第189話 勇者の決意

「アイラ…!!」


画面に映った酷く怯えた様子の妹の姿に、握り込んだ拳には自然と力が入る。

アイラは王宮に帰っていたのか…!!


「セイン君、瞬間移動だ!早く皇女を助けに行くぞ!」


「は、はい!」


その光景から目を離せなくなっていた僕へ、学園長から鋭い声が飛ぶ。


そうだ、僕は何をしているんだ!僕が、僕がみんなを救わなきゃ———


「…!?、で、出来ない!どうして!」


しかし、王宮への瞬間移動が発動することは無かった。それは学園長の方も同じだったようで、あり得ないとでも言うかのようにその目を見開いている。


それから僕達は目的地を変えて何度も瞬間移動を試したが、それらが成功することは終に無かった。どうやら王宮内どころか、王宮の半径数kmに渡って瞬間移動が行使できなくなっているようだった。


「こ、来ないで!」


僕たちが戸惑っている間にも、アルトはアイラへ向かって一歩ずつ近づいていく。

アイラは腰を抜かしているのか立ち上がることは出来ず、ゆっくりと後ずさるだけだ。


「…処分しますか?」


「——いや、いい。皇女は攫っていこう。人質としての価値は十分にある。それに———」


アイラへと残り三歩、二歩と迫ったとき、アルトは急に後ろを振り向いてその腕を大きく伸ばした。


「これで、最後の一人だ」


「あ゛、ぐぁぁ…ッ」


そのアルトの突き出した手には人間の顔が掴まれており、その姿が映った瞬間、イヴェル先輩が絶叫するように叫んだ。


「ヴァルス兄様!」


その頭を掴まれていたのは、僕も何度か見たことのある赤髪の剣士——王国剣士長ヴァルスさんだった。


イヴェル先輩の兄であるヴァルスさんは、アルトの後方から奇襲を仕掛けようとしていたのだろう。しかし、アルトには通じなかった。


「ヴァルス王国剣士長。こいつを殺せば、王国側の戦力はガタ落ちだ。それに俺たちの力の誇示にもなる。———この間は世話になった。せめて、楽に逝かせてやる」


「がぁッ、」


アルトが最後にそう告げると、ヴァルスさんのその体は一瞬で闇の魔力に包み込まれた。


それから数秒後、彼を包んでいた闇の魔力は消え、そこに残っていたのは——


「はい、大変身。なんつって」


—————大量の灰だった。



「な……そん、な…」


その映像を見たイヴェル先輩は、力の抜けた様に地面へとへたり込む。その絶望しきったような両眼からは、透明な液体が止まることなく流れ出している。


辺りへ視線を動かすと、学園長はその上空の光景から目を伏せ、シエル先輩とアーネさんはその口元に手を当てたままショックで固まっている。


「メモリア」


そんな僕たちの様子とは裏腹に、至って普段通りのアルトは床に積もる灰へは一目もくれず、ピンク色の魔人——メモリアの方へと声をかけた。


「はい、いつでも帰還できます」


「アイラ!」


アルトに返答したメモリアの腕には、気絶したアイラが抱えられている。僕の振り絞った声が、彼らの耳へ届くことはない。


「おう、分かった。あ、あー、これってまだ聞こえてるよな?えー、俺からの放送はこれで終了です。力無き憐れな皆様、せめて悔いのないように、良い1年半をお過ごし下さい。では」


最後に思い出したかの様に画面へ向き直ったアルトは、軽くそうとだけ告げて一方的にその放送を切った。



先程まで凄惨な光景が映し出されていた上空では、まるで何事も無かったかの様に美しい青空が広がり、数羽の鳥が自由に飛び回っている。






そんな青空の下。


「…アルト、いや、魔王カトウ。僕はお前を絶対に許さない!!」


血の滴るほどに拳を強く握りしめながら青年の呟いた言葉は、他の誰にも聞かれることはなく澄んだ空気の中にゆっくりと溶けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る