第179話 グレース国王

「アルト様。お時間になりましたので、会場までお越しください」


控え室へ案内されてから30分ほど。

暇すぎて様々なことを考えてしまい自己嫌悪タイムにどっぷりと使っていた俺は、そんなメイドさんの声で正気に戻された。




「アルト。良かった、来てくれたんだ」


式典の会場前まで移動すると、そこには高価そうな洋服に身を包んだセインの姿があった。彼は俺の姿を見ると、ホッとしたように胸を撫で下ろした。


「…前にも言ったが、来ないわけにはいかないだろ。国王陛下からの招待だぞ」


直前までダークサイドに落ちていたため、つい軽く嫌味な返答をしてしまう。


それに自分で気がついたときにはその言葉は既に口から飛び出していたが、セインは特に気にした様子は無いようだった。


「セイン=グレース、アルト=ヨルターン。入るが良い」


それから数分後、部屋の内部からそんな声が聞こえた。巨大な扉がその内側から開かれ、豪華な内装の施された広大な会場がその姿を見せる。


そしてその正面には、大きな白髭を蓄え、これまた高級そうな布に繊細な刺繍の施された衣服を身につけた老君——現グレース国王が椅子に腰掛けている。


「いくか」


「うん」


俺たちは小さな声でそう言葉を交わし、同時に会場の中へと足を踏み入れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「———諸君は誘拐された我が子孫を聖王国から救い出してくれた。その功績を讃え、私から叙勲を授けよう」


国王陛下への挨拶や功績についての詳細な説明等、面倒で長ったらしい形式美の履行を終えた後、国王はそう言葉を締めくくり椅子から立ち上がった。


それに合わせセインは国王の元へと続く短い階段を上り、その真正面へと移動して頭を垂れる。


「セインよ、良くやった」


頭を垂れるセインに対し、国王は叙勲としてセインの胸元へ小さなバッチを付けた。


「———え、」


「ところでだが、この聖なる王宮にそぐわない者がいるとは思わないか?」


その直後、セインの戸惑うような声と国王の周りへと問う声が聞こえた。

それらに続いて感じ取ったのは、国王から発せられる明らかな殺気。


「ッ!!」


「貴様!!、国王陛下の御前で無礼であるぞ!」


突然当てられた殺気に、俺は思わず後ろに大きく飛び退いた。それに対し、国王の隣に立っていた50代くらいの男性が非難する。


「まあよい。宰相よ。相手は躾のなっていないただの平民——いや、悪魔だ。注意をするだけ無駄であろう」


顔を真っ赤にして指を突きつける男——宰相を制止し、国王はニヤニヤとしながらこちらへとその視線を移した。


「叙勲式に参加しに来たってのに、突然殺気を当てられたら驚きもする。どういうつもりだ」


「私が悪魔である貴様に叙勲だと?冗談を言うでない。今回の叙勲の対象はただ1人、セインだけだ」


「なに?」


真っ向から反発する俺へ、国王は余裕のある笑みを浮かべてそう言い放つ。


こいつの言っていることがよく分からない。

取り敢えず分かったのは、国王が敵だと言うこと。


だが、俺はセインに招待されたのだ。彼が俺のことを騙すとは思えない。つまり、セインも騙されていたと言うことか。


「とはいえ、セインへ与える叙勲は2つだがな。セインの功績の1つはオスカー及びアイラの救出。もう1つは———愚かにも王宮へ侵入してきた悪魔の討伐だ。王族の2名を救ったことに加え、国民の安全を脅かしていた悪魔を討伐するのだ。国民からの評価は鰻登りだと思わないか?」


国王はその両手を広げ、自分の案を誇るように言った。


こいつの言う悪魔というのは間違いなく俺のことだろう。つまりこいつの目的は———セインに俺を殺させること。国民から大きな支持を得るために。


「ふざけるな!セインがそんなことをするはずないだろ!」


「私はふざけてなどいない。むしろふざけているのはお前の方だぞ。少なくとも、この国の中ではな」


更に声を荒げて反発する俺へ、国王は会場の周り軽くを見渡しながら言う。すると、それに合わせるように会場に控えていた兵士達は一斉にその武器を構え始めた。


そして気がつけば俺は、武器を構えている兵士からは当然のこと、それ以外の来賓の人々などを含めた会場内にいる全員から敵意を向けられているようだった。



なんだこれは、明らかにおかしい。

黒髪、そして黒眼というだけでここまでの敵意を向けられるものなのだろうか。しかも今受けているその敵意は、街中で受けるものよりもずっと強い。


これは…洗脳?だが、もし仮に王都内に蔓延っている黒髪差別までもがこいつの影響だとすれば、その範囲が広すぎる。

王都全域の人々を操作するなど、それこそとんでもない量の魔力が必要で——




———いや、1つだけ心当たりがある。


「——お前、まさか魔人と手を組んで、」


「人聞きの悪いことを言うな。手を組んでなどいない。ただ私はこの力を一方的に利用しているだけだ」


その導き出した答えに、国王は口角を大きく上げて怪しげな笑みを浮かべる。


七魔仙最後の1人、”意思”のヴォルン。

任意の範囲において、その範囲内にいる人々の意思を操作する能力を持つ魔人だ。


その能力で操作出来るのは意思のみであるため、洗脳のように他人を自分の意のままに操ることは出来ない。しかしその代わり、通常であれば数人程度にしか影響しない洗脳とは異なり、意思操作の対象とする範囲はとても広大だ。


また、その意思操作への影響される度合いは対象者の精神力の強さによって変わる。精神的に強いものはその意思を曲げられにくい。



「2年ほど前だったか、愚かにも私に取り憑こうとした魔人がいてな。国の王である私を利用したかったようだが、私の方がそれよりも精神的に強かったようだ。私はその魔人に憑かれることなく、更にそれを自分の精神の中へ閉じ込めることに成功した。そうしたら、この力が使えるようになっていたと言う訳だ」


国王はバレてしまったら仕方ない、とでも言わんばかりに詳しくその経緯を説明する。


確かヴォルンは、かつてオスカーに取り憑いていた”増幅”と同じで人に寄生するタイプの魔人だ。ヴォルンは国王に寄生しようとしたがそれに失敗、逆に返り討ち——国王の精神の中に閉じ込められ、その力を利用されていると。


「国を統治するために必要なものがお前には分かるか?———それは圧倒的なカリスマ、もしくは共通の敵を作ることだ。そして、その2つでは後者の方が圧倒的に人民は団結する。この国を統治するのに、この魔人とお前の存在はとても役に立った。お前の死んだ後はそうだな。聖王国でも敵視するよう仕向けるか。自らを犠牲にして国民の団結力を上げた挙句、国の領土拡大の為の種を蒔いてくれるとは。本当に殊勝なことだな」


国王は続けて面白そうに口を開く。



やはり、王都内で黒髪の差別が広がったのはこいつが原因だったか。


“意思”の力を使い、黒髪や黒眼をもつ人間を憎むよう民衆の意思を操作したのだ。

武術祭での事件からもう1年以上も経つのにも関わらず、黒髪への差別は軟化するどころか激しくなる一方だった。おかしいとは思っていた。


そしてこの後、その意思操作を利用してセインに俺を殺させる算段か。それにこいつ——それを実行した後、その士気に便乗して聖王国へ攻め入るつもりだとは。


他国との戦争など書いた記憶はない。



「それはどう、いたしまして!!」


———そこまで理解してすぐ、俺は未だ壇上に立ち尽くしているセインに向かい手を伸ばした。


ヴォルンの意思操作の影響力は、その対象の精神力が強くなればなるほど、そして術者であるヴォルンとの距離が広がれば広がるほど減衰する。つまり今は、国王との距離が近いほどその意思操作に影響されやすくなる。


だからまずは、国王からセインを遠ざけなければなら——


パンッ!!


セインの背中へ思いっきり伸ばした手を、その間に素早く割り込んだ何かが弾いた。


「これ以上は、近づけさせないよ」


「———ヴァルスさん」


俺たちの間に割り込んだのは、燃えるような赤髪にそれと同じ色の瞳をもつ美丈夫、王国剣士長ヴァルス=ラーシルドだった。

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