第183話 魔王たらしめるもの

魔王を魔王たらしめるものとはなんなのだろうか。

分かりやすく言えば、何を以てして魔王が魔王として存在——周りからそうであると認められるのか。


生まれ持っての強靭な肉体?研ぎ澄まされた思考力?はたまた何事にも屈しない精神力?無条件に忠誠を誓う優秀な部下達の存在?それらを統治するカリスマ性?


いや、それらは確かに強力なものではあるが、決して俺たち人間にも後天的に得られないものではない。



魔王が先天的に持っていて、通常の人間には得ようのないもの。それは、魔王の持つ特異的な魔力だ。 


メモリアは言っていた。

魔王の側近である彼ら七魔仙は、魔王の魔力から作られるのだと。魔力から肉体を構築し、それらの肉体に意思を宿らせる。そんな芸当が可能であるのは、それこそ魔王や女神くらいのものだろう。

かつ、それは勇者の光の魔力に匹敵するくらいに強力な闇の力を持っているのだ。これを特異的と言わずに何と言うのか。



さて、ではこの魔王の素質たる魔力を無理矢理に人間の体内へと取り込んだらどうなるのだろうか。


自身の許容量を超えた膨大な魔力は便利な存在とは一転、簡単に自身の体を破壊する毒へと変化する。また闇の魔力はこの世界で最も使用者の少ない属性で、その魔力は人間が扱うのに適していない。


そのため、なんの対策もせずに魔王の魔力を取り込もうとすれば、良くて魔力の暴走による即死。中途半端に終わってしまえばじわじわと全身をその魔力に侵食され、死ぬまで凄まじい吐き気と倦怠感を伴った苦しみを味わうことになるだろう。



だが、闇魔法を使用することが出来て、その体が闇の魔力に順応している。更に、魔力の操作にも精通していて魔力の取り込む量を調整することができる。そんな人間だったらどうだろうか?



魔王イシザキの胸に突き刺した透明な剣。これは透魔石のみから作られた特殊な剣だ。


透魔石、覚えているだろうか。

魔力の適性を調べるのに使用される石で、魔力を流すとその適性に応じてその色が変化する石だ。そして、この石の最たる特徴として———魔力の伝導性が非常に高い事が挙げられる。


つい先日、俺はセインが寝ている間に頭のはち切れるような思いをして、ドレインスキルというものを取得した。これは触れた対象からある一定の割合で魔力を強制的に奪い取るというスキルだ。

一見強力そうに思えるが、対象から奪い取れる量は対象の魔力量の10%程度。実用性に少し欠けるこのスキルは需要が低く、魔導書の値段も手頃だった。


このスキルと透魔石の剣。この2つが合わされば、魔力を吸収する剣の完成だ。

これを魔王であるイシザキに突き刺し、その魔力を限界まで吸収すれば。後天的に———ソレになれるのではないか。


まあ、ここまでは理論的に可能性があるというだけの話で、理論と現実は必ずしも一致するとは限らない。想像を超えて魔王の魔力が強力で俺の四肢が吹き飛ぶかもしれないし、魔力の調整に失敗してこれまた俺の脳天が吹き飛ぶかもしれない。だが、結局のところやってみないことには分からないのだ。


そしてこの仮説の最後には———転生者かつ著者としての補正、及び女神様の慈悲があることに期待して。


「———ドレイン」


死を目前にして急激に増大するイシザキの魔力を前に、俺は小さくそう唱えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ドレイン。そう唱えた瞬間、両手で掴んだ剣から大量の闇の魔力が全身へと流れ込んできた。


「ぐ、ぐゥゥゥゥ!!!!」


異物が体内に直接入ってくるような気持ちの悪さ。それに加え、体の節々に走る猛烈な痛み。視界が白から黒へと反転を繰り返し、無重力空間にいるような感覚に陥る。


正直らここまでだとは思っていなかった。

入ってくる魔力の調整?そんなこと出来たものではない。今の俺にできるのは、自分の体を信じてただ流れ込んでくる魔力を受け入れるのみ。


「グァァァァァ!!!!」


突如、魔力を奪われているイシザキが吼えた。


最期の抵抗というやつだろうか。

死の間際までその魔力を吸われているのだ、そりゃ抵抗の1つや2つしたくなるだろう。だがその抵抗は虚しく、その魔力はむしろその勢いを強めて俺へと流れこんでくる。


「がぁぁぁぁぁぁ!!!」


イシザキに続き、俺も思いっきり叫ぶ。そうでもしなければ自我を保つことが出来ない。


そして口がイカれたのかそれとも耳がイカれたのか、はたまたその両方か。発しているはずの自分の叫び声は段々と遠くなり、周りの音や光などの全ての情報が遮断される———と、思われた直前。


俺を襲ってきていた猛烈な魔力の流れは、それの存在がまるで嘘だったかのようにピタリと止んだ。



そして全身を支配していた気持ち悪さは——強い高揚感へと変化する。


「アルト、大丈夫……ッ!?」


斜め前方から届いた声に目を向けると、そこにいたセインはすぐに後ろへ飛び退いた。


「……君は、アルトでいいのかな?」


俺から大きく距離を取ったセインは、警戒するようにこちらを見据える。その頬からは一筋の汗が垂れており、その腰にかけた剣には彼自身の手を添えている。




…なるほど。たった今理解した。

目を向けただけでセインのこの反応。そして全身から湧き上がる圧倒的な高揚感と全能感。今までの俺、アルト=ヨルターンに決定的に不足していたものが完全に充足されたことが分かる。


「…いいや、アルトはもういない。俺は——カトウアキラ、魔王イシザキに続く、新たなる魔王だ。よろしくな、勇者セイン」




俺は———魔王になったのだ。

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