第165話 元凶

セイン曰く、俺とセイン達とが別れた後のこと。


瞬間移動にて学園長室へ避難したセイン達を待ち受けていたのは、座ったままで泣き叫ぶアーネの処理だった。


俺が共に戻って来ていないことを悟ったアーネは、その目に涙を浮かべて俺の救助に行くようセインや学園長室にいたアーレットへ頼み込んだらしい。


それに応える形でアーレットが救出へ向かうことになったのだが——その直前にルーカスが目を覚ました。


場の流れを全く知らないルーカスの目には、涙を流してその感情を荒ぶらせるアーネの姿が映った。そんな光景を目の当たりにしたルーカスは何を血迷ったのか、




———泣き叫ぶアーネへキスをしたらしい。




「...まじで?」


「...まじなんだ。」


一応セインへ確認を取るが、彼は苦い顔をして頷いた。


いや確かに物語などでは、キスをすることで相手の荒ぶる感情をリセットさせるようなシーンはありふれたものの1つだと言える。

だがそれをリセットした後、落ち着かせられるのか、もしくは火に更なる油を注ぐ形になるのかは——神のみぞ知る領域だ。


あらゆる面で実力の劣るルーカスがアーネの不意をついたとしてもそんなことを出来るのかは甚だ疑問ではあるが、彼女は冷静な状態ではなかったようだし不可能では無かったのだろう。

それこそ、愛の成し得た奇跡だとも言える。まあ今回はそれがかなり一方的だったようだが。


その後は先程見た通り、見事にこれでもかというほどの油を注がれたアーネが、ルーカスを瀕死まで追い詰めてそれをセインとシャーロットが止めた。アーレットは一刻も早く俺を連れ戻すこと優先したと言うわけか。


「...謝らなきゃいけないのは、俺のような気がしてきたな」


セインの話を聞き終え、反省の念と共に呟く。


ルーカスをボコボコにしたアーネも少しやり過ぎだとは思うが、勝手にその唇を奪われたのだ。正当防衛として認められる気もする。一方でキスをしたルーカスについても、ルーカスは一応アーネ公認の彼氏だ。その方向性はおかしかったかも知れないが、感情を荒ぶらせている彼女を落ち着かせようとしただけなのだ。


俺はアーネとルーカスの双方を責めることはできない。そして元々の原因、俺を置いて瞬間移動でアーネ達を避難させたセインだが、これは俺が彼に頼んでしてもらったことだ。勿論セインにはなんの過失もない。



つまり全ての元凶は、詳しい説明もせず自分の中でのみ問題を消化し一人で自己満足に浸っていた人間——つまるところ、俺だ。イヴェルにも怒られたが、格好つけるとかと言う話ではなかったようだ。



「...僕はアルトを責めるつもりはないよ。だけど、アーネさんとはしっかりと向き合ってあげてね」


「ああ、分かってる。元々、そのつもりだ」


セインからのありがたい忠告を素直に受け取る。遅かれ早かれ、彼女と話し合う機会は必要だった。


「後の問題は———シエルか」


アーネの豹変について聞きたいことを聞けた俺は、視線をアーネからその隣のベッドで眠るシエルへと移す。


「アルト。結局、君たちには何があったの?僕が来たときにはシエル先輩は既に眠ってたんだけど…」


ほとんどの事情を知らないセインはシエルやアーネ、ルーカスを一瞥して問う。


「まあそうだな。後で説明するって言ったし、何があったのかを全部話すか。少し長くなるかもしれないが——」


そこから俺は一つずつ、聖王国で起きたことをセインに話した。



ほぼ全てのことをありのままに話したためその尺は中々に長く、また神の存在など荒唐無稽だと切り捨てられても仕方のない話だったが、セインは集中を切らすことなく真面目にその話を聞いてくれた。


「…そんなことがあったんだ。それは大変だったね。それで、その邪神っていうのは完全に倒せたの?」


「そこが問題なんだ」


セインの的を得た問いに、再度シエルの方へ目線を戻して答える。


「シエルさんの中に巣食っていた邪神の、9割の魂はなんとか消滅させることが出来たらしい。だが俺の力不足で、その残りの1割は未だ彼女の体の中に存在している様なんだ。」





それはアーレットに呼び出され、俺が学園へ戻る直前まで遡る。


「あ、アルトさん、最後に少しだけいいですか?シエルさんのことで…」


学園へ戻る直前、俺はそうエリーナに声をかけられた。その後に彼女から語られたのは、シエルの精神状態についてだった、


エリーナ曰く、俺の活躍によりフルーナの魂の大部分は完全に消滅した。だがそれまでにシエルとフルーナの精神はかなり深いところまで融合していたらしく、小刀を胸へ突き刺したときに実態を表したのはフルーナの魂全体の9割ほどのものだったのだとか。

つまり、残りの1割は未だシエルの精神と深いところで絡まっているらしい。


それの何が問題なのかというと、未だ2つの精神が混ざり合っている関係上、シエルがこのまま目を覚さない可能性があるとのことだった。精神が2つあるのに、その体は1つしかない。

つまり、体を操作できるのはどちらか一方の精神だけだ。


シエルがフルーナに乗っ取られていたときはシエルは完全にその体の主導権を奪われていたが、その大部分がいなくなった今、シエルの精神はフルーナのそれと対等に戦うことができる。だが、元々の1割といえどその相手は女神の魂。

そのフルーナの残渣は再度シエルの体の主導権を握るため、シエルの精神に対抗しているらしい。それらの決着がつかない限り彼女の体が動くことはなく、勿論目を覚ますこともないらしい。


「俺の魔力で追い出そうとしても、魔力量が全く足りなかった。ドクターの話では体の方は大丈夫らしい。だから、後はシエルさんに頑張ってもらうしかない」


セインと話し合う前、再度シエルの体へ闇の魔力を流し込んでみたのだが、フルーナの残渣を追い出すには至らなかった。


ドクターにも診てもらったものの、彼でもその精神状態までは治療できないらしく、いつ目を覚ましてもおかしくはないがこれから一生起きなくても不思議ではない。という評価を受けた。


「…そう。分かったよ。色々と教えてくれてありがとう。僕にも出来ることがあればなんでも手伝うから——折れないでね、アルト」


一連の会話を終え、セインがその席を立ちながら静かに言う。


「…ああ、こんなところで折れるわけにはいかないさ。こちらこそありがとな、セイン」


保健室の扉へ向かうセインへ向けて、精一杯の笑顔で答える。


彼に中々のガチトーンで励まされるとは——そこまで絶望的な顔をしていたのだろうか。


「…」


そんな俺に対してセインは少し心配そうな顔をしながらも、保健室から静かに出て行った。


そしてその数分後、セインと入れ替わる様にして


「———イヴェルさん」


半日前と全く同じ格好をしたイヴェルが保健室へと入ってきた。 

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