「うん、ありがとう。それで…アルトの方はしないの?」
そしてセインは、広大な土地の中のある一点に目を移して俺へと問う。そこには仲良さそうに薪集めを行う3人の女性の姿がある。
「そうだよな…そろそろどうにかしなければいけないんだが…」
セインからの最もな疑問に俺は頭を抱える。俺がヌレタ村を復興させる旨を彼女達へ伝えると、彼女達は一瞬の迷いもなく俺について来ると応えた。
今は復興のことがあるからと彼女達のことはなあなあにしているが、いずれ決めなきゃいけないよな…
「もういっそのこと、なんだっけ、ハーレム?ってやつになっちゃえば?」
「セインからその言葉は聞きたくなかった」
悩みの解消に力を貸してくれたセインだが、彼の口から飛び出したハーレムという単語に少しだけショックを受ける。
まあ、この世界は異世界なのでそういうことが出来ないこともないのだが……元日本人としては、一夫多妻制は少し抵抗があるというか。
「なんでさ、元々僕をその立場に据えようとしてたくせに」
「それを言われると心が痛い」
続々と飛び出すセインからの鋭い指摘に、俺は何も言い返せない。
セインの言う通り、原作の小説のラストでは彼には3人どころではなく5,6人の女性を侍らせる予定だった。まあ、それに比べれば3人はまだ可愛い方なのかもしれないが…
「アルトさーん!」
「アルト様!」
「アルトー!」
そんなことを話し合っている俺たちの視線に気が付いたのか、その3人はこちらを向いて大きく手を振ってきた。
「…まあ、なるようになるか」
俺はそう呟き、彼女達へ軽く手を振り返す。
俺はひとまず諸々ことについて考えることをやめ、追加の薪を運ぶため再度腰を上げる。
ひどく長く、凍えるように寒かった冬は終わりを告げ、季節は新しい芽吹きの季節へと移り変わる。
ゆっくりと立ち上がった青年の後方には、その背中を軽く押すように、暖かな風が優しく吹き込んでいた。
————————
というわけで、明日のエピローグを経て本小説は完結となります。
見方によっては蛇足だと感じられるかもしれませんが、最後までお読みいただければ幸いです。
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