第150話 脱出
イヴェルの囚われている牢屋は俺のものと同じような造りだったが、俺のときとは違い特に見張り役などはついていなかった。これは気配察知で事前に分かっていたことだ。
元の人間の姿へと戻り、イヴェルの元へと駆け寄る。
「イヴェルさん、大丈夫でしたか?今、手錠を外しますね。どれくらいかかるか分かりませんが...」
俺はイヴェルへと、その右手につけられた手錠を手に取って話しかける。
手錠を外すとは言ったものの、すぐに外せるような方法が思い付いているわけではない。この手錠を魔法を使って外すことは難しそうだし…仕方ないか。
「空間収納」
それを魔法で解錠することを諦め、空間収納から金槌を取り出す。面倒だが、力づくで壊すしかないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お、やっと外れましたね」
金槌やその他の工具を使ってトンカンすること20分弱。
適当に叩きまくった結果、イヴェルの手首にはめられた手錠は原型を留めないほど大きく歪み、彼女の手首から外すことができた。
「というか、イヴェルさんまで捕まっているとは思いませんでした。一体何があって——」
「———」
イヴェルへと何があったのかを聞こうとした、その次の瞬間。彼女が急に、俺の元へと飛び込んできた。
「......??イ、イヴェル...さん?」
あまりに突然のことに頭が真っ白になる。
ん?これってどう言う状況だ?俺の思い上がりでなければ、今俺はイヴェルに抱きしめられているような...?
「アル、ト......良かった...もう、会えないかと思っ、また、避けられるのかと…」
そのイヴェルの行動に戸惑っていると、耳にそんな小さな声が届いた。そしてそれは間違いなく、耳元にあるイヴェルの口から漏れ出ている。
そうか。俺はイヴェルと会議の後に話し合うと約束をした。だが、大司教達の罠に嵌められていまい彼女の元へ帰ることができなかった。それを彼女は俺が対話を拒否したのだと思ったのだろう。
……間近にあるイヴェルの体は小さく震えている。それほど不安だったのだろう。
「…安心してください。昨日戻れなかったのは俺の意思ではありません。少なくとも、俺はもうイヴェルさんから逃げる事はありませんよ」
小さく震えるイヴェルの背中を軽く叩き、出来るだけ優しい口調でそう伝える。これは紛れもなく、俺の本心だ。
ここまで心配してくれていたイヴェルから逃げる理由などもうないだろう。
「ほ、本当...か?」
「はい、本当です。信じてください」
未だ弱々しい声のイヴェルへ強く答える。
それに加え、震えるイヴェルの体を抱きしめ返す。彼女の震えを止めるようにゆっくりと、しかし力強く。
「......ありがとう」
イヴェルは最後に小さくそう呟くと、その両手から力を抜いた。それに続いて俺も腕から力を抜き、俺たちはお互いに離れる。
「……見苦しい姿を見せてすまなかった。アルトのお陰で少し落ち着いた。これから私は何をすれば良い?」
正面でそう照れ臭そうに笑いかけたのは、この数年で馴れ親しんだ頼りになる先輩の顔だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、俺は昨日何があったかをイヴェルへおおまかに説明し、それが大司教の仕業であろうことを伝えた。
「イヴェルさん。シエルさんを助けにいきましょう。大司教の目的が何かは分かりませんが危険な気がします」
その上で、シエルを助けに行くことを彼女へ提案する。勿論、その行為はこの教会に対して敵対すると言うことに他ならないのだが———
「ああ、私もそのつもりだ。シエルは結局昨日も姿を見せなかった。大司教達が絡んでいるとみて、まず間違い無いだろう」
と、イヴェルは即答した。
彼女とシエルは幼少期から、計10年以上の付き合いだ。愚問だったか。
「というか、イヴェルさんはなぜこんなところに?」
「昨日、アルト達を待っている間に長くなりそうだからと、とあるシスターに紅茶を出してもらってな。それを飲んだらなんだか眠くなってきて——気がついたらあの様だったわけだ。私にとやかく動かれたくなかったのだろう」
「なるほど」
大方、そのイヴェルの飲んだ紅茶には睡眠薬の類が盛られていたのだろう。俺やシエルが戻ってこないことを受け、イヴェルが違和感を感じる前に手を打った形だ。
「では、まずはここからどうやって出るかですが…」
「アルト。なんでも良い、剣を持っていないか?私の剣は没収されてしまったみたいだ」
目の前に広がる鉄格子を見ながら言うと、イヴェルは軽い調子でそんなことを言った。
確かに、彼女のその腰にはいつもの剣が付けられていない。
「え、それって大丈夫なんですか?」
「ああ、剣の場所ならなんとなく分かる。そしてこの鉄格子程度なら、あの剣を使う必要もない」
イヴェルはそう断言をし、どこか遠くの方へ目を向ける。その方向から剣の気配でも感じるのだろうか。
「剣ならこれをどうぞ」
俺は空間収納から一振りの剣を取り出し、イヴェルへと渡す。
剣を受け取った彼女は感覚を確かめるように軽く数回素振りをした後、鉄格子の前に立ち一度深く息をついた。
やはり鉄格子を斬るつもりなのか。
鉄格子は中々硬そうだし、彼女に渡したのは本当になんの変哲もない剣なのだが。
「ではいくぞ。アルトは少し離れててくれ———はっ!!」
シャッ!!
そんな金属が擦れるような小さな音がした——次の瞬間、
ガラン、ガランガランッカランッ
鉄格子の一部が欠落し、ひと一人が余裕で通れるくらいの穴が空いた。剣聖ってすげぇ。
「さぁ、道は開いた。一緒に出てくれるか?」
「ええ、行きましょう。シエルさんを救いに」
軽く笑みを浮かべこちらに手を伸ばすイヴェルに、その手を取って返事をする。
俺たち2人は共にその牢屋から飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます