第172話 生まれ変わりがあるのなら
———ドサッ
1人の人間と1人の魔人の激しい戦闘が始まってから30分。何かが地面に倒れるような音がした。
「…負けたか」
その音の発生源では、ピンク色の肌を持つ女の魔人が仰向けに倒れていた。その胸元には、一振りの剣が深く突き刺さっている。
「負けたか、じゃないだろ…!!全力を出していないくせに…!!」
「はは、魔王様の命令が殺せっていう命令じゃなくて良かったな。そっちだったら本気でやらなきゃいけなかった…」
その剣を突き刺した張本人、悔しそうにその拳を強く握りしめる青年——俺の言葉に、メモリアは軽く笑いながら答える。
しかしその声は弱々しく、彼女の命の残りが少ないことが窺える。
「…おい、なんて顔をしてるんだ。お前に休んでいる暇なんてない。私が死んだ後、魔王様がどう動くかなど容易に想像がつく。それをお前がなんとかしなければ、私の死ぬ意味がない。…分かるだろ?」
そんな俺をメモリアは強く睨みつける。
今の彼女はまさに瀕死のはずだが、その鋭い語気と眼光は今までにないくらいの気迫があった。
「あぁ、お前の遺志は俺が引き継ぐ」
そんな鋭い視線と言葉に身を貫かれた俺は自らの頬を両手で思いっきり叩いた後、メモリアの目を見て一語一句ハッキリと伝えた。
それを聞いた彼女は小さく笑い、
「…お前みたいな人間に出会えて、あのときにお前の記憶を見て、本当に良かったよ」
と、だけ言った。
その語気は先程までのそれが嘘のように非常に弱く、先程の言葉がどれほどまでに本気であったのかが分かる。
「———最後に私から1つだけアドバイスだ」
「?、……ッ!!」
メモリアがそう言葉を続けたとき、急に地面が上下に揺れ始め、更にはそれの一部が欠け始めた。
亜空間の崩壊だ。メモリアによる空間の維持に限界がきたのだろう。天と地に亀裂が入り、少しずつそれらが崩れていく。
空間内の異分子である俺は、崩壊が始まってからすぐにその空間内から弾き出された。
そこで最後に見たのは、少しだけ満足そうな顔で地面に横たわるメモリアの姿で———
「…あぁ、もしも生まれ変わりがあるとするのなら———願わくば、地球という素晴らしい世界に産み落とされることを」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
亜空間内から弾き出された俺の出た先は、メモリアに連れ去られる前までいた保健室だった。
「あ、アルトさん。戻ってきたんですね」
そしてその部屋内には、誰もいないベッドにひとり腰掛けるアーネの姿があった。彼女は俺に気がつくと、儚げな笑みを浮かべる。
「ア、アーネ…」
「もう、そんな警戒しなくてもいいですよ。アルトさんが居なくなった後、私も色々と考えたんです」
その姿を見て一歩退いた俺へ、アーネは軽く笑ってベッドから立ち上がった。
窓からの月明かりに照らされたアーネは、しっかりとその服を身につけていた。
それを確認して少し安堵する。少なくとも今の彼女は暴走していない。ちゃんとした対話が可能そうだ。
「私がどれだけアルトさんの事を欲しようとも、結局誰かがアルトさんを攫って行っちゃうんです。…私がどれだけ想おうとも、アルトさんの事を独り占めする事は出来ないんです。だから———」
その顔に極めて自然な笑顔を貼り付け、軽い足取りでこちらへ近づいてきたアーネ。
その人懐っこい笑顔には誰もがその庇護欲を刺激され、警戒心を絆されることだろう。
そしてその右手に握られている———妖しく銀色に光る凶器に気がつくことはできない。
「———私と一緒に死んでください。アルトさん」
その内に秘めた殺気を微塵も感じさせぬまま、アーネはあまりにも自然な動作で、そのナイフを持つ右手を突き出した。
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