第186話 消去

「なんだか、かなり久しぶりのような気がするな。実際は1日ぶりなんだけど。それと、やっぱり瞬間移動が便利すぎる」


魔王城から転移先——学園の保健室に降り立った俺は、辺りを見渡してしみじみと呟いた。


瞬間移動を自身の力で使ったのは初めてだったが、場所を思い浮かべるだけでこんなに簡単に移動できるとは。このスキルが非常に便利であることを改めて実感する。

それと魔王になってみて、魔王も魔王で勇者に引けず劣らずチートみたいな才能を持っていることが分かった。


セインの持つ勇者の才能はいわゆる晩成型——勇者自身の経験を経て次第に開花していくタイプなのだが、それに対し魔王の才能は経験などは全く関係無く、初めからその全てが開花しきっているようだった。


セインの成長が少し早いとはいえ、イシザキはこの才能を持っててどうやって負けたんだか。


「!?、アル……ト?いや、お前は…誰だ?」


現在の時間はかなり遅いというのに、保健室内には律儀にもアーネ達を見守るイヴェルの姿があった。


彼女は現れた俺の姿を確認すると、どこか不自然さを感じ取ったのかすぐに腰の剣へ手をかけてこちらへそう問いかけた。


うーん、別に1から説明してもいいのだが……あまりゆっくりしていられる時間は無さそうだし、今は手短に済ませることにしよう。


「…取り敢えず、俺はもうアルトではないです。その辺の話は少しややこしくなるので、残りはセインにでも聞いてください。では、おやすみなさい」


「なッぁ———」


こちらへ向かい走ってくる2つの気配を察知した俺は、面倒なことになる前にイヴェルを威圧で気絶させる。


「おっと」


立ったまま気絶し、そのまま倒れ込んできた彼女を咄嗟に抱き抱える。

このまま床で寝かせるわけにも行かないし、ベッドにでも寝かせておくか。


「あ、そうだ。あいつらも呼ばないとな。———招集」


イヴェルを抱き抱えたままそう唱えると、召喚した時と同様に片膝を突いてその首を垂れた七魔仙達が俺の後方に出現した。


「よし、お前ら全員いるな。取り敢えず、俺が指示するまでは——」


何もするなよ、と言葉を続けようとしたとき、


「イヴェル先輩に何をするつもりだ!」


保健室の扉が突然、外側から勢いよく開かれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「シャルム、良くやった」


「…ありがたき幸せ」


保健室へと飛び込んできたセインとアーレットの2人を眠らせそれぞれをベッドへと運び終えた後、俺はアーネとシエルを見据える。


「さて、ここからが本題だ。メモリア、エスプリ」


「「はッ」」


その名前を呼ぶと、”記憶”のメモリアと”精神”のエスプリが立ち上がった。


「お前らに頼みたいのは、この少女——アーネについて。俺に関する記憶の消去及び心の修復だ」


立ち上がった2人に、眠るアーネの顔を見つめて依頼内容を伝える。


彼女の目を覚さない原因は、ボロボロになってしまった彼女の心がそれを拒否しているから。そして彼女の心が壊れてしまった原因は、もしかしなくても俺にあるのだろう。


つまり彼女を起こすためには、その壊れた心の修復が必須条件。そして彼女の記憶から全ての元凶である俺の記憶もついでに消去することで、彼女の心の崩壊の再発を防ぐことができると考えられる。


その行為が、彼女の数年に渡る想いを冒涜するものであることは重々承知している。だが、これが俺の出した結論だ。


まだ彼女は学園の2年生。性格は非常に明るく、勉学も文武の双方に長けている。そして可愛らしい彼女のことだ。俺がいなくとも自らの人生を十分に謳歌できることだろう。


「———承知しました」


そんな頼みにメモリアは、恭しくその頭を下げ了承した。それに対し、


「え、この子の心を…ですか?これ、かなり損傷が激しいですよ?これを直すのは、ちょっと厳しいんじゃ——」


アーネの方を一目見たエスプリは、その要望に難色を示した。


「ははは、面白いこと言うな。可能かどうかなんて関係ない。俺の命令に対する返事は、はいかイエスだ。分かったら、とやかく言わずにやれ」


「は、はい…」


しかし、そんなエスプリへ向けて笑顔と殺気を向けながら再度頼んでみると、彼女は若干泣きそうになりながらそれを承諾してくれた。忠実な家臣がいてくれて助かった。


「じゃ、後は宜しく頼んだぞ。———んで、俺はこっちかな」


アーネの事をメモリアとエスプリに任せ、俺はその隣のベッドで眠るシエルの方へと向き直る。


シエルの目を覚さない理由は、その体の主導権を邪神と取り合っているからだ。

その彼女を起こす方法は至って単純で、シエルの体内に未だしぶとく取り憑いている邪神を追い出せばいい、ただそれだけだ。


「今度こそ、お前を消すよ。フルーナ」


俺は眠るシエルの腕に触れ、そこから闇の魔力を慎重に流し込む。


闇の魔力は基本的に人間にとっては毒だ。

それを全力でシエルの体に流し込めば、邪神を排除したとしても彼女は一生目を覚さない。


だから俺は、フルーナを追い出すための必要最低限の量だけをシエルの体へ的確に注入する。すると魔力を流し込む度に、何かをその外へ押し出すような感覚があった。

そして———


「ふぅ——こんなもんか」


作業をすること20分弱。

シエルの体から不純物を完全に取り除けたことを確認した俺は、彼女の腕から手を離し最後に回復魔法をかけた。闇の魔力を注入されたことで、体にどこか不具合を起こしていたら本末転倒だからな。


現在シエルの体から自然と発せられている魔力も彼女本来のものと一致する。これなら数時間以内には目を覚ますことだろう。


「魔王様、こちらも完了致しました。記憶の削除及び、心の構築は成功です。私が保証します」


その数分後には、メモリア達によるアーネの治療も完了した。


ベッドの上で眠るアーネの姿は俺から見れば何も変わっていないように見えたが、メモリアがそう言うのなら成功したのだろう。


「あ、」


と、そのとき。ふと、頭に1つの考えが浮かんだ。


「……メモリア、少しこっちに、」


「———やらないぞ。それは魔王様の自己満足だ。彼女達を救う為ではない」


その案を実行するためメモリアを呼ぼうとすると、何も言っていないというのに彼女はすぐにそれを拒否した。


きっと彼女は俺の考えている事を察したのだろう。



———シエル、そしてイヴェルに対しての、俺に関する記憶の削除。



「…だが、俺が命令すればお前はやるしかないだろ?」


俺は拒否の意思を示したメモリアの目を見て問う。


もし仮にこのままシナリオ通りに事が運べば必ずセインを含めた彼女達は、俺と戦うことになる。そのときに敵である俺との記憶が残っていれば、それは大きな負担となるだろう。


勇者であるセインにはその負担を自身の力で乗り切って欲しいものだが、彼女達からはその負担を取り除いておいた方がいいのではないだろうか。


「…そうだ。だが、人の記憶ってのはそう簡単に操っていいものじゃない。ましてや、その人にとって大切な記憶なんかは」


俺の視線を真っ向から受け止めたメモリアは、尚も拒否する姿勢を崩さない。少なくとも、彼女の意思で了承することは無さそうだ。


そんな睨み合いが1分ほど続いた後、


「……まあいい、当初の目的は既に達せられた。俺はやることがあるから、お前らは先に帰ってろ。」


先に折れたのは、俺の方だった。


「……良いのか?」


「お前はやりたくないんだろ?お前の信用を失ってまですることでは無いと判断しただけだ」


強制されると思っていたのか、撤退を告げた俺に対しメモリアは怪訝そうな顔をした。

まあ、止めていなかったら確実に実行していただろうが。


彼女の言う通り、イヴェル達に関してはアーネとは違って確実に施さなければならないというものでもない。彼女にはこれから大きな仕事を頼む予定だし、そのメモリアからの信頼を失うくらいならわざわざ実行する必要はないだろう。


「…魔王様の言う通り、私達は魔王様の命令には刃向かえない。…私たちはただの道具に過ぎないんだぞ?道具に信用なんて、」


「お前がどう思っているかは知らないが、少なくとも俺はお前のことを道具だとは思っていない。また、臣下の務めは何も王の意見を受け入れることだけじゃない。王が間違った道に進もうとしていたとき、それを制止するのも臣下の務め。これからも進言があれば、その都度聞き入れるつもりだ。まあ、最後の目的を変える気は更々無いけどな」


強気だった先程とは対照的に目を逸らして自虐的に言ったメモリアへ、俺は彼女を無碍に扱う意思はないことを伝える。


彼女には締めるところはきっちりと締めてもらう予定だが、そうでないところは個人の裁量に任せようと思っている。それはメモリア以外の七魔仙も同様だ。


「…そうか。」


その返答を聞いたメモリアは小さくそう呟くと、空気に溶けるようにしてその姿を消した。きっと魔王城へ帰ったのだろう。


他の七魔仙達もそれに続くように撤収し、保健室は俺と眠る5人の男女のみの空間となった。


さて、俺もやるべきことをやっときますか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「帰ったー」


保健室での所用を済ませた俺は、転移先である魔王城の中心で軽く伸びをする。


「…何をしていたのかを、伺っても宜しいですか?」


予め待っていたのか、すぐに隣へとやってきたメモリアがそう尋ねてきた。


「ああ、別に大したことじゃない。気持ち程度の餞別と———起きたときに誰もいないのは寂しいからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る