第175話 生きる意味とは

「流石に遅くないか?」


学園の昇降口でアーネを待っていた俺は、誰かの降りてくる気配の全くない階段を眺めて呟く。


アーネをここで待ち始めてから早20分が経過した。

初めの方はアーネに「女の子をトイレに迎えに行くなんてデリカシーないんですか!」とか言われそうだなんて思い、心配になりながらも待機していたのだが、そろそろそんな事を言っている場合ではない気がする。


「ちょっと様子を見てくるか」


そう決心をし、階段へ向けて一歩踏み出した——そのとき。


カッ———ドンッ


後方が青く光ったと思うと、その直後に酷く鈍い音がした。


「え?」


咄嗟にその光の差した方を振り向く。

その光は既に消えてしまっているが、確実に昇降口の方向から発せられたものだ。


ドクンッ


何故だか一気に鼓動が早まる。


…嫌な予感がする。その発光の直後に聞こえた鈍い音。その音を聞いてまず初めに連想したのは、人が地面に勢いよく衝突した音、だ。


いや、校舎に衝突した鳥などが落ちてきただけかも知れないし、そもそも音の鳴った原因を勘違いしているだけかも知れない。

そんな誰の為だか分からない仮説を自分の中で立てながら、震える足で音のした方へ向かう。



だが、本当は分かっていた。

鳥が落ちたとしてもあんなに大きな音は鳴らない。あそこまで大きな音が鳴るのは、それの数十倍以上の質量が必要だろう。


そして何よりも——音の鳴った瞬間、突然に現れた一つの気配。その気配は昇降口のすぐ外でその動きを停止していて、それは良く見知った———つい20分ほど前まで隣にあった気配で。


昇降口を出て、すぐ左。そこには色鮮やかな花々が多数植えられた大きな花壇がある。

普段はその美しい光景に誰もがその目を奪われるものだが、今の俺は全く別のものに目を奪われていた。


「アーネ!!!!」


その花壇の中心には、目を閉じて倒れたままピクリとも動かないアーネの姿があった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




人の生きる理由とは何なのだろうか。


人類の発展に寄与するため、人に必要とされそれに応えるため、愛する人がいてその人の側にいるため、かつて拾われた命を世界の為に役立てたいと思うため、だろうか。


少なくとも、人へ迷惑をかけその足を引っ張るため、ではないだろう。


「——ト」


何故、俺は2度目の生を与えられたのだろうか。

1度目はまだ良かった。他人へ迷惑をかけていないから。自分で言うのもなんだが生前は結構人に頼られていたような気がするし、死因こそ残念なものではあったが、今思い返してみればなんだかんだ良い人生だったのかもしれない。


2度目は……思い返したくもない。


「——ルト」


俺は一体何を間違えたのだろうか。

元々書いていた小説は、もっと皆が笑っているハートフルなものだったはずだ。少なくとも、ヒロインの1人が自殺を図るような展開にはなっていなかった。


俺が彼女を困らせなければ良かった?俺が学園に入学しなければ良かった?俺が彼女を助けなければ良かった?俺が——転生しなければ良かった?



こんな事になるのなら、生まれ変わらなければ良かった。完璧なエリーナと言えど、転生させる人間を選択し間違えたようだ。



ああそう言えば、彼女がこんなことを言っていたか——私と一緒に死んでください、と。今思えば、それは最も合理的な判断だったのかもしれない。既に壊れてしまった彼女と、その原因である俺。その両者が死んでしまえばこれ以降、彼女が傷つけられることもないし、俺が誰かを傷つけることはない。


ああ、なんなら今からでも遅くはない。屋上から飛び降りようか。いや、駄目だ。屋上は立ち入り禁止になってしまった。なら、自分自身の魔法で。これなら場所を選ぶ必要もない。大きな槍を作って、それを自分へ向けて放つだけ———


「——アルト!!」


すると突然、どこからともなく伸びてきた手が腕を掴んだ。そして目の前に浮かんでいた未完成の青い槍も消滅してしまった。


「今、お前は何をしようとしていた!」


「イヴェル、さん…」


その手の伸びてきた先へ視線を移すと、そこには必死の形相でこちらを睨むイヴェルの姿があった。


「何をしようとしていたかと聞いている!」


「何って…」


強い怒りの感情を込めて詰め寄るイヴェルから、俺は視線を逸らす。


その視線を逸らした先には、相変わらずベッドの上で眠り続けるシエルに加え、1週間前と同じようにベッドの上で眠るアーネの姿がある。


「———俺なんかが、生きている価値は無いと思ったので」


「——ッ!!!」


次の瞬間、イヴェルの右拳が俺の頬にめり込んだ。


ドゴッ!!


あまりに突然のことに、俺はろくに受け身も取れず保健室の床を転がる。


「な、何を…」


「私の…私の…!!」


痛む頬を抑え、抗議のため顔を上げるとそこには、強く握り込んだ両手を震わせ、その目に溢れんばかりの涙を湛えたイヴェルの姿があった。

それに同調するようにその耳につけられた赤色のピアスが発光し、自らの存在を強く主張している。


「私の惚れた男は、お前のような意気地なしでは無かった!」


イヴェルは突きつけるようにそう言うと、その目元を抑えて保健室を出て行ってしまった。


それを言い放った彼女の顔は、とても悔しそうで、苦しそうで、辛そうで。


「——どうして、殴られた俺よりも辛そうな顔してんだよ…これじゃ俺が悪者みたいじゃ…いや、俺は悪者か」


先程のイヴェルの顔を思い出して思う。


自分の事を好きだと言ってくれた女の子にあんな顔をさせるなど、悪者以外の何者であるのか。自分を好いてくれていたもう一人の女の子も、俺のせいで自殺未遂を起こした。疑う余地もない。



ただのモブだなんてとんでもない。

どうやら俺は、一般人の皮を被ったとんでもない悪役だったようだ。

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