第202話 別れと再会

一体どれだけの時間が経ったのだろうか。


その感情が落ち着いたのか、はたまた体から全ての水分が出尽くしたのか、俺の目から溢れていた涙は次第にその勢いを落としていった。


「あれ、村のみんなは…」


ぼやけていた視界が晴れ、辺りを見渡すとそこには村のみんなの姿はなく、両親が相変わらず隣にいるだけだった。


「ああ、みんなは先にいったよ。お前達二人に会えて満足したんだろう」


その疑問に父さんは、少し上の方を見上げて答えた。


俺達二人——きっと俺とセインのことだろう——に会ってヌレタ村の住人達の心残りが無くなり、この世界に留まっておく必要がなくなった。つまり彼らは、天界の方へ還っていったのだろう。


俺が原因で彼らを1年以上も現世に引き留めてしまったのか。本当に両親を含め、彼らには申し訳ないことをした。


「じゃあ、俺達も行こうか。ここにいても何もすることは無いし———」


俺は隣の両親の手を取り、その手を引く。


俺と会ったことで両親の未練は晴れただろうし、俺にはそもそも未練などない。久しぶりの家族団欒を楽しみながら天界に行くのも悪くないだろう。


「——いや、アルトは俺達とは別だ」


「そうね。アルトは私達と一緒には来れないわ」


しかし手を引かれた両親はその足を動かすことはなく、その首を横に振るだけだった。


「え?」


その言葉の意味が理解できず、両親の方を振り返った、そのとき。


「———時間が来た、みたいだな」


父さんが自身の手元を見て呟いた。

そちらを見てみると、父さんの手と繋がれたもう一方の手———その俺の手が淡い緑色に発光していた。


「な、なんだ、これ、」


すぐに父さんと母さんから手を離し、自身の手を眺める。発光したその両手の端の方からは、同じように緑色に発光する小さな粒子が宙へ飛んでいっている。


その現象は手以外の足や胴体でも起きており、俺の体は全身が均等に削れていく。


「じゃあな、アルト。お前を息子にもてたことを誇りに思うよ。俺達がいなかったとしても、お前は俺と母さんの自慢の息子だ。———まあ色々大変だとは思うが、頑張れよ」


「迷惑かけたんだから、後でちゃんとみんなに謝らなきゃダメよ?———じゃあまたね、アルト。私達はずっと貴方のことを見守っているわ」


手と足が完全に消えた体は、ゆっくりと宙に昇っていく。それに抵抗する術はない。


そんな様子の俺を見上げ、両親は笑顔でそう別れを告げた。


「アルトさん。貴方のご両親は私が責任を持って天界の方へ案内させて頂きます。こちらのことは気にせず、どうぞ心置きなく」


そしてその近くにいたエリーナも、やんわりとした笑みを浮かべて小さく手を振っている。


「俺はまだ、母さんや父さん達と——」


その言葉を紡ぐよりも前に口は粒子となって消えてしまい、その直後、俺の意識は真っ白に塗りつぶされた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



次に意識が戻ったときに、視界に映ったのは真っ白な天井——ではなく、煌びやかな装飾の施された天井だった。


身体の上には大きな布団がかけられており、俺はベッドの上に寝転がされているようだった。


「「———!!」」


ベッドに横になっている俺の周りにはいくつかの人の気配がある。しかし、彼らはこちら見て心底驚いているようで、誰もその声をあげようとしなかった。


そしてその中でも、俺の足元にはよくよく見知った気配があって。


「魔王を進んで復活させる勇者とか…お前は馬鹿なのか?」


俺は自らの体を起こし、沈黙の続く室内でそれを破るようにその人物へと声をかける。


「誰にも相談せず突然魔王になった挙句、好き勝手して死んでいった君には言われたくないね」


体を起こした俺の正面に立つ金髪の青年は、軽く笑ってそう言い返す。


前に見たときよりも多少背が伸びているだろうか。それに加え、纏っているオーラがかなり洗練されていることが窺える。


あれからどれだけの時間が経っているのかは分からないが、かなり強くなっているようだ。


「久しぶりだね、アルト。また会えて嬉しいよ」


「ああ、久しぶりだな、セイン。俺はそれほどでも無かったが」




かつて、その命を削り合った勇者と魔王は今ここで再会を果たし、まるで友人かのように互いに笑い合った。

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